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2021年3月27日 (土)

今日の朝日新聞のオピニオン&フォーラム:佐伯啓思の一文について

今日の朝日新聞のオピニオン&フォーラムで、日本の保守コミュニタリアニズムの代表ともいうべき佐伯啓思の一文を読む。

東日本大震災の死者を私たちの社会がどうとらえてきたかという文章で、日本人には恥や体面という規範しかないという「菊と刀」の主張に彼は反論して、柳田國男説に代表される「死者の思いを引き継ぐ」「死者の最後の気持ちに寄り添いたい」という態度こそ我々を律する「霊性」であり、これをなくせば道徳を支える柱はなくなると論じる。

僕がこれを読んで最初に思ったのは森友学園問題で自殺した財務省近畿財務局職員赤木俊夫さんのことである。政治がその気持ちに寄り添うことをなくせば、政治道徳はないも同然になる。



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2021年3月26日 (金)

2021.3.27 医療生協理事会挨拶

外は桜が満開のようですが、今年もお花見は出来そうにありません。人々の間に十分な触れ合いがない日が1年以上続き、特に大都市部において医療システムや低所得層の生活がみるみる壊れていくのを目の当たりにしていると、戦争でなくっても感染症によって社会はこんなに容易に極限に追い込まれてしまうのだなという気が改めてします。
 
3月18日の朝日新聞「社会季評」に東畑開人さんという著名な臨床心理士の人が、イギリスの「孤独担当相」の日本版として内閣官房に「孤独・孤立対策室」が置かれ担当大臣として少子化相が充てられたことなどについて書いています。
資料1として添付しました。
「豊かな孤独の時間」は誰にも必要だが、過去に暴力や虐待を受け、心の中に「お前は迷惑だ、無価値だ、気持ち悪い」と常にささやく他者が住み着いている「暴力的な孤独」が、ここで問題となる孤独の本質だ。そういう人が容易に心を開くわけもなく、支援しようとする人を孤独に追い込むー「氷に触れると手が凍る」と彼はそれを表現しています。
一本の支援の線などはなく、支援する人を支援する無数のつながりがあって、人間的な社会が成立する。
「孤独の連鎖に対しては、支援の連鎖を」というのが東畑さんの結論です。もはや常識になった「伴走型」の支援を自分たちの課題とする私たち医療生協もこのことは十分に心しても向かい合わないといけないと改めて考えるところです。
 
ちょっと横道にそれますが、この東畑さんという名前を憶えてしまうと、自分が定期購読している雑誌「現代思想」2月号「特集 精神医療の最前線」の巻頭が「オープン・ダイアローグ」で有名な精神科医齋藤 環さんと東畑さんの討議「セルフケア時代の精神医療と臨床心理」でした。
その中でコロナ事態の中で女性の自殺が増えている件、たとえば2020年10月で比べると男性が22%増なのにたいして、女性が83%増であることがテーマに取り上げられています。 斉藤さんが言うには「自殺に先駆けて精神疾患の発病、とくにうつ病があるのは常識的なことであり、日常的にそれは女性の方が罹患率が高い。しかし日常的な自殺遂行数では男性が女性の数倍になっている。実はこの逆転の理由を説明する定説はない。自分=齋藤の仮説では、女性の方がソーシャル・キャピタルに恵まれ、援助を求めやすいところにその理由があるのだろう。しかし、コロナ事態においては女性のソーシャル・キャピタルがダメージを強く受け、うつの罹患率に比例するような女性の自殺数増加につながっているのではないか」ということでした。これを東畑さんは実に鮮やかな解釈だと言っています。
私としては、齋藤さんが「女性の方が精神疾患発病率が高い理由は、男女差別、男性による女性の抑圧によるのであり、女性がソーシャル・キャピタルを発達させたのも自己防衛によるのではないか」とまで書いてくれるともっとわかりやすいと考えたのですが、それはまだ学問的証明がないのだろうと思います。
 
さて、支援活動に話を戻しますと、山口での支援活動からみると状況はさほど以前から大きく変わったようには見えないのですが、大都市部からの報告を読むとコロナ事態の中での、日本の社会保障の壊れっぷりに驚きます。
 
資料2として添付していますが、雑誌「住民と自治」3月号にあった瀬戸大作さんのレポートは必読です。
私たちの周りで「無低」というと「無料低額診療」のことですが、世間でいうと「無料低額宿泊所」のことです。
生活保護を受給させないために水際作戦があるのは有名ですが、新たな方法として、ホームレスの人が生活保護を申請したら劣悪な無料定額宿泊所に無理やり入所させて地獄を見させる、いわば「上陸後作戦」とでもいうべきものが発明されているようです。6畳しかない4人部屋に閉じ込めて、そこでは暴力が横行し、外出させずハローワークに行かせず、低賃金の無低運営の職員として縛り付けるという経過を経て生活保護受給がやっと始まるというわけですから脱走者が絶えません。
生活保護申請には必ず同行者を付けるというのが支援の鉄則になっていると言えます。
その他、まったく無権利で放り出されるクルド人など外国人の人権も大問題になっています。ぜひご一読ください。
これに関連する、小林美穂子さん執筆の週刊女性の記事も、本文に続く資料3として収録しましたのでお読みいただきたいと思います。
 
