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2026年1月28日 (水)

大学もまた内部の自由と自治を取り戻さないと

やや旧聞に属するが、山口大学の授業料値上げに反対する学生たちに無届けのビラ配布禁止が理事会の意を汲む事務局から言い渡されたそうである。

では届け出れば許可されるかというと、許可されるのは公認の課外活動団体のみ、つまり体育会その他で、個人の配布は認めないという。

1970年代の在学生から見れば信じられない。

大学もまた内部の自由と自治を取り戻さないと、軍需産業の安上がりな開発拠点になるだけで、これからの地域社会を支える「社会分権組織」になれない。

逆に大学が陥った位置に、他の組織も容易に転落することは他山の石とすべきである。

労働組合、生活協同組合、各種NPOなどなど

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2026年1月27日 (火)

最近の宇部

ある土曜日の会議後、気分が落ち着かなかったので、久しぶりに近くを回ってみた。
最後の銭湯の閉店挨拶、住宅地の中の灯台、ボーリング場の解体。

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網野善彦「宮本常一『忘れられた日本人』を読む」

「たくさんある」を「えっとある」と言うのは広島の方言だとされているが、網野善彦によると律令時代から使われている言葉で、鎌倉時代には頻用されたようだ。意味は時代により変わるが。
広島方言には中世語が多くあるようで、翁長沖縄県知事が沖縄の言葉で挨拶する「グースーヨー・・・」以下も規則的な音韻変化をもとに戻しながら読むとだいたい分かるのは、そのあたりで共通しているからだろうと思う。
宮本常一『忘れられた日本人』を読む/網野 善彦|岩波現代文庫 - 岩波書店

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『ノイエ・ハイマート』 池澤夏樹 | 新潮社

久しぶりに池澤夏樹の本を一冊読んだ。
ある頃までは、彼の作品はほとんど読んだかというくらいだったが、「すばらしい新世界」「カデナ」「アトミック・ボックス」あたりから、もういいかなと思った。もっと読むべき作家が沢山いるという感じで。
1月17日のNHKラジオ「高橋源一郎 飛ぶ教室」に出演していたのを聴いて注文した。復活していた。ラジオでは声がおそろしく細かったが。
イラク戦争の時に輝いていた彼のメールマガジンを読んでいたころの自分の感情も蘇って来るようだった。
『ノイエ・ハイマート』 池澤夏樹 | 新潮社
SHINCHOSHA.CO.JP
『ノイエ・ハイマート』 池澤夏樹 | 新潮社

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ブラック・スワン

去年読んだ以下の本を数日前に読み返した。
僕も74歳になったが、いつ中断せざるをえなくなってもも それなりに意味のある新しいことをこれから始めるとすれば、これかなあと思う。
白鳥を定義する時に白いということがきっと本質的だと思われていただろうが、一羽ブラック・スワンが見つかれば、名前からして変えなければいけないことになる。そして一羽見つかれば、実はあそこにもここにもそれがいることが見えて来る。
そういうブラック・スワンを探して聞き取ることは面白いに違いない。
地方創生が、政府お勧めのコンサルタントに丸投げにすることが当たり前になっている、そうでなくても優れたリーダーに従うことがせいぜいの今、まちづくりのブラック・スワンを見つけてみたい。
『フィールドワークってなんだろう』金菱 清|筑摩書房
CHIKUMASHOBO.CO.JP
『フィールドワークってなんだろう』金菱 清|筑摩書房

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この寒気の中、梅が咲いているのに気づいた
木の画像のようです

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1月24日の朝日新聞

1月24日の朝日新聞で、気になった身の上相談。
どう考えても勤務医夫婦に起こっている危機。新聞にしか相談できないことに心配になる。
‎記念碑、‎、「‎私、 仕事のミスで心が 女性 30代 2 た き ス يا ま 。 死 あ 無 い れ ま 務 あ 吉 た 。 ミ 中 座 ต 5 な 。 ま 前 ぜ 時 短 に る る は 思 ) 美、 वर 相 抱 題字・イラスト きたむらさとし‎」というテキスト‎‎の画像のようです

