2015年4月24日 (金)

水野和夫「傲慢資本主義」

4月23日の毎日新聞の自論フォーラムに水野和夫さんが面白いことを書いていた。

これまでは貴族の傲慢、商人の貪欲が人間としての大罪の第一に掲げられるものだったから、利子が0に近くなって、商人は貪欲になれなくなった。

そこで21世紀の商人が身に着けたのが「傲慢」である。

「傲慢」とは「権力をかさに着て他人の権利を侵害する」ことをいう。

言ってみれば、健康で生きる他人の権利、社会から支えられて生きる他人の権利、普通に働ける他人の権利、自然と親しむことのできる他人の権利、自分の信条に従って平和に生きることのできる他人の権利を奪い取って、利益に変えることを「傲慢」というのだろう。

これは国家権力と一体化したグローバル企業が、生産活動でも非生産活動でも、不等価交換を極限まで高めて、多様な収奪を行っていることを指すとみてよい。
そこでは東京による地方の収奪、すなわち「東京創生」が、政策の名前では「地方創生」を騙るのである。

デビッド・ハーヴェイのいう拡大再生産型資本主義から、略奪型資本主義への、21世紀資本主義の変化を、水野さんは「傲慢資本主義」という概念でとらえているのである。

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2013年4月27日 (土)

中小企業が中心の日本経済、ものづくりは可能か?

医療生協の理事会が終わって時間が出来たので、遅まきながら4月24日に共産党の市田書記局長が発表した景気回復に向けてのアベノミクスへの批判と対案の文章を読んだ。

1%の人のためのアベノミクスが最後には投機とバブルではじけ、再び99%の人に大きな不幸を転嫁することは目に見えている。

それを防ぐためにも、一刻も早く1%の人が欲深くため込んだ巨大な金を社会に還元させて、賃金、雇用、中小企業のものづくり、社会保障、農漁業の改善、及び自然エネルギーの開発に使うしか、経済を再生する方法はないということである。

そのなかでも中心はやはり、実体経済=ものづくり の復活の可能性だろう。

輸出、生産拠点移転、途上国の労働力搾取が中心の大企業のものづくりは完全に行き詰っている。
それは確認されるとして、問題は、中小企業のものづくりの可能性が大きいということがどれだけ確かなこととして受け止められるだろうかということである。

残念ながら、この文章ではその力強い可能性が伝わって来ないし、一読者としても想像力を発揮できない。

しかし、数でいえば圧倒的に多数の労働者が中小企業で仕事を待っているのだから、その力がフルに社会に生かされていけば、社会が富むのは分かり切ったことなのだ。
あまりに長く大企業中心の生産が続いたので、中小企業中心の経済が僕自身にも想像できなくなっているのだろう。

それは、大病院に働く医師が、中小病院の決定的大切さがわからず、大病院の先進医療が無くなればあたかも日本に医療が無くなるような恐怖感を持つのに似ている。(先進医療はなくていいとは言わないが、国民の健康の大半には無関係であり、一部の医師の生きがいのためにあるという側面が大きいと言えば言い過ぎだろうか?)

ここは、長年にわたって中小企業育成の行政に携わってきた僕の友人A君などに具体的に教えを乞わなくてはならないと思う。

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2012年8月21日 (火)

地域包括ケアと小野田診療所リニューアル

ぼくが理事長をしている医療生協の機関紙向けに、上記の文章を頼まれて書いた。ついでだから、ここにもアップしておくことにした。

あまり気が乗らないまま書いたのだが、だいたい新しい発見は、そういう嫌々押し付けられた仕事からやってくるものである。自分から手をあげ野心を持って着手したもので、いい仕事ができたためしがない。
といって、以下の文章が、格別新しい発想に満ちていると思っているわけではない。ただ、地域包括ケアについて、しばらくの間、自分の課題として取り組む契機にはなったといえる。

こういう仕事を押し付けてくれた人に結局は感謝することになる。


地域包括ケアと小野田診療所リニューアル
 はじめに
 2012年8月10日、「社会保障と税の一体改革」の手始めとして消費税増税法と社会保障制度改革推進法が民主・自民・公明の三党により強行可決されました。これにより2014年4月8%、2015年10月10%と消費税率が上がる予定となりました。
「増税しても消費税収入は全て社会保障に使うので安心して下さい」と野田首相は言いました。たしかに消費税は社会保障のみに充てるのかも知れませんが、これまで社会保障に充当されていた別の財源は大企業本位の公共事業や成長戦略に新たに配分されることが決まっています。財源の付け替えをしただけで社会保障費は増えず、増税分の使い道がさらに反国民的になっただけです。これだけでも大ペテンと言えますが、社会保障制度改革推進法で「社会保障の財源は消費税に限る」としたことはあまり知られていません。しかしこれはきわめて重大なことでした。
そもそも社会保障費用は消費税だけでは賄いきれるものではありません。現行の社会保障でも消費税だけやっていこうとすれば税率20%がすでに必要です。今回の増税で追いつきようがありません。となれば、今後は消費税の枠内に収まるように社会保障の大削減を行いつつ、社会保障充実の声が上がれば消費税の大増税を突き付けるということがこの法律の目指す方向です。
この仕組みの小型版はすでに2006年に始まった後期高齢者医療制度にありました。高齢者医療費に充当する公的資金の総額を決めてしまい、医療内容の改善にかかる費用の伸びは高齢者の保険料値上げのみで賄うとしたため、全国の高齢者の激しい怒りを買いました。民主党政府は一度これの廃止を決めながら結局は継続していますが、さらにその大型版を全国民対象に用意したというわけです。
 そして、際限のない消費税増税と社会保障削減路線の終着駅の名前こそが、地域包括ケアシステムです。
 そこで、今日は地域包括システムが具体的にどのようなものであるかを簡単にご説明しながら、医療生協健文会の今年度の最大の事業課題である小野田診療所のリニューアルとの関連をお話ししたいと思います。 
 
