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2025年3月10日 (月)

ローカル政治新聞の連載エッセイ2025.3.12

前回でも触れたが、熊本民医連で水俣病のため奮闘している藤野糺医師も高岡滋医師も山口県出身者である。高岡医師は県東部の高水高校出身で、山口大学医学部1985年卒である。卒業前年に水俣の見学に訪れたことをきっかけに、卒業後は山口民医連でなく熊本民医連に入り、はやくも1987年には藤野糺医師が水俣診療所から発展させた水俣協立病院に勤務している。

その高岡医師が2022年に大月書店から『水俣病と医学の責任 ―隠されてきたメチル水銀中毒症の真実』を出版した。この本は2023年の「日本医学ジャーナリスト協会選定優秀賞」を受賞した。メチル水銀による大脳・頭頂葉皮質の中枢性障害でありながら、症状は四肢末梢優位の全身性の感覚障害を呈する水俣病の特異な病像が丁寧に説明される。原田正純医師の岩波新書「水俣病」1972年の現代版とも言える優れた解説書である。その一方、実際に患者を診ることなく裁判で証言したり、行政と一体化する中で世紀の大公害の幕引き係を務める権威的な医師たちへの批判は厳しい。2023年の某学会誌には熊本大学側の反論書評も現れたが、無内容に近く反論と言えるものではなかった。

しかし、この本を読みながら、僕も内心忸怩とすることが多かった。民医連の一員として水俣に近いところにいながら、全体像が見えていなかった。その例はいくつも挙げられるが、ここでは一つだけ振り返っておきたい。

実は、高岡君より10年早い1975年に、学生の僕も2泊3日の見学に行っていた。後に病理医となるY君が快く同行を了承してくれたのは懐かしい。水俣診療所では藤野先生が二人の相手をしてくれ、漁民部落の集会で「これから水俣病に取り組んでくれる医学生」と紹介され拍手を浴びた。

だが、今になって気づくのだが、水俣診療所が開設されたのはその1年前の1974年で藤野先生も余裕のある日々ではなかったはずだ。見学終了の日の昼、水俣駅前の寿司屋で藤野先生と何故か喧嘩になった。「水俣からも学びながら山口で民医連を作りたい」とのんきに言う僕に、藤野先生は「それは違う、今は何より水俣に力を集中させる時なのだ」と急に怒り始めた。そういう覚悟でなくてなぜ水俣に来るのかということだったのではないだろうか。藤野先生の思いに正確に応えたのは10年後の高岡君だったのである。

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