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2021年7月31日 (土)

「消滅する地方」に対峙する難しさ


これは、今朝の日経新聞と朝日新聞を読んで僕が推測したことなので確かな話ではないが、もしこれが事実に近いなら、民医連の経営の上でも参考にすべきことになるだろう。

 

6月25日に山口県の第一地銀である山口銀行グループのトップが株主総会後に突然解任されたのは驚いた。

その理由は僕のような一般人には見当がつかないことだが、新聞報道を総合してみるとこんなところだ。

 

前CEOは地方が衰退する一方の中で銀行を「地域価値向上会社」に改革しようとして、県産品を全国に販売する地域商社を作ったり、寂れている銀行の支店の中にしゃれた居酒屋を作ったり、フード・デザートを念頭において移動キッチン・カーに積極的に融資したり、人材不足の地元企業のために実際に人材を紹介するコンサルティングを強化したりした。そのコンサルティングは僕らも利用しようかと考えていた。

「むかしは『やまぎん』は銀行だったらしいねぇ」と言われるようになりたい」というのが前CEOの夢だったようだが、地域経済浮揚策はすぐには利益につながらず、本業軽視と言う非難も生まれた。

そこで、手っ取り早く利益を上げる方法として消費者大手金融アイフルと組んで、リスクの高い中小融資を展開する構想に足を踏みだした。

 

これは銀行関係者にとっては2010年に経営破たんした日本進行銀行の悪夢を思い出させるものだった。ここで預金を上限1000万円だけ払い戻すペイオフが実行されたのだった。

 

こうして社内世論に押された社外取締役によって前CEOは解任された。

 

これが事実に近いのであれば、山梨勤労者医療協会事件によく似ている。利益のあがらない「患者の立場にたった良い医療」事業を支えるためリゾート開発や鉄工所買収に乗り出し、多額の負債を生じて倒産した事件である。

 

それよりも、僕にとっては医療生協を足場にして、地域循環経済、さらに協同組合的地域社会を作ろうという気持ちに僅かではあるが冷水をかけられた気分になる。

 

消滅に向かう地域と対峙することの難しさが怖さを伴って感じられるようだ。

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2021年7月26日 (月)

社会が科学的であるためには

新型コロナは既存の経済格差の傷口から世界中に広がった。その結果がインドの死者500万人である。貧しい人や国ほどコロナ被害が深刻だ。
だからと言って経済格差の是正が、コロナ・ウイルス研究やワクチン製造、治療薬開発に優先するわけではない。
というより、ワクチンなどの分配に経済格差が影響しないようにすることが差し迫って必要なのである。

ここで判断を誤った過去の有名な例に、南アフリカのムベキ大統領(1999年当選)がある。彼はイギリスで教育を受けたエリートで、ネルソン・マンデラの腹心でもある反アパルトヘイトの闘士だった。
彼はエイズの原因がHIVウイルスだという説を、治療薬で儲ける製薬会社と南北格差を温存しようとする米国の陰謀だと断じた。高価な薬での治療より社会改善でエイズに立ち向かおうとした。
これが水俣病ウイルス説に対する態度であったとすれば妥当なものだったろう。
しかし、その結果、南アフリカではエイズが蔓延するに任された。インドのコロナ位の被害が生じたのである。

政治や社会が科学的であることは実は難しい。SDHの重視に偏り過ぎると反ワクチン派になることもあるのだろう。

そうならない複眼的視点はどうすれば得られるのか、あまり面白くもないこの本をゆっくり読んでいる。なお、156ページに「抗ワクチン剤」とあるのは抗ウイルス剤の間違いだろう。こういう初歩的な間違いをされると読む気が失せることを付言しておく。A9d21edff3c94882bbae2c87b452b0af

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2021年7月22日 (木)

