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2026年3月31日 (火)

2026年 4月1日 新入職員歓迎あいさつ

2026年 4月1日 新入職員歓迎あいさつ           
山口民医連会長で宇部協立病院内科・総合診療科の野田浩夫です。
皆さんの入職を心から歓迎します。

あいさつに代えて民医連の目標である「いのちの平等」の意義について短時間話したいと思います。

「いのちの平等」は、不平等や差別がまだまだ残り、いや残るどころか拡大しつつある現代社会にあって、最低限、いのちだけは平等であるべきだというスローガンです。

これは普通に考えると、病気になったときの治療に貧富の差があってはならないということになるでしょうか。
もちろん肺炎になったとき使う抗生物質に貧富の差があるというのは今の日本では考えにくいと思います。違いがあるのは病原菌の違いによるものしかありません。

しかし、それだけで「いのちの平等」が達成されているというわけでは決してなくて、病院の中にも貧富の差はじつに広く影響しています。それどころか21世紀になって以降、貧富による格差は拡大の一途です。
そういう中で、いまの私達の実力のみでは抵抗を貫くということはできませんが、一つ象徴的なこととして差額ベッド料は取らないことにしています。病気の重さでなく、金のあるなしで入院環境が違うということがないようにというのが私達の基本的な姿勢です。

全日本民医連の全部を合わせると、病院は140強、診療所は500弱、職員数は8万数千という日本有数の民間病院団体になっているのですが、そのどこにも差額ベッドは原則ありません。もし大変な経営困難で差額ベッドを取らなくてはいけないときは、全日本民医連に届け出て、承諾を受けなければいけないという不文律になっています。

さらに無料低額診療という、終戦直後の救貧制度的な福祉制度が忘れかけられていたのを蘇らせて、お金がなくて病院にかかれないという人が出なくなるようにも頑張っています。
済生会病院にもこの制度がありますが、いろいろ制約を設けていて、積極的にこれを活用し、自分たちの利益を削っても、医療機関にかかる権利「受療権」を確保しようとしているのは実質的には民医連しかありません。

しかし、病気になったときだけの平等が「いのちの平等」かというともちろんそうでありません。
20世紀後半に急速に発展した医学関連の学問に社会疫学という学問があり、そこで明らかにされたのは、私達が生まれて、育って、教育を受けて、成人として生活し、やがて老いる過程のすべてが健康に強力に作用している、実は健康状態のほとんどすべてを決定しているということでした。これを社会的影響要因といいます。つまり貧困と格差の中で生きていれば、その程度に応じて必ず健康は破壊されるということです。

癌になりやすさなどは遺伝子が決めていると思われているかもしれませんが、遺伝子が発動するかどうかにも社会的要因が影響を与えます。

したがって、「いのちの平等」を唱えるなら、そこまでさかのぼった対策を立てなければ無意味なのです。
病院で命を救うということと同時にそれに挑まなければ、私達の存在する意味も失われる、虚しいものになると思います。

例えれば、崖の上で残酷な殺戮が行われているのを止めもせず、崖から落ちてくる人だけを救急車に乗せているのでいいのかということです。


話が長くなってしまいましたが、ウクライナやガザの事態を典型として戦争被害が世界中にひろがっています。とりわけアメリカ・イスラエルのイラン侵略戦争はほとんど世界大戦に匹敵する影響を全世界に及ぼしつつあります。生きていくに必要なものも保障されなくなるのはまず貧しい人たちからです。
この戦争こそこの時点でのいのちの平等の最大の敵だということは間違いありません。
皆さんは、ある意味、極めて特殊な時期に医療介護、そして民医連に足を踏み入れた人たちだと言えます
その前途は決して明るいものではないかもしれませんが、どんな時も民医連は掛け値なしにあなたの仲間としてあなたたちのそばに必ずいます。

僕の年代のものとしては、例えばキャロル・キング「君の友だち」、サイモン&ガーファンクル「明日への架け橋」で歌われたような気持ちでいますので、是非明日から、同じ気持ちで安心して前に進みましょう。以上でご挨拶を終わります。

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