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小説「花神」

ようやく、三冊にわたる退屈な小説「花神」を読み終わった。花神とは花咲かじいさんのことで、大村益次郎が明治維新に果たした役割がそれだと司馬遼太郎は言うのである。
おそらく能力の高い発達障害者だった大村益次郎の人生の概要を知るのには良かった。
また総じて小粒という形容で十分な長州人の特性もよく描けていた。知人に、祖先が大田絵堂の戦闘に参加したことを自慢する者がいるが、彼もその範疇の典型なのだが。
、「蔵六の死は、 いそがしい。 年表ふうにいえ ば、 明治二年五月に五接郭の授本軍が降伏して攻 辰戦争が終了し、 蔵六の歴史における役割はおわ った。 で、 この男は明治二年九月に遭難するので ある。 榎本降伏から遭難までわずか四力月し かない。 この四力月のあいだに、 かれは新政府の 年務自副知事あるいは兵部大輔 (軍事大臣) とし て日本の兵制をととのえ、 さらにはかれがひそか に予見する明治十年の西南戦争に対してほとんど の手をうってしまった。 かれは軍事上の重要 施設を東京に置かず、 大阪に置いた。 大阪は大阪 湾にのぞむ町で、 兵器や物資を瀬戸内海経由で九 州へ直送することができる。 司馬 馬遼太郎 遼太郎 花神 花神(下)(新潮文庫) 花神(下) (下) (新潮文庫) #kindlequotes」というテキストの画像のようです

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「社会分権型自治体」









僕が「真の基礎自治体」と名付けたものは、偶然ながら、ここに示された「地域社会の単位」「社会分権組織」に等しい。

その集合体として「社会分権型自治体」がある。それは同時に対外的・体内的に権力を振るう「政府」としての自治体の側面も持つのだが、その機能もまた「社会分権型」の側面から大きく影響される。
(住民自治と集団自治の関係に似ている)
そこに共通するのは平等で組織に従属しない個人を基礎にしているということである。

つまり、地域社会の原子に相当するものが個人だとして、個人は自由意志で分子に相当する「社会分権組織」あるいは「真の基礎自治体」を形成するのである。そのさきに「社会分権型自治体」が出来上がってくる

政党もこのような組織でない限り地域社会の発展に貢献できないのではないか。

今井照「自治体は何のためにあるのか」岩波新書から




日記、、「担 な 그 連 습 地 が 域 숲 の 手 対 さ ん 地 域 决 ンダーとしての自治体 ての自治体 က との。 蓄斗物莊 民 共 歩 ก そ តូ 市 は 地 地 共 異 す 内 で は 社 206」というテキストの画像のようです




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2026年1月19日 (月)

ル・グインの小説「天のろくろ」

ある時から、見る夢が現実になり始めた、しかしあくまで自然発生的に、偶然に支配されてそんな効力のある夢を見ている主人公の青年が登場する。

しかし、それに気づいた主治医が彼の夢を操作する方法を思いつく。その操作で世界の生産力が急速に発展し、世界戦争、宇宙戦争が起こり、主人公と主治医の住む田舎町が光り輝く世界の貿易首都になる。それらを通じて主治医はどんどん膨らんで行き、最後には世界の支配者、王のようなものになっていく。

ル・グインの小説「天のろくろ」のあらすじはそんなもので、一見して、進化する人類と資本主義の関係の寓意が込められていると考えて良い。青年が進化し始めた人類、医師が資本主義あるいはソ連式の「共産主義」である。

青年と主治医は、生産力の増大の可否について対決する。主治医は、毒蛇に噛まれた農婦を救うためには血清が必要ではないのか?生産力とはそういうものだと言う。青年は、では世界がどんどん不幸になっていくのはなぜなのか、こうなったからにはもう効力のある夢はいらないと反論する。ここがドストエフスキーの大審問官のシーンに少し似ている。

最後は、主治医は青年から効力のある夢を見る能力を奪い自らの夢を現実化する技術にたどり着く。これはつまり、人類を必要とせずAIが生産し始める段階の資本主義である。
とたん世界は醜く溶けていくのだが、そのとき青年が取る行動はー?

