2025年12月28日 (日)
2025年12月24日 (水)
2025.12.24 県連理事会挨拶
年末の忙しい時期の会議参加ご苦労さまです。
今日は時間短縮して8時には終わる予定です。また来年2月8日に投票予定の山口県知事選に立候補を表明した大久保雅子さんのお話も聞く予定にしていますので、私の挨拶はなるべく簡単にいたします。
とはいえ、最近印象的だったことを少しだけ話します。
土曜日午前中にスポットの医師が「腸閉塞疑い」の患者さんを入院させていました。僕は土曜日が休みだったので夕方に病棟に顔を出してみると、その人が随分痛がっているのに遭遇して、そのまま主治医になりました。
経過が心配だったので日曜日にも診察に来て、「腸閉塞ではなくて腹膜炎だ」と考え、抗菌剤注射を指示して、明日には大きい病院の外科に転院させなくてはならないかなと思って帰りました。翌月曜日、通常どおりに出勤してみると患者さんは少し良くなっているようでした。改めてCT検査をし、ちょっと考えるところあって短い大腸内視鏡もしてみました。
その結果で転院の必要性をより迷うことになったのですが、率直に「外科にいつ送るかを迷っている」ということを書いた紹介状をFaxで大きい病院に送りました。直ぐに電話で返事がありました。
「すぐに送ってもらったほうがいいです。この圏域の外科は私達以外にはいないので、どんな状態でも引き受けますから遠慮しないでください。
ところで、この電話をお借りして言いたいことがあるのですが・・・」
僕は「急性期拠点病院」の外科医師の決然とした姿勢に好感をもって次の言葉を待ちました。
「午前中の2つの検査、先生がする必要がありましたか?こちらでもっと良い条件で検査できます。最近の先生を見ていると、自分で抱え込むあまり転院の決断が遅くなっていると思います。午前に来るのと午後の真ん中に来るのとではこちらの態勢も全然違ってきますし」
(あの検査が足りない、この検査が足りないと言って断られることも多かったのだがなぁ)と思いながら、こんなことをはっきり言ってくれる人に出会ってさらに嬉しい気がしました。同時に、自分が外からはすっかりポンコツに見えているのだなぁ、という寂しさも押し寄せては来ましたが。
高齢医師の意固地さの弊害を院内では誰も指摘してくれません。僕も、同僚の高齢医師がある事例で偶然発見した事象Aと事象Bを機械的に因果関係で捉えるや、それにずっと固執して、無意味な検査カスケードを作るのを心配したことがあるのですが、それも率直には言えないでいました。
しかし、そこは踏み込んで、相互の気づきを率直に指摘し合う関係を作らないと、今後さらに高齢化する医師集団の安全性が保てないということを改めて感じた次第です。
さて本題に帰って、12月7日に2年ぶりの県連学術運動交流集会を開きました。個別の発表も面白く、総合診療をテーマにしたシンポジウムに明日の山口民医連を感じていただいた方も多かったのではないかと思います。
また一昨日12月22日には県庁で山口県社会保障推進協議会の県当局との交渉というか、実質は意見交換会があり参加してきました。
ここでも中小病院が力を着け、多方面への橋渡し役になって住み続けられる地域づくりを進めていくことが大事だ、その手段として総合診療や無料低額診療があるのだという話をしてきましたが、行政側も否定はできなかったと思います。
中堅医師定着に向けて山口県医師会が無料で医師の就職斡旋を11月から始めています。お隣の広島県では、類似の就職斡旋を県と県医師会が並行してやって、広島県医師会の方は成果が0に近く、広島県の方はそれなりに成果があるので、医師会まかせにせず山口県自身がやったほうがいいとは伝えましたが、あまり聞いてもらえたようではありませんでした。
また中堅になっても開業せず大病院から中小病院で移動して働く医師を増やすために、中堅医師のための総合医養成コースが県にあるといいと意見を言ったところ、それは取り組む予定だと言っていました。そこは是非協力したいところです。
最近山口県の健康福祉部長になった人が、柳井市出身で自治医大卒の人だとも聞きました。いつか県連として懇談してみたいものです。
ともかく足元の地域からボトムアップの民主主義を創造し、自治体や日本や世界を変えていくという方向はまず間違いないと思います。来年はその実践の年にしたいと思います。
最後に、今年11月4日開票のニューヨーク市長選挙で当選した34歳のイスラム教徒である、ゾーラン・マムダニさんの演説の抜粋を資料として紹介します。雑誌「地平」2026年1月号に全文が載っています。
深夜に一人で読んでみてください。絶対に元気になります。
そこで
「大久保雅子さんを、山口のゾーラン・マブダニにしちゃるけぇの」というプロジェクトを始めようではありませんか。短い時間ですが熱心なご議論をお願いします。
2025年12月18日 (木)
映画「コーダあいのうた」と「青春の光と影」
小川公代『ゆっくり歩く』(医学書院)を読んで、その中で触れられていた映画「コーダあいのうた」を見た。(アマゾンプライム)
コーダ(CODA)とはChildren of Deaf Adultsの略で、聴覚障害のある親を持つ聞こえる子どものことである。この映画はアカデミー賞を受賞した。
劇中の「青春の光と影」という歌の歌詞が良い。物事はいいときも悪い時もあり、複眼で捉えなければならないが、それでもなお本質は分からないんだという内容。
