平野啓一郎『ある男』を読みなおして
平野啓一郎『ある男』を読みなおして思ったこと。
父を失った後に文庫本で芥川龍之介『浅草公園』などを読み始める悠人(ゆうと)という宮崎県に住む中学生はおそらく作家自身である。
(『浅草公園』の一節:「この玩具屋のある仲店の片側。猿を見ていた少年は急に父親のいないことに気がつき、きょろきょろあたりを見まわしはじめる。それから向うに何か見つけ、その方へ一散いっさんに走って行ゆく」)
そういう意味では登場人物「ある男」自体も父を失った少年の範疇に入る。
父を失う子どもというのは主題にはならないが、創作の発想の枠組みになっているのかもしれない。
山田洋次が母にこだわるのに近いかも。
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