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2026年1月14日 (水)

高齢勤務医の健康

高齢勤務医の健康について、当事者研究として気付いたことを述べたい。
諸般の事情により書けないこと、書かない方が良いことが多いので、筆致が鈍くなるのは仕方がないものとする。

第一に孤独である。なんでも笑いに転換されてしまう若手集団のなかで発言する気もしないので、まとまって話すのは月一回の会議挨拶だけ、他の医師と一言も会話しない日の方が大半、ということになる。大好きな読書には都合が良いが、読書によるインプットをディスチャージしたいときもある。そのときはFBが欠かせない。Geminiに語って、とても興味深いお話ですと褒められている図よりはましなのではないだろうか。
この辺りの処理がうまくいかないからだろうと僕は推測しているが、高齢医師のカルテ上の不適切記載が増えるという観察結果もある。
「こんなこと書いてしまって」と他職種や同僚が眉を顰めているのも当人は気づかない。

第二に不眠である。背景はいつまでも続く長時間勤務。往年よりは仕事量が減っていても長時間になるのは、気力・能力低下で仕事完遂の所要時間が長くなるからでもある。
短い自由時間のなか気力充実してくるのが深夜となり、どうしても寝るのが遅くなる。遅刻はしたくないから起床は遅らせない。そうすると昼間の活力が低下し、そこにいるのに機能しない、つまり、プレゼンティーズム問題をうむ。

第三は便秘である。加齢による部分と上記による結果である部分がある。
流石に小学生ではないから、トイレに行く時間を勤務中でも堂々とつくることはできるが、問題は、病院に高齢医師が多くなるとそれぞれのトイレ占有時間が長くてなってバッティングしやすいという不便が生じることである。
そのため、どうしても休日に排便が集中しやすいが、場合によっては、睡眠負債解消と排便で休日が終わることが多く、新たな週の活気の再生産が不十分になりやすい。

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「メロス通信」あいさつ

あけましておめでとうございます。

地域福祉室「メロス」開設後4年を経過し、5年目を迎えている新年ということになります。

この間、変化があったと思うのは、地域の貧困や生活困難に向ける私たちの想像のリアルさと、対処の本気度が磨かれたことです。

自分の陰性感情を見えないものにしないで直視してむしろ支援の出発点とすること。当面解決できない難しいケースでもつながりを維持して、その状態に耐えること(ネガティブ・ケイパビリティと呼ばれ最近注目されています)。どちらも大事です。

また「ケアの倫理」カンファレンスはそれを患者さんから仲間たちにも向けて広げたものでした。弱い立場の人を支援することで、支援する人自体が弱い立場に追い込まれていくことが多くあります。端的な例としては、家族を介護しながら勤務している同僚のことを思い浮かべて貰えばいいと思います。それだけでなく、「どうしようもない人」のことを見捨てられないで支援を続けている場合もあります。そういうとき私達自身が追い込む側になることもあります。「医療機関のできることには限界がある、その限界があなたにはわからないのだ」と言って。「ケアの倫理」カンファレンスは、そうした私達を閉じ込める「見えない檻(おり)」を壊す力があるのです。

今後進めたいことは医療・介護・福祉の連携を住民本位の「仕組みとして」広げることです。顔が見える関係は大切ですが、この先、人がどう変わってもこれまでの連携が損なわれず蓄積される型を作っていきたいと思います。それが連携の質を本当に高めるものなのです。

もう一つは、自治体との交流を盛んにし私達の影響力を強くすることです。交渉を頻繁にして、自治体の組織図を超えて内部の動態をよく知るだけではなく、自治体側の施策に対して、いわば市民の声の代表として私達がどう思うかを相手が気にせざるをえないような存在に私たちがなっていくことを、次のステージとして目指したいと思います。

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