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2022年3月18日 (金)

辻原 登『許されざる者』


辻原 登の小説『許されざる者』上下を読み終えた。

大冤罪事件である大逆事件で死刑となった和歌山県新宮市の医師大石誠之助の伝記と思って読み始めたが違っていた。

作家や主人公の政治的立場は、教員出身で日本社会党の県議会議員だった父(1916年生まれ)を反映していそうである。つまり安保闘争直後の日本社会党左派あたりの立ち位置。

 

長所を言えば、日露戦争頃の活気ある地方都市の模様を想像するには良いかもしれない娯楽作品だということである。

むしろ「森宮」=新宮という宗教的かつ豊かで進取的な興味深い土地が主人公なのかもしれない。

少し面白いのは一貫して「夫人」と表記されるヒロインの名前が「○子」だと突然わかるところが一箇所だけある。下巻P439。

なぜ、そんなことにしたか意図は不明。

 

人物造形は類型的で、様々なシーンが他の有名作品のオマージュのようになっている。引用される江戸後期の短歌が世俗的で鼻白む。

こうした特徴から見ると、辻原 登という人は僕らの年代のものには、井上 靖の系譜にいると見える。司馬遼太郎とは趣が違うが、それは好ましい。

収穫は「たたかひのちりにけがれし天地(あめつち)をきよむとばかり降れる雨かな」という田山花袋の短歌を知ったこと。彼の厭戦気分が感じられる。

 

ところで、この作品を念頭に置きながら、目の前の宇部を舞台に明治・大正期の実在の人物を多く織り込んで(人物解釈もこの作品のようにありきたりにせず)斬新な視点を示す近代歴史小説は書けそうである。テーマは新興の炭鉱・工業都市の盛衰だから小林多喜二の諸作品や野上弥生子の「迷路」に連なるものになる。

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