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2021年11月 2日 (火)

私の生協経営論

経営は事業の継続や職員の生活のために大切なものであるのは当然だが、僕たちには経営の安定にとどまらない目的がある。
地域からの支持と地域との一体感を基礎に社会を変えていくことである。
そういう意味では経常利益より出資金こそがその指標として重要だ。ずっと黒字でやってきたという余裕で言っているだけという側面もあるが。
経営から見ると出資金は金融機関から僕たちに与えられる信用の基礎だ。信用は人間の頭の中に生まれるものだが、地域の連帯も考えれば同じ次元のもので、同じレベルの抽象的概念として話して良いものだろう。
利益がでているというだけでは信用は限定されたものにとどまる。出資金があってこそ信用は確実になる。
信用を得れば出資金を何か出費に使うことはない。その時、出資金は純粋にこの事業に寄せる住民の期待の結晶だと言える。抽象的なものに思えるかもしれないが、その抽象的なものに僕らの経営は依拠している。
もちろん累積黒字の範囲だけで事業拡大をしていれば信用はいらないが、それでは僕たちの目的に必要な事業拡大のスピードは得られない。信用は運動にとって必須のものである。
 
さて、話を交換価値から使用価値の世界に移すと、僕たちの、いわば物としての病気を診断し、治療し、それで利益が出ればいいという荒削りな日々の仕事を、一人ひとりが一個の人間である住民からの支持と一体感を獲得するもの、つまり輝く人間的なものに変えるにはソーシャルワークが欠かせない。
これなしには僕らの商品であるケアは最後の仕上げがない未完成品だと思ってよい。

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