「しんぶん赤旗」元駐フランス大使の飯村豊さんの記事とインドの本当の感染死者数

今日の「しんぶん赤旗」に元駐フランス大使の飯村豊さんが登場している。
コロナ・パンデミックのさなか五輪組織委員会が日本看護協会に看護師500人の動員を要請したことが彼を立ち上がらせた。
記事には上野千鶴子さんたちと五輪中止の緊急ネット署名を東京都に渡す写真がある。
自分が大使を務めたことのあるインドネシアの惨状を語り、五輪に注ぐ金をグローバル・サウスの救済に回す日本であってほしいと言っている。
今日の新聞記事の中で最も心打たれたものである。
 
おなじ「赤旗」の海外欄には、インドのコロナ死者数が人民党政府の公式発表41.5万人の10倍を超える470万人だという報道もある。独立以後最悪の事態だとも。
人口3億のアメリカで60万人の死亡に対し、その4倍の人口13億のインドの470万人というのは2倍に近い死亡率だ。強権モディ政権の犯罪であると同時に先進国の犯罪でもあるだろう。
 
ところで、安倍はみちみち群衆の批判にさらされることを恐れてだろう、開会式は欠席すると言っている。
湧き出る醜聞の数々。
 
僕は普通に病院に来て、自分の仕事をしているが、この事態を大きく転換する何かを待っている。何も出来ない一人として。

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2021年7月20日 (火)

まさかマルクスの解釈は自分だけができるとか

松竹伸幸さんのブログを読んで思ったこと。
https://ameblo.jp/matutake-nobuyuki/?fbclid=IwAR2ysyn-pkd1bH0y5ssUjeFrr2e7vZSOANKhsOEJnKbsnD8MwemEapc845c
 
とくに「政治の世界ではこれだけ野党共闘を強調しているのだから、学問の世界であっても立場の違った人とはどう共闘するのかをまず考えるのが普通だと思うのだが、ことがマルクスになるとそうならない。まさかマルクスの解釈は自分だけができるとか、他人のマルクス解釈はすべて批判の対象だと信じ切っているとは思いたくないけれど。」のところ。
 
民医連でも地方の革新懇でも保団連でも齋藤幸平の主張に虚心坦懐に耳を傾けている時なのに、日本共産党が機関誌で斎藤批判を展開?その2誌を購読していないので「?」のままだが。
 
ふと、志位さんも活躍したかってのニューアカデミズム批判事件を思い出してしまったが、
考えてみれば、実際に日々労働している市民からなる市民団体が、直接の生産や労働とは離れたところにいる政党本部より鋭い時代認識を先に獲得して、政党本部が後を追いかけざるをえないという事態は、
実は人民的議会主義よりミュニシパリズムのほうが主流をなす新しい時代を象徴していて、これはそれなりにいい話なのではないかと思う。
LGBTのT問題も同様の経過をたどるだろう。

 

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2021年7月19日 (月)

ジョアン・トロント「ケアするのは誰か?」


かって川本隆史さんに勧められてエヴァ・フェダー・キテイ 「愛の労働あるいは依存とケアの正義論」2010を感動して読んだことを記憶している。

訳者も出版書も同じで、上記の1/5くらいのボリュームしかない414yazqfarl_sy291_bo1204203200_ql40_ml2_ 41uj3s5tuol_sy291_bo1204203200_ql40_ml2_ ジョアン・トロント「ケアするのは誰か?」岡野八代訳をしばらく前から読んでいるが、第一章のトロントさんの講演の部分がきわめて読みにくい。

第二章以降の解説部分になると、岡野さん自身の文章になるので読みやすくなるのであろうが、とうてい第一章がスムーズに通過できそうにない。

「ケアのための革命を起こす」と題されている部分もあるので、期待して読もうとするのだが、仕事の手空き時間にページを開いたりするとその読みにくさ苛つかされて、次の患者さんの診察に支障をきたすくらいである。

読者にこんな思いをさせる本というのは、学術書ではなく一般向け解説書としては商品として成り立っていない気がする。

学生か誰かにやらせた手抜き仕事ではないのか?

