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2022年6月 3日 (金)

5月までのまとめ 850字

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昨年11月に医療生協健文会に設置された「地域福祉室」の名称は「メロス」という。今のところ社会福祉士資格を取得した看護師1名、事務職1名、合計2名の小世帯であるが、開設以来舞い込む生活相談は深刻さも件数も驚くべきもので「大車輪」の状態となっている。まもなく労災と総合診療を専門とした医師1名も配置し、将来は社会福祉士を増員して2020年代の遅くない時期に山口県有数の医療・介護・生活相談所に育て上げていきたいと考えている。

さて、その名称だがご想像どおり太宰治の「走れメロス」にちなみ、被支援者のために走り続けるという「利他性」を象徴している。この小説は時期は違ってもすべての中学校の国語教科書に採用されてきたので国民の認知度は高い。しかし作家太宰治への好悪は別れやすく、本作にも「国語で道徳を押しつける」という批判があり、直ちに万人の賛意を得る名称ではなかっただろうと思う。私自身もその点が心配だったのだが、ロシアのウクライナ侵略が始まったあとの新聞記事の中に心励まされるものを見つけた。4月1日の朝日新聞に掲載された高橋源一郎『加害の国に生き、「敵」を読む意味』である。現在のロシアの文学者の反戦運動に触れながら、日本でも太宰治がまさに戦争のさなかの1945年に、「惜別」という中編において「敵国」中国の文学者魯迅が仙台の医学生だった頃に日本の解剖学者藤野厳九郎と結んだ交流を描いたと指摘している。未読だったのだが、これを機会に改めて青空文庫で「惜別」を読んでみると心温まる佳作であり、太宰治に持っていたネガティブな気持ちが消えるほどだった。それで「メロス」という名称へのためらいもなくなったのである。

ところで気づけば魯迅の「故郷」もすべての日本の国語教科書に採用されており、大半の日本人が読んでいる。近代中国文学が隣国の国民の知的共有遺産になり「もともと地上には道はない。歩く人が多くなれば、それが道になるのだ」という結びの言葉を知らない日本人がいないことは今後の東アジアの平和の基礎に確実になるものだろう。

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