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2022年11月30日 (水)

食糧自給を目指すことは、食糧確保を名目にした戦争を予防する最良の手段

2022.11.30 山口民医連 理事会挨拶
                                   
天気の悪い日の夜の会議参加ご苦労さまです。明日は平地でも雪が降ると言われています。
職員の罹患も散発的に続いている新型コロナ8波にインフルエンザが同時流行すればこの冬は相当厳しくなりそうですが皆さんご自愛ください。

さて、政治の焦点は防衛費GDP比2%計画(2027年)の強行です。これはアメリカからの要請に応じた昨年10月の総選挙の自民党の公約だから実行されていくものと思えます。
長い間GDP比1%できたのを突然2倍にするので総額が5兆円以上増えて11兆円になります。増額される防衛予算約5兆円の大部分は装備費、研究開発費に回ります。大量の軍事研究費が注ぎ込まれるというので大学の姿がすでに変わっています。自民党の甘利明元経済財政担当大臣を中心とする人脈で少数の特権的な「国際卓越研究大学」の選定、軍民共用つまりデュアル・ユースの技術の追求が大学で突出しています。福島の復興と称して福島の海岸側にロボット研究をメインにした新しい大学や研究所を集積する計画がありますが、これも露骨に軍事研究です。
私が警戒しているのは、これで日本が「世界3位の軍事大国」になるということの心理的効果です。最近、日本は経済的に停滞し1人当たりGDPの世界ランキングで27位-1995年には3位だったのですが-に低下し、もう先進国ではないのだと国民の自我が小さく小さくなっているところに、「いや日本は世界3位の強国だ」と言われると国民の心がぐっと引き寄せられてしまうのではないでしょうか。
その上、これからお話するように、中国との対立は遠い台湾での戦争よりも、食糧という私達の命に直結するところで深刻になっています。中国から日本人用の食糧を守るためには軍事力も必要だという刷り込みは今後ますます激しくなると思います。
そういうわけで、今日の理事会の特別テーマは極めて重要です。

ここから本題なのですが11月27日のNHK の放送『混迷の世紀 「第4回 世界フードショック 〜揺らぐ『食』の秩序〜」』を皆さん見られましたか。

「ウクライナ危機後、世界の食の秩序が大きく変わろうとしている。ロシアは、穀物や肥料の輸出を制限する可能性をちらつかせ、世界の市場では穀物価格が高騰。日本では畜産農家などの破産や撤退が続発、生産現場が危機に。そうした中、北米中心に穀物を買い集めていたJA全農グループは、南米ブラジルに進出を始めた」

という話でJAの子会社全農グレインズの副社長が日本の食糧確保を一身に担う英雄であるかのように描かれていました。
しかし、結局、中国の強力な買付に競り負け、日本の食糧確保が難しくなっているようでした。中国の軍門に下りおこぼれをもらうような戦略も語られていました。
また、これは大事と思うのですが、JAや中国がブラジルで進めている大豆栽培で、ブラジルでは大規模な森林破壊が生じていることは番組では指摘されませんでした。

番組最後の方で、国外での穀物買付より国内での自給を目指すべきだとようやく言っていました。これこそが正しくて、今後、食糧自給が私達の生存に欠かせない目標になると思います。民医連も医療団体の立場で深く関わっていくべきだということが痛感されます。
食糧自給を目指すことは、食糧確保を名目にした戦争を予防する最良の手段でもあり、今後の水害の甚大化に「田んぼダム」などという形で農業は重要だからです。

しかし、私達が民医連として食糧問題、農業問題にどう具体的に関わっていくかはまだ全然検討されておらず手探り状態です。

そこで、今日は搦め手から攻めるというか、食糧自給や再生可能エネルギーへの切り替えなど、私達の生存にとって喫緊の課題が新たな自然破壊にならないためにはどうすればいいのかを自然環境保護の専門家に聞いてみようということを企画しました。

そのこと以前に自然環境保護そのものの大切さもこれまで私達はあまり意識的にならないまま来ました。それも学びたいと思います。
合わせて、ウィングを広げてこの問題に取り組むことによって、若い市民との結びつきが増える、医学生対策にも効果あるかもという期待もあります。動機としてはじつは一番強いかもしれません。

というわけで、ちょっと目的の説明がスッキリしない、食糧自給・農業振興と自然環境問題、それがどう重なってどう重ならないのかはっきりしない感じがあるかもしれませんが、ともかく今日は自然環境保護運動、とくに西中国地方の環境保護運動について初めて学んでみたいと思います。

金井塚 務先生は 埼玉大学理工学部(ノーベル物理学賞の梶田隆章さんや小説家の池澤夏樹さんの出身校です)出身の環境学者で、今は広島市の西隣になる廿日市市に住まわれて、貝の養殖を自らもされているような方です。
詳しい経歴はご自分で話していただくことにして、西中国地方の自然環境保護と食糧自給のネットワークに私たち民医連も医療団体としての特色を活かしながら加わっていくことの出発点になるような学習会にしたいと思います。よろしくお願いします。

