宇部の歴史と労働者階級
宇部の歴史を振り返ると、資本家階級は早くから結成されている。経済は「共同義会」、政治は「達聡会」という形で村の上層が結社化したのがそれである。その自治性は高度で、宇部興産という統一した近代的企業体にたどり着く。
これに対して、労働者階級が出現するのは戦後である。
陸軍が出動し炭鉱夫10数人が銃撃で死んだ1918年の米騒動は階級の出現というより自然発生的な事件に近い。
戦後になってようやく立ち上がってきた労働者階級はいろんな雑多なものを宇部の中に生み出す。日本全国の視点からみればずっと遅れて誕生した山口民医連もその一つにほかならない。
簡単に言うとこれが宇部の歴史である。
資本主義における生産力と生産関係の間の矛盾が大きくなれば社会主義社会への移行が必然的に起きるわけではない。その矛盾が直接生み出すのは労働者の「階級」化である。
階級闘争はそこから動きだして社会主義社会への長い歩みが始まる。
つまり資本家階級がいれば労働者階級が自然に存在するわけではなく、後者は遅れてやってくる。
そいういうものだから、資本家階級の組織性がさらに高度化される前で、労働者階級が一見崩壊していくような状況も当然ありうる。
そうなれば「階級」をどう再組織するかという課題が、労働者たちに創造性を要求してくる。
生産力と生産関係の矛盾は、気候危機と格差という形をとってこれ以上もないほど大きくなっているので、その再組織は必ず起こる。
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