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2021年7月12日 (月)

非暴力不服従運動の成功率は53%。全人口の3.5%が参加したときは不敗に近い。

3.5%ルールは極めて興味深い。
 
以下はチェノウェスとステファンの著書「なぜ市民の抵抗が機能するのか:非暴力的紛争の戦略的論理」に述べられていることである。
 
「非暴力的抗議が高いレベルの支持を得ることができる多くの理由がある。
 
何より明らかなのは、暴力的な抗議はどうしても、流血を嫌悪する人々を排除するが、平和的な抗議は高い道徳性を維持できることである。
 
また非暴力的な抗議には参加に対する物理的なハードルが低い。
ストライキに参加するためには健康である必要はないが、暴力的な運動は身体強健な若い男性に頼らざるをえない。
 
もちろん相手次第では非暴力的抗議も深刻な危険を伴う。1989年の天安門広場での鄧小平指揮する中国共産党の弾圧は思い出しておくべきだ。
 
それでも非暴力的運動は一般に率直な対話を生む。それに対し暴力的運動は武器の供給を必要とし、一般の人々には難しい秘密の地下作戦に依存する傾向がある。
 
国民全体から幅広い支援を得ることで、非暴力的運動は警察や軍隊の中からの支持を獲得する可能性が高くなる。
何百万人もの人々の平和的な街頭抗議が起こると、治安部隊のメンバーは家族や友人が群衆の中にいることを恐れるようになる。彼らは運動を弾圧することを躊躇し始める。情勢に変化が起こり始めているのを実感すると、弾圧する側から離れたくもなる。
 
非暴力的な抗議は、社会全体からの支持を引き付ける可能性が高い。
参加者が増えるにつれて、人々をそれほど物理的な危険にさらさない方法もより工夫できる
そして、非暴力的抵抗のテクニックはしばしばより目に見えるので、人々が直接参加する方法もわかりやすい。
 
3.5%は魔法の数字か?
 
もちろん、これらは非常に一般的なパターンであり、暴力的な紛争の2倍の成功にもかかわらず、平和的な抵抗だって47%の確率で失敗する。敵の権力基盤を侵食し、抑圧に直面しても回復力を維持するのに十分な支持や勢いを得られない場合は失敗する。
 
しかし、非暴力の抗議行動の積極的な関与者が3.5%に達成したのに失敗したのはただ1例だけである。非暴力運動が運動の持続性を維持する唯一の信頼できる方法であるという事実は残る。

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気候危機を契機として資本主義を廃止し脱成長コミュニズムに進もうというとき、全人口の3.5%の行動する人々が必要だとすれば、そういう人々はどこから生まれて来るのか


気候危機を契機として資本主義を廃止し脱成長コミュニズムに進もうというとき、全人口の3.5%の行動する人々が必要だとすれば、そういう人々はどこから生まれて来るのか。

 

まずは①エネルギー・食糧・ケア(医療\介護\教育)の自給圏(つまりコモン化された地表)を支える人々、言い換えれば21世紀の協同組合化社会を地道に担う人々。エッセンシャル・ワーカーはその中核だ。

 

ついで②自治体政治における市民主義=ミュニシパリズム運動に熱心に参加する人々もそうだろう。気候危機対策に協力しない国や企業を訴える人たちもここに含まれる。

 

もちろん両者は重なって当然だ。

 

そして国政においては彼らが投票する受け皿が必要だ。今は既成の共産党と立憲民主党しか候補はない。大事なのは、政党が本当に歴史を進めるのは上記の人々だということをきちんと認識して、自分たちがそれをrepresent するだけの存在だとする謙虚な態度が貫けるかどうかだ。

今となってはレーニン型の前衛党意識の残渣は最も厄介な敵である。

命懸けで非暴力の抵抗を激しく展開するときはそのための組織形態が多数の合意で形成されるのであるから、それを「上から」指導するなどという気持ちを持たないことである。

それができない時は、①②の人々は必要な新政党をどう作るかを課題とするだろう。

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職員の平等

東京と名古屋でのホームレス支援で有名な精神科医の森川すいめいさん(48歳)という人がいる。彼がフィンランド発の「オープン・ダイアローグ」という職員も患者も平等に対話を続けて治すという治療法を現地で学んでいく過程を描いた新書版の本を読んだ。実際には相当難しそうだと思いながら、一か所強く印象に残ったことがある。フィンランドの病院では、病院職員が平等なメンバーになっていくため、お互いを深く知り合う3年かけてのプログラムがあるというのだ

