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2023年10月24日 (火)

読書会を始める

非営利・協同総合研究所命と暮らしニュース 8月31日号に寄稿したものを再録しておく。

 

雑誌「世界」20201月号から20218月号にかけて向井和美という人の「読書会という幸福」という連載があった。最近一冊にまとめられて岩波新書になった。この連載を詳しく読んだのは、同じく2021年の「世界」のどこかで、高校生と一緒に「世界」の読書会を続けている高校教員の記事を見たからである。

このころ地方の民医連の後継者対策の肝要に地元の高校生との交流を置く必要を痛感していて、その際自分にできることがあるとすれば読書会の企画くらいではないかと思い、そのノウハウを学ぼうとしたわけである。

向井さんの連載を読んでいるうちに手っ取り早く実際に読書会を始めてみたくなった。県連の奨学生である医学生と医学生係の職員、地域福祉室の職員とで齋藤幸平「人新世の『資本論』」を読んでみることにした。ベストセラーで入手しやすく安価でもあったからである。学生用は県連が購入して配った。しかし、これが散々な失敗だった。朗読でもなく、要約でもなく、感想を雑談で語り合うという形式にしたが、予定した11時間を終えるのが苦痛になってしまった。マルクスや「資本論」についての予備知識があまりにばらばらで意見交換にならなかったわけである。結局2回目を終えて自然消滅してしまった。

 というわけで、社会科学系の読書会は僕の周辺では難しいという教訓を得た。

 向井さんの本を見ても、全部が文学というか、小説である。小説からしか始まらない気がした。

 

 そこで小説といえば、最近驚くべき作品に出会った。数十年ぶりに、あぁこれはすごいと思った。

 しかし、それをすぐに語る前に、これまで僕が忘れられない小説を三つ挙げておきたい。いずれも政治小説というべきもので、今ではあまり語られることもないものだ。

 第一はガッサン・カナファーニー「ハイファに戻って」。NHKの過去の番組表を検索すると1982729日夜と分かるのだが、NHK教育テレビの「マイブック」に小田実が出演してこの作品を紹介した。41年も前だが、今も勤務している宇部協立病院を開設してまだ2ヶ月経たない時で、僕は30歳だったわけである。

小田実の話をメモして、北九州市小倉北区の老舗書店 金文堂に探しに行った。小熊英二に似た繊細な感じの店員が「あそこだったら自分の出した本を大切にしているから手に入りますよ」と出版社を褒めながら注文伝票を書いてくれ、まもなく購入できた。蒼樹社 「アラブ文学選」(野間宏編集、1974年)という本だった。

小説の舞台はパレスチナである。1948年イギリス軍とユダヤ人部隊が大砲と銃でパレスチナ人から土地と家を奪いイスラエルを建国した。20年後の1967年イスラエルは突然に難民として暮らすパレスチナ人に故郷訪問を許可する。自分たちの国家経営の成功を見せつけるためである。その機会にハイファという街を訪れた夫婦にはそこに残してしまった赤ん坊がいた。生死も分からないまま20年が経ってしまったのだ。家は昔のままに残り、ナチスによる迫害経験もあるユダヤ人女性が夫婦を温かく迎え入れた。なんと子どもはこの女性に大事に育てられ、名前も変わって成人していた。勤務先から帰ってきた彼はイスラエルの軍人だった。それから先の緊迫した場面はここでは省略するが、作者カナファーニーが1972年イスラエルの特殊部隊によって若くして暗殺されていることもあって、いつ読み返しても鋭い痛みを感じる作品である。

 

 第二は野上弥生子「迷路」。作者が20年間(193656)もかけて書いたものなので、僕も数年に亘って厚い上下の岩波文庫を持ち歩いていたが、読み終わった日ははっきりしている。1991410日に祖母が亡くなって、急遽帰った西中国山地の古い実家の暗くカビ臭い座敷でコートを羽織ったまま所在なく葬式までの過程を過ごしていた時だったからである。小説の中に現れる大地主の屋敷などとは比べようもないが、戦前がそのままに生き残っている空間という点では似ていた。その後の火葬場で、雪の中で満開に咲くコブシの花を眺めていると、祖母の死とともにこの本を読み終わったという感銘があった。加藤周一によると、この小説は「一世代の日本の知識人の内面史として、おそらく比類のない作品」、「天皇制を、一方ではマルクス主義の立場から、他方では徳川体制の立場から、挟撃して相対化して批判するという仕組み」、「その意味でも日本近代文学史上の一つの記念碑」である。だとすると、日本文学の中で最高の政治小説と評価して誤りはないのではないか。

 

 第三は李恢成「見果てぬ夢」(1977年完)。これは早逝した後輩の呼吸科医 吉野邦雄に1983年ごろに教えられたものである。全6巻をこれまで5人くらいの人に貸したが、一気に読み終えなかった人はいなかったくらいである。さらに20138月の自分のブログを見ると、東京に来た韓国の医師と深夜まで話し込んでこの小説についても意見交換している。作者の主張する「土着の社会主義」といえば、大邸市の喫茶店で「韓国独自の社会主義政党が必要だね」と話し合っただけの数人の学生が逮捕され、見せしめのためあっという間に死刑となった1975年の事件もその時昔話ではなかった。

 

余計なことを書いて本題から逸れたが、驚くような作品というのはハン・ガン(韓江)という1970年生まれの女性の作家による『少年が来る』である。

2023年623日の朝、少し早く目が覚めてたまたま放送大学を見ていたら 「世界文学への招待」という講義が始まり、チョン・セランのベストセラー「フィフティ・ピープル」の翻訳者でもある韓国文学翻訳家 斉藤真理子さんがこの作品を解説していた。それがとても感動的で新鮮だった。

ハン・ガンは世界から最も注目されている作家の一人で、1980年の光州事件を描いたこの作品もすでに世界的にも高く評価されており、2016年には日本語に翻訳・出版されているということなので、こちらが無知というほかはない。

光州市出身とはいえ、当時は10歳で国外にいた作者が、40歳過ぎて光州事件を題材とする小説を書いたのは、事件の死者の代弁という側面も当然あるが、それだけではない。韓国人道主義実践医師協議会代表のウ・ソッキョン先生から紹介された韓国マスコミのインタビュー記事を見ると、作者は生き残った当事者の自殺率が11%という高さに驚き、「死なないで」という声を発したかったからだと語っている。

作品は7章からなる短編集の体裁をとっているが、第1章は聞き慣れない人の名前がたくさん出てくるのでなかなか入り込めなかった。しかし章を読み進める度に必ず第1章に戻って来ざるを得ず、改めて名前を確認することを繰り返して次第に登場人物が立体化されていく。光州事件の記憶がこうして定着され伝えられていくことに興奮した。

 

そこで読書会の話に戻るが、この小説こそぜひ読書会で病院職員と共有したくなった。一回1章ごとに読み進めて、1年近くかかったとしても、朗読し感想を交換して自分のなかにこの作品を埋め込みたくなった。

思い切って呼びかけると、意外な喜びというか、60歳代から20歳代まで5人の職員参加者があった。2023年8月4日に第一回を開いた。登場人物一覧表と、韓国近現代史年表は僕の方で用意した。文 京洙『新・韓国現代史』 (岩波新書2015年)がとても役立った。明治維新時の「征韓論」、その後の日韓併合、1945年の日本敗戦くらいまでさかのぼって知っておかないと、光州事件の背景は理解できないからからである。

読書会で「幼い鳥」と題された第1章をゆっくり読んでいくと、その幼い鳥が飛び立ち僕たちの顔を覗き込んでくるようだった。それが『少年が来る』ということなのだった。

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