Ⅰ  地域包括ケアシステムとは何か
 本来、地域包括ケアとは「国民の健康な生活を確保するため、医療・介護・福祉が一体となったサービスが、地域という日常生活範囲の中で必要十分に提供される体制」という意味合いで、地域医療学における重要な概念であり、目標でした。最近は、この中で使われる健康については、単に病気がない状態、あるいは治療により病気から回復した状態だけを意味することを超えて、生活の中身(QOL)の向上が絶えず図られている状態だとする考え方が強まり、そこには主観的な健康感や社会的な公平さが大きく影響するという研究も深まっています。
しかし現在の政府が「社会保障と税の一体改革」のなかで提唱している「地域包括ケアシステム」は、この言葉だけをつまみぐいしたもので、真の地域包括ケアとは縁もゆかりもないものです。政府の政策が学問の進歩をつまみ食いして、反国民的政策を美化するのに利用することはこれまで何度も行なわれてきたことです。国民の健康に本当に役立つものではありません。
したがって、政府のいう「地域包括ケアシステム」についても、その名前に惑わされず、実際に何をしようとしているかを見ることが重要です。
政府の提唱する「地域包括ケアシステム」は端的にいうと①居住の重視に名を借りた高齢者入所施設の解体と、②地域ケアの脱医療化③自助、互助、共助、公助の有機的連動に名を借りた国・自治体の責任の住民ボランティアへの丸投げにほかなりません。
政府の政策の下敷きにされた「地域包括ケア研究会報告 2009年、2010年」のなかにある「2025年の地域包括ケアシステムの姿」の章を見ると2025年から始まる超高齢社会と多死時代のピークを政府がどう迎えようとしているかがよく分かります。
その章はサービス提供体制と、ケアを支える人材のあり方の二つの項目で構成されています。
「サービス提供体制」の項目を見ると、すでに介護療養病床(現在10万床)は廃止されています。医療療養病床(同26万床)と老人保健施設(同31万床)は、在宅復帰に向けてのリハビリ施設という位置づけにして長期入所は出来ないことを明確にしています。特別養護老人ホーム(同42万床)は「見守りと生活支援のある集合住宅」と位置付けられ、医療・看護・介護は外部の業者に委託されることになっています。かつ、建て替え時にはかってのような大型施設ではなく、民家を改築した小型の集合住宅にするとされています。こうなるとサービス付き高齢者住宅と大差はありませんから、特養そのものが無くなると同じです。これを捉えて「特養の長期待機」は自然に解消されると大見得が切られているのを読むと、怒りを通り越して笑いがこみ上げるほどです。サービス提供体制の柱である「居住の重視」は人権としての居住や居住福祉の実現のことでなく、高齢者入所施設の解体と、外部業者からのサービス購入が前提の「サービス付き高齢者住宅」建設にほかならず、まさに貧富の格差が介護の格差に直結するシステム作りとなっています。
ここで、私の考えを述べると、これまでの研究で終末期の生活の質(QOL)が最も高かったのは自宅ではなく、実は廃止が決定されているはずの介護療養型病床と老健だった(産業医大 松田晋哉)ことに注目すべきだと思います。在宅を無条件に最良のものとするのは、政府の世論誘導で作られた「神話」に他なりません。真の地域包括ケアの中には、地域と密接に結びついた高齢者入所施設体系が必須であり、医療療養病床、介護療養病床、老人保健施設、特養という現行の入所施設体系はそれなりに日本の実情に合致した合理的なものなのです。その最大の長所は、医療と介護と生活援助が、「外付け」の名で別々の業者から切り売りされるのでなく、一体のものとして一つの施設の職員集団から提供されるところにあります。これを縮小、解体していく政策は人権に逆行しているものでしかありません。
 
次に、「ケアを支える人材」の項目では、高齢者入所施設解体によって国民から湧き上がる不満をごまかす工夫があれこれ書き込まれています。しかし、人件費の削減が第一の課題なので、結局はとんでもないことばかりが計画されざるをえません。
まず介護者としては家族が基本だとされます。すなわち「自助」の精神の強調です。
家族を援助する職種のなかで、特に医師の役割が変化します。現在は定期的に訪問診療して患者の様態の変化を素早く把握していますが、今後は在宅医療開始時に「指導」するだけの役割にされようとしています。
代わって定期的な病状観察や死亡時の看取りは看護師の役割となります。
そして、これまで看護師がしていた褥瘡処置や喀痰吸引などの身体介護は介護福祉士(ホームヘルパー)がします。看護師や介護福祉士の活動スタイルも変わり、長時間付き添って患者のお世話をするのでなく、24時間、地域のなかをめまぐるしく短時間ずつ巡回訪問します。
ではこれまで介護福祉士がしていた日常生活の援助は誰がするのでしょう。それは民間のボランティアがするのです。家族を第一の介護者として位置付けても、在宅ケアをやり通せる家族など存在しないことは最初からわかっています。そこでボランティアに「互助」という立派な呼び名が割り当てられ、ケアの中心的位置が与えられています。地域住民をボランティアに組織することを「居宅生活の限界点を高める」と呼んで、一般病院からの患者の追い出しの口実にしようとしているのには、言葉って本当に便利なものだと思います。
こうして、介護する人材の役割を一つづつ上に上げ、結局は金がかかる医師を落としてしまうこの仕組みを、識者は「地域ケアの脱医療化」と呼んでいます。
本来、最も頼るべき医療保険や介護保険は、「共助」という名前を与えられ、一段低い位置に引き下げられました。これは医療・介護サービスに不満があれば自ら保険料を挙げるしかないぞ、今以上の公的資金の投入はしないぞという理屈を貫くためです。
では「公助」とは何かという話になりますが、実は生活保護だけがそこに残るのです。しかも、生活保護を受けることを恥とする世論作りがなされ、基準の引き下げが強行されていますので、社会保障全体の公的性格はどんどんやせ細っています。
これが地域包括ケアシステムの本当の姿です。それは結局のところ孤独死、放置死、餓死の事例をうず高く積み上げて、年間170万人死亡時代をやり過ごそうということにほかなりません。
 