振り返ると、職員間の平等感を育てる手立てについてはほとんど何も考えてこなかった。問題が起これば管理会議で解決し、ついで職責者会議へと結論を「降ろして」行くだけで一般職員の平等な話し合いが無視されていることをむしろずっと問題に思っている。

しかし、最近「民医連新聞」に月一回折り込まれる「人権カフェ」を少人数で読み合わせをしている或る職場の報告では、「子どもの人権」というテーマの号では、近所に家の外に出されて泣き続ける子どもがいるのを気にしているという発言や、5歳の女の子が「お父さんにいじめられる」と打ち明けたのに何もできなかった記憶などが次々と語られたということだった。

こうした会話が月一回でも定期的に続けられれば、職員がお互い同士を知り合うプログラムにもなるし、職員の平等にも役立つだろう。

なお、子どもの人権のテーマについては平庫ワカ「マイ・ブロークン・マリコ」KADOKAWA (漫画)をお勧めする。「赤旗」7月7日に紹介されていた。少し話がそれるが死者とともに生きていくというテーマは7月1日に父を看取った私には身近だった。Ec7f7152141645e18059094e137304b8

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2021年7月 8日 (木)

ソルジェニーツイン「チューリヒのレーニン」

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ソルジェニーツイン「チューリヒのレーニン」1977新潮社を読む。買ったときには読み通せなかったが今回はものすごく面白い。

 

この三、四十年間、レーニン全集の主だったところ、新しい評論では聴涛弘さん、松竹伸幸さん、白井聡さん、中沢新一さんたちのレーニン本を読んできたから当たり前といえば当たり前である。

 

当初は蔵原惟人さんの「若きレーニン」、妻クルプスカヤの「レーニンの思い出」、小説といえばカザケービッチ「青いノート」くらいしか伝記らしいものがなかったから、知識があまりに乏しかったので読み通せなかったのだ。それとソルジェニツインは反共だという偏見があった。彼の文学者としての素の力量を感じ取れなかったこちらの力不足もある。

 

*ただ蔵原惟人監修 「世界短編名作選 ソビエト篇」新日本出版社1978に収められたカザケーヴィチ(1913-63)「敵」という短編はレーニンの人柄を描いて味わい深いものだった。

 

1917年革命の直前のレーニンの生活を読んでいると、さらに深刻な転換点に立っているいま、いろいろ常識としてきたものを置き換えなくてはいけないという思いが励まされる気がする。

 

例えば

もう使わないだろうが「人民的議会主義」は「ミュニシパリズム」市民政治主義へ。

 

「ジェンダー平等」は「男女平等」と「LGB差別撤廃」へ。

 

「ルールある経済社会」から「地球をコモン=共有物」にする「脱成長コミュニズム」へ、あるいは「協同組合的社会」へ。

 

「市民と野党の共同」から「活動する3.5%」の形成へ。

 

「気候変動対策」から「絶滅への反乱」へ。

 

「労働と生活の視点」「共同の営み」から「正義としての平等に基づく患者中心のプライマリ・ケア」へ。

 

レーニンだったら、何の苦も無く「気候危機を革命に」というスローガンをいち早く唱えただろうという気がする。

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2021年7月 7日 (水)

「3.5%ルール」:少数派が世界を変える方法

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齊藤幸平『人新世の「資本論」』が、あっという間にベストセラーになるような見かけの手軽さとは違って、格段に重い内容を含んでいるという話をfacebookに書いておくと、大阪の平林先生が「3.5%」という合図を送ってくれた。運動が成功するには本気の3.5%がいればいいのである。

 

考えてみると、資本主義側はたった1%の結束で経済世界を制覇しているのである。3.5%という数字は確かだろう。

 