それは関係と対話の継続の中にしか姿を現さない。
ネガティブ・ケイパビリティとはそのことだ。
この映画はケアの倫理の学習会には最適。
gaga.ne.jp/coda/fbclid=IwY2xjawOwMEFleHRuA2FlbQIxMQBzcnRjBmFwcF9pZBAyMjIwMzkxNzg4MjAwODkyAAEePoqt7xJfN_MqRH4XAXWTMvtApDS6l2CCaUMX3dk0aASn7wcHRlOgMIvXmCI_aem_gpr0dXGcr9NxfyfalP1vCw
2025年12月15日 (月)
14年前に東松島市の災害支援に
2025年12月10日 (水)
山口民医連 学運交シンポジウム「総合診療―コミュニティ・ホスピタルという未来」
では、山口民医連 学運交シンポジウム「総合診療―コミュニティ・ホスピタルという未来」を始めます。
最初に司会として、企画の目的などについて述べておこうと思いますので、しばらくお時間をいただけたら幸いです。
まず総合診療とは何かをご紹介しておかなければなりません。
20世紀の医療は「病院の世紀」とも呼ばれるように、臓器別・疾患別の専門家を集めた病院医療の発展が特徴となりました。今では人口減少の著しい山口県ですが、そこにも1000床近い巨大病院が現れます。
しかし病院医療の中で専門科の間に広がる谷間に落ちて患者にもなれない人が増えたり、患者には成れても一個の人間として全体的にケアされることが失われていくことの弊害が強くなり、その反省として復活/誕生したのが総合診療です。
その最初は1960年ごろのことです。隆盛を極めている病院医療への抵抗の声でもありました。
実は19世紀に、伝統的だった内科に、それまではより低いものとして扱われていた外科と産科を統合して生まれたのが総合診療で、当時としては現代医療の別名だったのです。それが病院医療の隆盛の中で隅に追いやられてしまっていたのですが、家庭医療はその総合診療の復活の際に新鮮味を与えるために生まれた命名ですが、その後のいきさつがあって総合診療という名前に統一されつつあります。
(この変化は日本でというよりも世界的に起こったことで、イギリスやアメリカで先に起こり、かつ典型的でした。したがって、これが日本にそのまま当てはめられないこともあるのをご承知ください。)
総合診療は、どんな話でもまず断らないで引き受けるということが第一の特徴になります。
次に引き受けたら、部分的にではなく全人的に向かい合う、ケアする(世話する)ということが第二の特徴になります。この姿勢は臓器別/疾患別専門医にも必要なことであり、歯科とも共通することですから、医療に普遍的な課題を総合診療が切り開いているとも形容できるものです。
しかし、総合診療の難しさは、まさにこの2点に集まります。
どんな患者も断らずに引き受ける幅広さを医療機関や医師が身につけることは大変な努力を必要とします。そもそもどうして学んでいけばよいのかに悩みます。
ついで、やってくる人を単に患者というだけでなく、この社会で生活している人間として全体的にケアするときのものの見方や考え方です。いまは百家争鳴、多くの人がいろんな説を述べ、それぞれに似通いながら違いを強調するので、みんな混乱しているのが今の特徴です。私も最初は「患者中心の医療」イコール総合診療だと思いこんんでいたのですが、重要ではあっても一つの流派というにとどまるようです。
そういう難しさはあっても、総合診療にどう向き合うかは山口民医連の将来を決めるものになっているのも確かです。1982年に50床の病院を作ったとき、すでに「病院の世紀」の終わりは見えていたのに、最終的には300床以上の病院にしようと言い合っていました。
結局159床になった病院も、いまでは 三分の一づつ一般病床、地域包括ケア病床、療養病床と分け合う形に変わり、今後どういう方向に歩んでいくのかが今持って明確な合意にならず、ある意味、その時々の情勢任せという状態が続いています。
そのなかで、総合診療を強化するということに反対する人は誰もいないでしょうが、総合診療を自分たちの真ん中においてくのか、具体的にはどうすれば強化できるのか、その時の医療観や世界観はどんなものになるのか、病院や診療所の役割はどう変わるのかについてはまだ十分に話し合っていない状態を克服していかないといけないと考えています。
そこで、今日をその第一歩にしたいと思っています。全職員の課題ですから、難しい言葉は使わないで、総合診療と医療の未来、というほどの問題意識で臨みたいと思います。
よろしくお願いします。
最初は上野尚先生に、臓器別/疾患別の専門医の立場からみた総合診療や、それへの接近についての経験を語っていただきます。
ついで松本翔子先生と山本優里先生に、新しい専門医である家庭医療の専門医の立場から、今後の総合診療の展望について、それぞれの立場からお話しいただきます。
続いて下川純希先生に、少し長い時間、美祢市立病院でのコミュティ・ホスピタル建設などの経験を踏まえて、山口県での総合診療を介した医療連携の可能性を語っていただくことにします。
その後しばらく自由討議で、総合診療を要にして、市民の視点で地域医療をどのように作っていけるかどうかを探って行きます。



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