ここで私の考えを述べると、こういう事態を防ぐには医療保険や介護保険を保険主義から脱却させて医療保障、介護保障に作り変え、思い切った応能主義による税収増で社会保障費を大幅に引き上げ、医療介護の内容と労働者の待遇を大幅に改善することです。それは地域経済を好転させることに直結します。ただし、この構想は、「日本の医療介護の再生プラン」とでも言うべき大きなもので、ここで語りつくせるものではありません。
 
Ⅱ 真の地域包括ケアと小野田診療所のリニューアルの関わり
  小野田診療所は1978年に内科だけの無床診療所としてスタートしましたが、現在までに歯科を併設、さらに同一市内に訪問看護ステーション、同サテライト、ディサービス、ケアマネージャー事務所(正式には居宅介護支援事業所)が開設されており、小規模ながらも山陽小野田市内全域をカバーする医療・介護複合体を形成するに至っています。宇部協立病院との人事交流は密接ですが、医療活動では山陽小野田市内の医療機関との連携が圧倒的です。宇部協立病院と一体性が強い生協上宇部クリニックに比べると独立型診療所の要素が強いといえます。
 建設後35年目で建物の老朽化が著しいので建て替え(リニューアル)の必要性が今年の生協総代会でも認められ、その準備がいま精力的に進んでいます。
今回の建て替えの特徴は単純に建物を新しくするにとどまらず、これを機会に真の地域包括ケアを形成する拠点の典型づくりをめざし、そのためにも医療生協健文会全体が飛躍するという目的を明確に意識していることです。
2010年時点での山陽小野田市の人口は6万4千人、うち65歳以上は27.3%、75歳以上だけでは14.1%と、すでに超々高齢社会に突入しています。大都市圏とは違って、これから2025年に向かって急速に高齢者が増えるという状況にはありません。
しかし、山口県全体に共通することですが、人口減少、少子化に歯止めがかからず、高齢者の孤立や、サービス供給不足は確実にかつ深刻に起こってきます。
この事態を、政府のもくろむ地域包括ケアシステムに沿って高齢者入所施設解体、脱医療化、生活支援のボランティア丸投げという方向に進ませないことが、小野田診療所を中心にした医療生協の医療・介護複合体の役割であり、それに向かって診療所自らが変容するということが建て替えの大きな課題です。
自ら地域ケアの真ん中で苦闘しながら、真の地域包括ケアの形成の立場で市にも他事業所にも広範な市民にも影響を与えることのできる職員集団、ボランティア集団、住民集団を作り上げることが最終的な目標となります。
しかし、こうした壮大で人を奮い立たせる目的を持ちながら、それを成し遂げる主体的力量、なかんづく職員育成は不十分なまま経過しています。これが今回の建て替え事業における大きな問題点となっており、この小文を私が書く本当の理由でもあります。
 
そこで課題をいくつか具体的に見ていきましょう。
医療では、医科、歯科とも日常の外来診療の質の向上に努めることは当然ですが、在宅医療、終末期医療、施設との連携は飛躍させなければなりません。それには何といっても医師、歯科医師の増員が必要です。診察室で患者さんが来るのを待って行う治療だけでなく、外に出る医療・総合診療に意欲を持つ医師集団を養成し、かつ彼らを支える強力な職員集団を配置しなければなりません。
ただし、これは急務とはいっても、一朝一夕にできることではなく、現在の職員が懸命かつ地道に自らの仕事を輝かせることのなかで、一緒に理想の診療所を作りたいと共感する青年を獲得していく以外にはできないことです。現在の職員を輝かせること、そのための研修(キャリア・アップ)支援が医療生協全体で必要です。研修の中では医療生協内外の経験を豊富に身につけなければなりません。たとえば、終末期医療でユニークな業績を挙げている鳥取県の野の花診療所なども、医療生協外の診療所という偏見なく見学してみてはどうでしょうか。さらに、発想と活動の幅が広がれば、医療連携に専念する職員、患者の生活援助に専念する職員、医系学生の診療所研修受け入れに専念する職員など、これまでの診療所の医療活動の枠を破った職員配置などを検討する意義があると思います。繰り返しになりますが、それらは一歩一歩の歩みです。
難問は介護部門にあります。この分野では介護保険制度という制約が全体にかぶされているため、自治体の業務認可と補助金獲得という条件が常に付きまといます。それによって、主体的な準備が不足していても、好機を逃すとその事業が永遠にできないという事態も生じます。場合によっては、まず認可されてのち職員を育成するということが必要な場合もあります。実は、現在がその状態であり、今年中にも小規模多機能ホームとグループホームの開設が認可されれば、多数の介護職員を配置してただちに開設準備に当たることが必要となります。こうして突然に待ったなしの課題が生じるという点が、医療分野とは大きく違う特徴であり、長期的視野を持った経営幹部の役割が大きく問われる局面でもあります。
さらに、高齢者住宅問題は小野田診療所でも避けて通れません。「サービス付き高齢者住宅」を中心に資産のある高齢者を対象にした住宅建設だけが進行している中で、医療と介護と生活支援が一体化した居住をお金の心配なく保障することは医療生協の診療所だからこそ可能になることです。協同組合間協力、地域自治会との協力など、安くて良質で、かつケアを内在化させた高齢者用住宅を建設する可能性をあらゆる方面から探ってみるべきです。
最後になりましたが、最も重要な課題として、住民介護ボランティアが今後官製で大量に組織化されるのに対抗して、医療生協組合員を軸にした自主的運動体としてのボランティア集団を作り出す必要性が挙げられます。この集団こそ、ボランティア活動の中で磨いた地域ケアへの視点と知識を武器に、医療保険や介護保険の抜本的な改善、特養の充実、介護療養病棟の存続、地域ケアの脱医師化反対などを主張しながら、真の地域包括ケアを自らの力で生みだす市民運動の本隊となるものです。政府の政策では、生活支援を丸投げする対象としての地域住民が、その立場を逆手にとって、地域ケアのあり方を自らの手で決める強力な勢力として登場してくるわけです。こんな心躍ることはないのではないでしょうか。
 