例えば500人の事業体なら18人の積極的に動き始めれば、運動する事業体に変えていけるということである。難しそうだができないことではない。
そうするとこの500人が15000人を変える。
*「3.5%ルール」:少数派が世界を変える方法
https://www.bbc.com/future/article/20190513-it-only-takes-35-of-people-to-change-the-world?fbclid=IwAR1nkZngwsL7XlkZfNMgR5VoR13atiG0MIEM_9z_nxRgPflMzFiHVFfYpOg

 

○全人口の約3.5%が積極的に参加し始めると、成功は避けられない

 

○3.5%は少数派ですが、積極的に参加することで、暗黙のうちに賛成する人が増えるのではないかと考えられます。

 

非暴力の抗議は武力闘争のの2倍も成功する可能性が高く、人口の3.5%に達した人々は、変化をもたらすことに失敗したことはありません。

 

1986年、何百万人ものフィリピン人が、ピープルパワー運動で平和的な抗議と祈りを込めてマニラの街に集まりました。マルコス政権は4日目に崩壊しました。

 

2003年、ジョージアの人々は無血のバラ革命を通じてエドゥアルド・シェワルナゼを追放しました。この革命では、抗議者たちが花を手に持って国会議事堂を襲撃しました。2019年に、スーダンとアルジェリアの大統領は両方とも、抵抗の平和的なキャンペーンによって、数十年の任期を終えて辞任すると発表しました。

 

いずれの場合も、一般市民による市民的抵抗は、急進的な変化を達成するために政治エリートを打ち負かしました。

 

もちろん、非暴力的な戦略を使用する倫理的な理由はたくさんあります。しかし、ハーバード大学の政治学者であるエリカ・チェノウェスによる説得力のある研究は、市民的不服従が道徳的な選択だけではないことを確認しています。それはまた、長い道のりで、世界の政治を形作る最も強力な方法でもあります。

 

チェノウェスは、前世紀の何百ものキャンペーンを見て、非暴力キャンペーンが暴力キャンペーンの2倍も目標を達成する可能性が高いことを発見しました。正確なダイナミクスは多くの要因に依存しますが、彼女は、大きな政治的変化を確実にするために、人口の約3.5%が積極的に抗議に参加する必要があることを示しました。

 

チェノウェスの影響は、最近のエクスティンクション・レベリオン=「絶滅に対する反乱」(英: Extinction Rebellion、略称:XR)の抗議に見ることができます。その創設者は、彼女の発見に直接影響を受けたと述べています。では、どうやって彼女はこれらの結論に達したのでしょうか?

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2021年7月 6日 (火)

今日の出来事

近くの特養から急性増悪の治療を引き受けた高齢の患者さんに、それとは別件で吸引細胞診をする必要があって遠くにいるご家族に承諾を得る電話をすると、そういうことは専門家同士で話をしてほしいと指定されて携帯番号を示された縁者の方が、超有名な免疫学者だった。
緊張しながら、ごく簡単な手技の説明をするとあっさり承諾されて、こちらから電話すべきだったのにとお詫びされた。
短く忌引きを終えて出勤した初日の出来事。

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2021年7月 2日 (金)

太田川の川船

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広島の山間部に住む僕の父方の男たちは言葉によって感情を刺激される傾向があった。

例えば、明治43年の啄木がいたころの東京に出たものの結核で医学校をやめざるをえなかった大伯父のその頃の文芸誌に投稿した原稿を見たことがある。祖父の形見としてもらったが紛失した。

彼は鉄道で移動した広島からは太田川を遡行する川船で戸河内まで移動し、あとの山道は背負われて故郷に帰り死んだ。21歳だった。

 

一方、広島の島嶼部に住む母方の男たちは言葉を信用しないところがあって、どんな悲しいことがあってもほとんど表情を変えずに「あぁ、そうじゃのう」というだけだった。Oip-4
なお、もう一枚の写真は7月1日に亡くなった父が60年間宮司を務めた神社の写真。
(北広島町のHPから)

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