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2022年1月 7日 (金)

今日は宮本常一になる 2

Syouwasyoki



明治から昭和17年まで村の唯一の開業医として相対的に地位上昇を果たした曽祖父と、その息子でとくに職を持たず、バス会社だの郷土写真雑誌だのと起業と趣味に生きた祖父は、二人で家の周囲にいろんな果物を植えていた。なので、区画整理後に樹木を失ってむき出しとなりなんとも殺風景なものになった父の家と、子どもの頃過ごした、牛や鶏や蛇もいた迷路のような祖父の家は同じものでありながら全く違うものである。川をまたいだ風呂小屋のなかで川を見ていると鼠が川底を素早く横断しているのを何度も見た。

 

で、梨は結構大きい実がなったが、気候が長野に似ているといって植えた林檎は小粒で食べられるものが少なかった。網の上に這わせた葡萄はさらに貧相でただ酸っぱいだけだった。

 

村のどこの家にもある茱萸(ぐみ)の木もあったが、そのほとりの小川に芹が生えていて、雨の夕方などに祖母が摘んで汁の実にするのは思い出すと絵になる気がする。

ごくありふれたもので「提灯いちご」と呼んでいた小さな緑の球体の正しい名前が「スグリ」であると知ったのは40歳ごろである。

 

果物のなかでちょっとした思い出になっているのは榲桲(まるめろ)。香りは良いが生食はできず、祖母が砂糖で煮つめても敬遠したくなるしろものだった。

ただ、中学生になって芥川龍之介を読むようになると「将軍」という乃木希典をテーマにした短編があって、そのなかで、降り出した雨に 「また榲桲(まるめろ)が落ちなければ好いが、……」と老少将がつぶやくところにさしかかると、寂しい下宿生活をしていた僕は更に寂しくなるのだった。子どもだから泣いたりして。

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