終わりに
以上申し上げたように、小野田診療所のリニューアルは、単なる施設建設ではなく、政府の地域包括ケアシステムに全面的に対抗する総合的な運動です。この運動を担う人づくりが職員レベルでも組合員レベルでも何より重視されなければなりません。そして人づくりの中では、政治権力への批判的視点と、みずから真の地域包括ケアを作り上げる創造性が不可欠のものになると最後に申しあげて、この小論を終わります。

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2012年7月13日 (金)

HPHだけではなくHPS「健康増進学校」というのもある・・・子どもの自殺の解決方法として

医者になってこのかた、僕は校医という仕事からずっと外されてきた。やってみたいと思っていたのにである。

それはもっぱら医師会との関係による。

30年位前に、ある高齢の校医さんが入院したというので、数ヶ月だけ臨時に近くの学校の校医業務を頼まれたことがある。

その頃は抜群に耳が良かったので、子どもが騒ぎまくる体育館での診察で、ちゃんとかすかな心房中隔欠損の心雑音に気づいた。その子はそのあとの夏休みに心臓手術したので、養護教諭が逐一報告してほめてくれた。

(ほめられたことは何十年たっても忘れない。

僕をほめることは大事だ、と自信を持って周囲に言おう。)

ツベルクリン検査をして皮内に「お豆さん」をきれいに作って行ったら、養護教諭が「ツベルクリン検査ってそんな風にするのですか」と驚いたので、逆にこちらが驚いた。

皮下に注射したら仕事は早く終わるけど、それは検査ではないよ。

これまでどんな風にしてきたか疑問に思ったが、ツ反陽性者が相当数出て、これまでの陰性ばかりの結果と照らし合わせて解釈に苦しまなくてはならなくなった。

それでも、高齢の医師が復帰すると依頼は終わった。その医師が亡くなった後の後任も頼まれなかった。

いやいや、そんなことはどうでもよい。

かっての高齢医師の悪口を言うと、自分の身に降りかかる年齢に僕もなった。

この記事で、僕が何が言いたいかと言うと、総合医療の勉強をするなかで、偶然に「校医の業務」と言う箇所を読んでいたら、WHOが1990年にHPS; Health Promoting Schoolというものを提唱していたことを知って驚いたということである。

学校側から健康の方針を地域に打ち出し、児童生徒も職員も地域住民も健康にするという戦略を持つ学校のことである。

民医連がHPH;Health Promoting Hospitalに注目する20年前の話である。

このことが大切だと思うのは、子どもや職員の健康が悪化し、いじめや自殺も後を絶たぬなかで、それを改善しようとすれば、学校は地域と連携するほかはないからである。

一例をあげれば、一人親のもとで育つ子供の不健康さの改善に学校が介入しようとすれば、その一人親の生活や雇用の不良さも学校は視野に入れ、学校の持つ力を地域に提供することで役立つよう真剣に考えないといけない。

貧しくて学力の不足する子どものために特別の援助プログラムを作ると言うだけでなく、学力がなくて親としての責務や仕事が果たせない親への直接的援助は、実は学校教育のアフター・ケアではないのか?

もちろん、それが出来る学校になるためには地域の政治の姿勢が決定的である。それも地域の住民の力によることだろう。

HPHやHPSだけでなく、企業もHPC;Health Promoting Corporation(あるいはCompany)

になればいいだろう。

さらにHPG;Health Promoting Government(自治体、政府)等と言うと、「治療病院」、「教育学校」、「食事レストラン」、「排泄トイレ」と言うに等しく、頭が混乱してくるのだが。

それはさておき、HP連合というものは可能だし、それこそが地域づくり、生活づくりなのだ。

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2010年2月17日 (水)

近藤克則『「健康格差社会」を生き抜く』朝日新書2010

身内の雑誌から上記の本の書評を頼まれた。

近藤氏には日本社会医学会総会を山口県小野田市で開いたときお世話になった。私の病院でも少人数相手の講義をしてもらった。

本は発刊時にすぐ読んでいたので、喜んで引き受けることにした。しかし、何かを書こうと思って読み返すと、最初に読んだ時には見落としていることが多いのに気付く。

手探りで一度読んで、全体の構造を見通しすことが可能になったうえで再読するとき、初めて「読む」と言えるのだろう。

書いたものは以下のとおりである。

近藤克則氏の前著「健康格差社会―何が心と健康を蝕むのか」(医学書院)は広く読まれた。この本が「健康格差」という言葉を日本社会に定着させたといってよい。

またWHO欧州地域員会の「健康の社会的決定要因 

Solid Facts(確固たる事実)第二版」を手に取る人も増え、「ソリッド・ファクト」は私の属する民医連の中では流行語のように広まった。これらによって、人間が病気にかかり、健康を失っていく原因として、貧困や失業、不遇な子ども時代などの社会的決定要因が存在していることを私たちは知ることができた。