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2022年11月25日 (金)

『寄り合い「生きる」』でいいかも

空白の市に地域社保協(社会保障推進協議会)を作ろうと思いついたのだが、名称に難あり。
漢字ばかりだし、行政組織と間違われやすくもある。
これから作るなら斬新な名前にしたい。
*名称からの印象で、たとえば「山口県保険医協会」もメディアからは公的機関と誤解されているようだ。
ストレートに『寄り合い「生きる」』でいいかも。黒澤明の映画と同じで。

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平野啓一郎の同名の小説を原作にした映画『ある男』

平野啓一郎の同名の小説を原作にした映画『ある男』の舞台になる宮崎県S市の文房具店「誠文堂」が映し出されると、中高生時代に両親が住んでいて、夏冬の休みをそこで過ごしていた広島県加計町にある小さな書店「盛文堂」を思い出した。
グーグル・マップ ストリート・ビューで確かめてみるとまだ存在していて、映画に出てくる店より少し大きい。
日本中のあちこちに同音の店はあるのだろう。
映画で、「誠文堂」の全景が俯瞰されると本当に貧相で小さい。
人間の大きな悲劇や喜びを入れる箱はこんなにも小さいのだと思う。

*スペルが似ていて、発音は同じstationeryとstationary。
stationeryは「文房具、事務用品、ステーショナリー」
stationaryは「動かない、固定された」

写真の説明はありません。

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平野啓一郎『ある男』を読みなおして

平野啓一郎『ある男』を読みなおして思ったこと。
父を失った後に文庫本で芥川龍之介『浅草公園』などを読み始める悠人(ゆうと)という宮崎県に住む中学生はおそらく作家自身である。

(『浅草公園』の一節:「この玩具屋のある仲店の片側。猿を見ていた少年は急に父親のいないことに気がつき、きょろきょろあたりを見まわしはじめる。それから向うに何か見つけ、その方へ一散いっさんに走って行ゆく」)

そういう意味では登場人物「ある男」自体も父を失った少年の範疇に入る。
父を失う子どもというのは主題にはならないが、創作の発想の枠組みになっているのかもしれない。
山田洋次が母にこだわるのに近いかも。

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2022年11月16日 (水)

永続的にAが勝利する場面はBとCが必ず引き起こす大災害と戦争によってやって来る

医療生協健文会の「地域福祉戦略部」の同僚である森山さん(看護師・社会福祉士)が東京の大規模社会福祉法人「すこやか福祉会」から依頼された実践報告講演会は大変意義のあるものになったょうである。

おそらくアマルティア・センの「ケイパビリティ・アプローチ」によるといっていいのだろうが、出発点の不平等を乗り越えて、障害やハンディがあろうとあるまいと誰しも獲得する可能性は平等でなくてはならない、そのために限界なく目の前の困難をどこまでも支援するいう姿勢は、経営的制約でしたくてもそれができない悔しさに悩む社会福祉士さんを励ましたかもしれない。
「どこからそのモチベーションが湧いてくるか」という質問があったと聞いたので、これについて、今の自分が考えていることを、上記講演の僕なりのスピン・オフとして書いておきたい。

『この、一人の人間をすぐ目の前にいる困難者の支援に向かわせる「強制力A」は、人類の歴史の中に常に存在していた。どの時代にでも認められる共産主義的要素といっても差し支えはない。

同じように弱い者を支配するor強い者には巻かれようとする「強制力B」も絶えず存在している。

さらにこのような人間社会に常にある強制力はもう一つあって、「物・金・資本を際限なく集めよう」とする強制力Cである。

このABC3つの強制力の混合割合が時代の特徴となる。
これはオルタナティブな史的唯物論と言っていいかもしれない。
今はBとCの合体が圧倒的に強い時代である。

柄谷行人はこれを資本=国家=ネーション(強制力Aの退化したもの)の強力結合体と言っている。=はイコールではなく化学記号の=と思っていただきたい。

BとCの連合軍を打ち負かしてAを優勢にしようという運動はこれまで人類全体を救おうという普遍宗教としてごく短い時間だけ現実化したが、ずっと負け続けてきた。

ただ強制力だからなくなることはない。

今後、より永続的にAが勝利する場面はBとCが必ず引き起こす大災害と戦争によってやって来る。
この場面で勝利するためにすぐ目の前にある困難者の支援に向かわせる「強制力A」を「隠れ切支丹」のように守り洗練させて準備しないといけないのである。

参考文献 柄谷行人「力と交換様式」岩波書店2022年力と交換様式

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2022年11月14日 (月)