しかしそれでもなお、社会経済格差がどのような経路で健康格差につながっていくのか、また社会経済格差や健康格差はなぜ不正義なのか、さらに、どうすれば健康格差はなくせるのかを明瞭に説明できる人はいまだ少ないだろう。

それを解説した外国の著名な研究者たちの一般向け書物もすでに翻訳されており、それぞれすぐれた内容を備えているが、多くの人に読まれるには無理がある。

本書は新書版という読みやすいかたちで、「健康の社会的決定要因」を探究する学問「社会疫学」の成果を余すことなく伝え、上記の問題にも解答を与えようという野心的な試みである。説明は平易で、資料は最新のものが採用されている。まさに待たれていた書物と言ってよい。

論点は大きく3点にわたり、いずれも私たちにとって切実なものである。

第一は社会疫学の実証的部分である。低所得であればあるほど要介護状態になりやすく死亡しやすいことなど、著者の関わる愛知県での介護研究データが豊富に紹介される。これらは翻訳書にはない本書の特徴である。

社会格差が健康格差につながっていく経路も丁寧に説明されている。個人レベルでは生活習慣の違いでは健康格差の2割しか説明できない。心理的ストレスのほうが重要なのである。また、社会レベルでは、社会格差の勾配が大きくなれば社会全体の健康が損なわれるという「相対的所得仮説」が重要である。貧しくても社会格差が少なければ人々は健康でいるというのはキューバだが、格差拡大一途の日本は早晩に優れた健康指標を失うのではないだろうか。格差社会の中で失われるソーシャルキャピタルと相対所得仮説の深い関連もここで示される。

第二は「健康格差をなぜ問題にするのか」という政治哲学的問題である。これが重要なのは、格差を肯定する議論が日本社会にも存在するからである。著者は、基本的人権としての健康権は侵されてはならないこと、また、成人初期の不健康は「機会の不平等」であることを挙げて、健康格差は許されないと主張する。憲法25条の今日的意義がここで光る。

第三は社会政策論である。健康格差社会の中でどう健康を守っていくのか。当面の個人的ストレス対処能力向上法が説明された後、根本的な解決への道が示される。WHOも重視し始めた「健康影響評価」を引用して、政策全体を健康的なものに改善する道があるとことを著者は指し示す。これを敷衍していくと「ルールある経済社会」や「新しい福祉国家」のありかたも見えてくるはずである。

これらの論点を本書で学びながら、多くの読者は「well-being(幸福・健康)な社会に一歩一歩近づく」ことの展望を得ることができるだろう。一刻も早く多くの人の手に取られることを期待する。

書いた後で思ったことだが、 とくに社会格差から健康格差に至る経路を個人的なレベルと、社会的なレベルに分け、後者の仮説として「相対的所得仮説」と「ソーシャルキャピタル仮説」を挙げているのが印象に残った。

しかし、健康格差の因果経路の個人レベルと社会レベルという層別化は、よく考えるとそのメカニズムに違いがないことから、層別化すること自体に無理があるようにも思え、疑問が残る。

また、「相対的所得仮説」と「ソーシャルキャピタル仮説」間の関係だが、前者の証明に後者が用いられるのではないかと考える。

すなわち「格差の大きな社会では、ソーシャルキャピタルが低下することにより、健康格差が大きくなる」という因果関係である。

これが正しいとすれば、今回の再読の最大の収穫である。

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2010年2月 8日 (月)

新居浜市に出張、渡辺治 後藤道夫らの「新しい福祉国家」の「新しい」について考える、「ルールある経済社会」との関係は?

6日(土)7日(日)と愛媛県新居浜市に出張した。山口からは新幹線で岡山まで行き、岡山から瀬戸大橋を通る松山行きの予讃線特急に乗るのが最も早い。

香川県から愛媛県に入って川之江を過ぎると、列車は中央構造線に沿って西にまっすぐ進む。いつもは東京行きの飛行機で中央構造線の四国から紀伊半島部分での直線ぶりを見ているのだが、地上からそれを確かめるのも好きだ。線路の南側に壁のようにそびえる山々の中に瓶ガ森や石鎚があるはずだが、区別はつかない。

宇部から4時間かけてついた新居浜市は古くから住友の城下町で、町並みのさびれ加減も宇部に酷似している。

しかし、翌日、朝日を浴びながら町を歩いていると、何かしら違和感を感じる。

しかも、それは別のどこかで感じたことのある違和感なのである。

しばらく考えて分かった。長門から鳥取までの山陰の町にいるときの、あの寂しくかつ圧迫されるような感じによく似ているのだ。

両者に共通しているのは、北側の海に向かう斜面の上に町があり、南に山があるという形である。

考えてみれば、山陽新幹線、東海道新幹線沿いの町は、(北九州と福岡を除けば)すべてその逆に、南側の海に向かって開け、山は北にある。日本の都市の多くはそういう形になっているのだ。

四国中央市や新居浜市、伊予西条市など四国の瀬戸内側の町は中国地方の瀬戸内の町と対称形になっているといってよい。

これまで山陰に行って感じる重苦しさは活気のなさと空の色のせいかと思っていたが、実は南が山にさえぎられているためだったに違いない。

帰りに山陽新幹線に乗ると圧迫感がすっと消えたのは、出張の目的だった役割が終わったためではなかったのである。

さて、以上のことは誰にとってもどんな意味も持たない遊びにすぎないが、私が中央構造線に沿って走る列車の中で考えていたのは、渡辺 治さんや後藤道夫さんがいう「新しい福祉国家」の「新しい」とはなんだろうかと言うことである。

以前は分かっていた気がしたのだが、最近の渡辺さんの本を読んでいるとまた分からなくなった。彼らが黙って意見を変えたのだろうか?

古いタイプの福祉国家が、第2次大戦後にイギリスの経験、とりわけベヴァリッジプラン実施の中でできあがったものだという認識は変わっていない。それは労働者階級が戦争に協力することの見返りに生活保障を約束されたものである。

すなわち、従来の福祉国家の在り方とは、福祉政策と国民の戦争協力義務・国家への忠実義務とが一体になっている状態だということができる。この形式は、福祉の内容が著しく進んだ北欧でも基本的に維持されていると思われる。

したがって「新しい福祉国家」は福祉が国民の戦争協力義務とリンクしていない、言い換えれば戦争を完全に放棄して憲法9条が守られていることを条件に実現するものということができる。後藤道夫さんたちもそのように説明していたはずである。

しかし、これだけでは、新しい福祉国家の成立の条件を述べているだけで、新しい福祉国家の中身に踏み込んでいるとは言えない。

最近ここでも取り上げた「憲法9条と25条・その力と可能性」かもがわ出版、2009で、渡辺 治さんが熱心に新しい福祉国家像を取り上げながら、上記のような定義に触れていないのもそういうことなのだろう。

彼らが意見を変えたわけではなく、説明の重点が形式的なところから、より実質的なところに移ったということなのに違いない。

そこで「新しい福祉国家」の新しさを検討してみよう。

①「貧困線水準以下からの救済」を脱して、生活障害がおこる以前の生活水準を保障する「所得比例型給付」として、中間層の広範な要求にも応えること。

しかし、これはヨーロッパでは戦後すぐに実現していることで、「新しい」とは言えない。古い福祉国家の第2段階とでもいうべきものだろう。

しかし、日本では1980年代の企業社会の正社員に部分的に保障されていたのみでまだ実現していないのである。日本では「新しいとしていいかもしれない」

②貧困線以下の所得を手当てするだけでなく、生活全体を保障すること。

言い換えれば、最低限の生存を守るだけでなく、到達可能な最高の健康を保障することである。

そういう意味で憲法25条に保障されているものを「生存権」と呼ばずに、「健康権」としてとらえなおすことは大きな意義を持っている。

③「新しい福祉国家」は、経済の側面からみれば「ルールなき資本主義」の段階を克服して達する「ルールある経済社会」と照応する。

しかし、そうだとすれば、私たちはEUはすでに「ルールある経済社会」に到達している、すなわち18世紀から始まった市民革命はEUの結成によって完了したとみているので、EUの国々が「新しい福祉国家」だとしなければならなくなる。

しかし、上でも述べたようにヨーロッパでは軍事力は維持されており、軍事と福祉の一体の関係は克服されていない。そのとき「新しい福祉国家」に至っていると評価することは不可能なのではないか。

重箱の隅っ子をつついている議論のようなのだが、なんだか複雑で、未解決という気がする。

*出張中の発言で二宮厚美さんの本にも触れたところ、愛媛が誇る幕末の医学者、二宮敬作(オランダおいねの先生でもある)子孫なのだと聞かされた。悪口は言えない雰囲気であった。

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2009年11月26日 (木)

笠原清志「社会主義と個人―ユーゴとポーランドから」集英社新書2009

岡山駅新幹線待合室構内の小さな書店に寄ると、必ず面白いものが見つかる。11月22日に買ったのは上記であるが、発行日も11月22日という新品だった。

著者は立教大学の副総長をしている人らしいが、よくは知らない。しかし、青年時代からユーゴスラビアのベオグラード大学に留学し、東欧情勢の専門家である。

この本は、そういう著者の直接的な交友の中から、社会主義を詐称した抑圧体制が崩壊する前後の東欧、とくにユーゴにおいてはその後の狂気的民族紛争を描写して、きわめてわかりやすい。面白いので仕事の合間に2日で読むことが出来た。

ユーゴとポーランドの現代史の入門書にもなるものである。私もようやく、セルビアとクロアチアの指導者の名前を覚えることが出来た。また、ポーランドを解放した「連帯」の実態を垣間見た気もした。

叙述の上で留意されているのは、ごく普通の人々がどんな風にその時代を生き抜いてきたかを具体的に示すことである。そして、「市民一人ひとりが被害者ではなく、場合によっては加害者として過去の体制に向き合うこと」が求められている現在が切実に理解されるように導かれている。

私が特に感銘を受けたのは、ポーランドの運動「連帯」が直接的な政治革命より共産党の政治権力行使を「統制する」という目標に意識的に踏み止まり、運動を社会の隅々まで広げ、次の時代を準備したということである。

私が属している非営利・協同の運動や協同組合運動も、権力濫用の統制者としての役割をなるべく長期間、時代が十分に熟すまで徹底的に果たすべきなのだろう。

ワレサはその「連帯」の方針から逸脱し、準備もなく政治権力を握り、独裁者となり、腐敗し自滅した。

しかし、「連帯」の本来の指導者の一人は、その後に旧共産党系勢力が復活して大統領選挙に勝利したことも、ポーランドの民主化の一定の完成だと考えていることが示される。

そういう東欧を巻き込んで、「今後、世界経済は長い混乱の時期を経ながら、金融市場での投機的利益を目ざす市場モデルから21世紀型の新しい社会・経済モデルへと転換していくことが求められている」という最後の部分には私もまったく異論がない。

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2009年5月21日 (木)