最近の出来事

男性幹部の冒頭挨拶の直後に断りもなく女性の座長が挨拶の内容を訂正してくると挨拶した男性の頭に血が上るのは分からないでもない。
しかし壇上で議事進行中の座長に詰め寄り「訂正の必要はない」と怒鳴って相手を謝らせ、胸を張って去っていくのはいかにも拙かった。自分の誤りは明瞭であるのに。
いや、僕の話ではなく民医連つながりの少し若い友人のこと。彼にしてこうなのだから僕らオッサンの中にはこういう行動様式が蔓延していると見なければならない。

それに深いところで関連すると思うのだが、最近東京で行われた性の多様性を訴えるパレードで「売買春に反対するフェミニストを踏みしだいて進む」というSNS投稿が或る参加団体からなされ、それに対して主催者が削除を求めない。
つまり「セックスワーク」概念と営利の性産業の肯定と、オーストラリアやヨーロッパの一部にならう買春合法化が、この性の多様性パレードの根底にあるのだろう。多様性と言いつつもあくまで男性側からの仕掛けとしか思えない。
彼らは雑誌「前衛」11月号にも掲載された戒能民江さん(早稲田大学)の訴えをどう思うのだろうか。写真の説明はありません。テキストの画像のようです



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ロールズと民医連(3)     

以前書いた文章を出稿前に修正。エッセイには向かない題材を取り上げたことを反省。

 

ロールズと民医連(3)                 

「最も困難な人々の立場で考える」は前々から全日本民医連の方針でよく見かけた。2000年の総会スローガンに「もっとも困っている人々の『最後のよりどころ』としての民医連の存在意義を輝かせよう」という文言が現れる。2008年の全日本民医連綱領改定草案には「日本社会の中で最も困難な状態におかれている人々の命と人権を守る」というフレーズがあった。

その頃にロールズ「正義論」を学び始めた私にとってこのフレーズとロールズの「格差原理」が酷似しているのは気になることだった。そこで2000年当時の全日本民医連会長に直接質問してみると「そのとおり」と返答が来た。確かにロールズ「正義論」は海を超えた民医連運動に、浅くはあったが受容され反映されていたのである。

ただし2010年確定の新綱領ではその文章は消えている。理由をあたると「誤解されやすい表現は残さず削除」という修文方針のためだった。2008年リーマンショック以降の世界的な格差と貧困の広がりを目の前にすると「最も困難な人々の立場に立つ」という部分は残したほうが良かったようにも思う。ロールズを自分たちに結びつけていく意味でも。

この辺の経緯を辿っていると、運動体の方針を考えるときは単純な国内情勢論と組織内部の要因のみに留まらない視野の広さが必要だという別のことを思いつく。

例えば「その人らしく生きることを支援する」というケアの理念はインドの経済学者アマルティア・センのいう「可能性(ケイパビリティ)の平等」と結びつけて考えたい。障害があろうとなかろうと人生の可能性は平等でなくてはならず、ケアされて生きることはすべての人の人権であることがそこから見えてくる。他にも「病気を生活と労働の視点で捉える」という民医連オリジナルの疾病観も、マイケル・マーモットによる「健康と病気の社会的決定要因(SDH)」と結びつくことによって初めて科学的根拠を得ながら大きく拡がる。

 この項の結論めくが、「公正という正義」論を基軸にしたロールズの政治哲学に真摯に向かい合うこと含め、閉鎖的にならない文脈の中に自らを置いて運動を考えることは今後さらに求められることだろう。

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来年の抱負を求められ

来年の抱負を求められた。こういうものにはなるべぬ早く返事するようにしている。

 

:地域福祉戦略部を拠点として2つの課題に取り組みたい。

 

一つは、地方自治体を「食糧、エネルギー、医療・福祉・教育(まとめてケア)の3領域にわたる共同体」に変えるべく調査と対話を重ねることである。地方自治体は硬直した上下関係で組織されるのでなく、内外の民主主義を大事にしながら地域に関わろうとする様々な団体の連合体(アソシエーション)であってほしい。その単位となる団体を「新しい基礎自治体」と呼ぶなら、医療生協も大学もその一つである。昨年は医学部、県大関係者や教育長、政党、生態学者と対話した。今年はさらに広げたい。

 

もう一つは、県都山口市にソーシャルワークの拠点を作り、医療生協活動の新時代の展望を掴むことである。

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雑誌「前衛」12月号 鼎談『この国は原発事故からどのように教訓を学んだのか 下』

雑誌「前衛」12月号 鼎談『この国は原発事故からどのように教訓を学んだのか 下』

驚くような話が次々と出てくる。原発の押し付け・誘致の結果として被災し破綻した福島浜通り地域が、今度は復興名目の巨額な金が動く軍事技術開発の舞台になることで再度破壊されようとしている。

そのための安倍・甘利の周到な策動が凄まじい。東電も一枚噛んでくる。

それは福島に限定されないで、日本の大学全体の変質にもつながっている。Image Image_20221114022801

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