「松井を何とかしろ!」・・・シンガポールの社会保障個人会計も追加

といっても、大リーグの話ではない。

一昨日の保険医協会の会議で、私のとなりに座った岩国のO先生が叫んだ言葉である。

話は少しさかのぼるが、2006年4月の厚生労働省令により、2008年4月から大病院から段階的に始めて、2011年には医療機関すべての診療報酬請求(レセプト)をオンライン化するということが決まった。これは、社会保障全体を覆す大計画の、小さな、だが欠かせない発端だった。

しかし、その後、医療崩壊が進み、2009年3月31日の閣議は診療報酬オンライン請求義務化について、方針を変更し「地域医療の崩壊を招くことのないよう、オンライン請求することが当面困難な医療機関に対して配慮する」と決定せざるを得なかった。このため2009年3月末までにと決められていた400床以下の病院と保険薬局のオンライン化は1年間見送りとなった。

ところが、内閣府におかれた規制改革会議が4月21日に「そんな延長は許さない」と、厚生労働省に質問状を突きつけたのである。

これに怯えた厚生労働省は、閣議決定の精神を裏切って、「一律延期ではない。」「オンライン化の準備ができているところが実施しない場合は診療報酬を支払わない。」「準備ができたかどうか毎月質問し、必ず回答させる。」「「レセプト用コンピュータが導入されている医院はかならず2010年4月にはオンライン請求させる。」「2011年3月までにはすべての医療機関がオンライン請求できるようにする」と回答させられた。

「国民の意向を受けた閣議決定を、内閣府の一諮問機関が踏みにじっていいのですか!」とO先生は叫んだ。「結局は松井の意向だ」

松井とは、規制改革会議の中心人物、松井証券社長の松井道夫氏のことである。

「松井を何とかしてください!」

なんとかしろ、といってもどうしよう、と私は呟いた。

レセプトオンライン化は、患者にとっては社会保障カードにつながり、社会保障カードの最終的にめざすところは社会保障個人会計である。社会保障個人会計では、社会保障費を一定以上使いすぎた人には利用をただちに制限することが計画されている。社会保障カードを用いれば、使い切ったプリペイドカードから支払えないと同じことが直ちに実施できるのである。

一方、レセプトオンライン化は、医療者にとっては、標準医療の機械的な押し付けにつながる。まずは標準病名、続いて標準検査・治療が定められ、ディジタル化したレセプトで、ただちに逸脱医療が発見される仕組みである。

その後は、圧倒的な混合診療の拡大で、そこでは生命保険会社が営む私的な健康保険だけが患者の頼りになる。

そこまで見通して儲けを計算しているから、件の松井氏は最初の躓きが我慢ならない。世間はとっくに市場万能論を見放しているのに、権限を振り回して厚生労働省、ひいては日本全国の医療機関を恫喝するという行動に出たのである。

「松井を何とかしろ!」は正しい。さてどうしようか。

とりあえず、この日曜日に開かれる地域の医師会でこの問題を宣伝しよう。足元を固めていくしか当面は方法がない。しかし、いろんなところから、水は一点に向かって流れ、集まり始めている。気付けば、整然と行進する怒れる市民の海のような集合の中にいる自分たちを発見するときも来る。

*これに関連して、シンガポールの社会保障個人会計の実情をA君から詳しく教えてもらったのが、とても参考になった。

シンガポールでは、労働者は賃金の20%を強制的に国家に預金させられる。雇い主も同額を支出する。その預金の範囲に限って、医療を受けたり、年金をもらったりする。完璧な個人責任原理の貫徹である。その事務的処理のためには、どうしてもディジタル化された社会保障カードが必要である。

加えて、これは私の推測だが、シンガポールの国家は、莫大な社会保障預金を自ら運用して、運用益を得ているはずである。その一部を国家援助として、入院の際などの比較的高額な支払い時に給付しているのだろう。それを国民は有り難がるという構図である。戦争費用を何とかして得ようとして郵便貯金を盛んに進めた勝手の日本政府にそっくりな気がする。

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2009年5月 1日 (金)

岩井克人「貨幣論」ちくま学芸文庫版1998 続き・・・10数年前の本だが、今こそ読まれるべきだろう

実は第二章以降はさして面白くない。

まず、貨幣の起源について、みんながほしがるような特定の商品が貨幣になった、最終的には金(gold)に落ちついたという貨幣商品説があることが紹介される。

ついで、共同体である取り決めをして、適当な何かを貨幣にしたという貨幣法制説が説明される。

結局、起源を決めることは無理だという結論になる。これは、言語の起源を求める難しさにそっくりである。

結論として、貨幣は、その貨幣を貨幣として認める「貨幣共同体」が永遠に続くという仮定の上に成り立つ危ういものであることが次に述べられる。

しかし、貨幣共同体の秘密は、あるなんでもないものが貨幣になるという飛躍点で剰余価値は作り出されるというところにある。

それは、労働力という商品が自らの価値以上の価値を作り出し、それが剰余価値として資本家の手に入るという資本主義社会の秘密以上の秘密である。(岩井としては、貨幣だけが剰余価値の起源だといいたいのかもしれない)

したがって、ハイパーインフレーションという状態で、貨幣が無力になるとき、資本主義は本当の危機に直面するだろう、というのが著者の主張である。

剰余価値は、労働力の消費から生まれてくるだけではなく、貨幣を商品世界の特別な媒介因子とするところからこそ生まれてくるのだ、これが新しい資本論だという話でもある。

貨幣の変形である証券が、労働力の消費を含まないまま(*)商品となって、自ら増殖するという状態が、通常の商品の流通を押しのけて、流通の主流になった今は、岩井の説明がすんなり理解できるときである。(*証券会社のトレーダーたちの新証券考案作業を「労働」と呼ぶべきかどうかということを考えなければならないが、やはり労働ではないのだろう)

どこまで信用して肩を持っていいのか分からないが、貨幣がGDPの3倍以上も流通している「マネー資本主義」と呼ばれている現代の資本主義を説明しうる何かではあるという気がする。

最終的なこの本の主張が正しいかどうか私にはよく分からないところもあるが、現在こそ読まれるべき時期だろう。

そして、まさしく現在こそが著者のいうハイパーインフレーションであり、人々が貨幣から離れ、貨幣を統制することを始め、貨幣がそれ自体として剰余価値を生むという状態を廃止することを展望しうるときなのかもしれない。それはそれとして、積極的な主張につながる。実体経済を立て直せ、というような平凡な主張ではあるが、竹中平蔵よりはいいだろう。

しかし、そのときこそ、剰余価値の唯一の源泉は労働力となり、時代はマルクスの資本論の世界になっていくのではないだろうか。

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2009年4月27日 (月)

社会保障憲章 1961 について

民医連は、その綱領に「国と資本家の全額負担による総合的な社会保障」を掲げている。

しかし、ほぼ同じ方向の要求を掲げてもおかしくない日本共産党や京都府保険医協会・社会保障基本法研究会作成「社会基本法」(案)にはそのような要求はいっさい書かれていない。

国と資本家が無条件に社会保障費用を負担するというのは飛躍しすぎる、と考えていいだろう。

当面、資本家・大企業には特段の社会的責任を果たすべく能力に応じた負担が求められる。国は、社会保障の財源となる税金について、消費税のような逆進性の濃い税金でなく、きちんとした累進課税で国民から徴収し、それを無駄な公共企業などに使いすぎないように努力して支出することが求められるのである。

同時に、より充実した社会保障のためには、支払能力に応じて適切に設定された社会保険料や利用料を国民が負担することも決して否定されるものではないだろう。

実は、民医連もまもなく行なわれる綱領改定で、この項目を改定しようとしている。

しかし、この項目が50年以上綱領の中心として目標になり続けたのは間違いがない。50年間ほとんど誰も疑わなかったのである。

そもそも、この項目の根源はどこにあるのだろう。

突き止めると、それは民医連の綱領ができたのと同じ1961年にモスクワで開かれた世界労連の大会で決定された「社会保障憲章」である。

ちょうど手元にこの問題の権威である小川政亮先生の本がないので詳しく調べられないのだが、この憲章について、『社会保障論』(1978・有斐閣)などの著書がある横山和彦さんは

憲章は、その性格上、社会主義体制の優位を前提としたものであり、ソ連の社会保障を整備され前進しているものとし、資本主義諸国は努力しなければいけないとしている。」

と書いている(Yahoo百科事典)。

結局、当時のニセ社会主義国の規定を手本にすることをむりやり?資本主義国の労働運動に旧ソ連が押し付けたものといえるだろう。それは、言葉は美しくても資本主義国の運動の現状とはかけ離れていたものだった。

実は、私自身も、かってこの項目の説明に四苦八苦していたのである。とくに農民や自営業者の社会保障費用をどうして資本家が負担するのかという説明がうまくいかなかった。

小川政亮先生も西谷敏氏の唱えるアメリカ帝国主義と日本独占資本に苦しめられる「被害者集団」という概念を引用して賛意を示されていたくらいである。少し無理があるような気がしたが、私はこれを援用して説明していた。

結局は、社会保障の根拠は、生存権と労働権の二つにあることをしっかり認識しなくてはならないということである。労働者の生活保障の義務が資本家にあることを主張するのは労働権の上で当然だが、障害者や自営業者の人間らしい生活を保障するのは生存権である。

(しかし、生存権と労働権の間には当然深い関連があり、分けて考えられないという考え方も成り立つが、それについては、また別に考えてみたい。)

いまこそ、社会保障要求の根拠を、「社会保障憲章」のみにおくという片手落ちを改めて、きちんと日本国憲法、特に25条も根拠のひとつとして、定めなおす時が来ているのである。

*以下は補足である。

同じく民医連綱領の「働くひとびとの医療機関である」という有名な自己規定も1961年社会保障憲章中の語句である「every person who lives by his labour」からきている可能性がある。そうなれば、女性は省かれていたという解釈になり、やはり、当時の「父親が働いて妻や家族を養う」という家庭像が基本にあることになるので、現在から見て、いろんな意味で困るのである。

労働者→労働者の家族である女性や子ども・引退した労働者としての老人とその家族・労働者の家族である障害者→自営業者や農民と、労働者の権利を主張する概念は拡大できるが、保障を求めるすべての人を包含できるだろうか。

たとえできるとしても、一足飛びに、現在、社会保障を必要とする人の権利を、労働者の権利として主張するには、社会の合意がないだろう。これに対して法9条と25条に基づく、新しい福祉国家なら、みんなが納得する。

もちろん、もっとラディカルになぜ憲法25条がこの世の中に存在するのかという問題を問えば、労働者の要求と闘いが本質的根拠である。

しかし、それも現象的にはイギリスなどの戦勝国での「労働者が国家の戦争に協力する見返りとしての保障」としてスタートしたのであるから、私たちは、そのあたりの事情を十分に理解したうえで、みんなが納得できるように主張していく必要があるのだろう。

** 世界労連「社会保障憲章」と民医連綱領は、いずれも1961年だが、時期的には半年くらい前者のほうが後なので、前者の草案が相当先に世界に配布されていなければ後者に影響を当てることは無理かもしれない。とすれば、後者に影響を与えたのは、1953年にウィーンで開かれた世界労連「社会保障綱領」かもしれない。これにも、社会保障の財源は国と資本家によるべきで、労働者に負担させてはならないという項目があるので、矛盾しない。

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