東京都などが対象の緊急事態宣言は解除されましが、このような生活破綻は大都市部でもさらに拡大し必ず地方にも波及することと予想されます。
今年度の私たちの一つの主要課題として改めて自覚していきたいということを最後に申し述べて私の挨拶といたします。
今日は来年度の方針討議も含んでおりますので熱心なご議論を重ねてお願いいたします。

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2021年3月23日 (火)

波多野澄雄『「徴用工」問題とは何か」中公新書 ノート


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日本学術会議会員任命を菅首相によって拒否された六人のうち、たった一人菅首相がその名前を知っていたという加藤陽子さんが朝日か毎日かの新聞の書評に取り上げていたことから読み始めた本。
 
冷静な分析とはこういうものかと思う。ほとんど知ることのなかった1910年の韓国併合前後から1945年の日本敗戦に至るまでの朝鮮社会について、少し想像力を深めることができた。
 
2018年の韓国大法院判決は戦時の韓国人の労務動員を「植民地支配と直結した日本企業の反人道的不法行為」として一括した。それはどうとらえるべきなのだろうか。
 
確かに1910年の日本による韓国併合はまさに帝国主義的行為だった。1894年の日清戦争により、韓国を中国の宗属関係から切り離すことに成功する。
その後、韓国国王がロシアの庇護のもとに1897年「大韓帝国」を成立させると、まもなく日露戦争を起こしてロシアの影響を排除し韓国への保護権を確立する。つまり2度の戦争を経て、日本陸軍が韓国を統治する日韓併合は完成された。
 
しかし、その後の原敬政党内閣は最終的には韓国人に日本人と同様の政治的権利を認めることを目指すようになる。それはもちろん強力に制限されることになるが、ある程度の朝鮮社会の資本主義的近代化は進行した。
 
朝鮮人労務者の内地移出も簡単な経過をたどったものではない。1939.9は自由募集方式
1942.2からは「官斡旋」方式
1944.9からいよいよ国民徴用令による「徴用」方式となる
3段階が認められるのだが、
詳しく見ればいずれも国際条約で定義する「奴隷制度」的形態ではない。一定の近代性が認められる。
 
西欧的植民地諸国のような植民地住民使い捨て、つまり奴隷的な取扱いが徹底されたわけではなく、中途半端ながら労務者への一定の配慮が残っていたというのが日本による韓国人労務者の待遇の特徴であるが、
それと同時に問題なのは、日本の戦争目的により、総人口2500万人のうち若年労働者を狙い撃ちにして、200万人は日本内地に、さらに250万人は半島内で動員しつくしたという、欧米とは比べようのない圧倒的な量的影響が、1945年以降の朝鮮社会の未来を奪ったことだった。
続き
1945年の敗戦処理は韓国にとっては複雑を極めるものだった。

まず最初の挫折は、上海に存続した大韓民国臨時政府(1919年の3.1独立運動を受け継ぐもの)が、日米開戦に合わせて日本に宣戦布告し、軍事組織「光復軍」も持って中国を舞台に抗日戦争を戦ってきたにもかかわらず、イギリスの反対で戦勝国の一員としてサンフランシスコ講和会議に参加できなかったことである。

このため日韓の交渉は戦争処理の枠組みに入らず、在日朝鮮人は日本国内で連合国人としての地位を得られず、出入国管理令が適用される単なる外国人となり、それまで持っていた日本国籍も失うなどかえって不利な立場に置かれてしまう。

また韓国内の全財産の8割は日本資産として登録されていたが、それはいったん占領米軍によって接収され1948年に李承晩政権に引き渡される。このとき、私有財産の接収には問題が残り、日本政府は政府による国内賠償を考慮するがサンフランシスコ講和条約はこれについて一般規定を定めなかった。これによって引揚者の国内での補償請求権利は消えてしまう。

そのため1952年の日韓請求権会談(戦争処理でないことに注目)で日本側は私有財産の返却を要求するに至る。韓国側は、韓国内の日本の全資産をもってしても36年間の植民地収奪の清算には足らないとした。「強制動員による牛馬並みの扱いで生じた肉体的精神的苦痛」に立脚して補償すべきというものである。

ここで相互にその要求を放棄し、日本からは一定額の無償援助を提供するという、実にいい加減な落としどころが登場してしまう。これも韓国が連合国の一員として認められなかったことの反映である。

「請求権自体は消滅しないが外交によって保護されることはなく救済されることはない」という日本側の主張が妥当かどうかの論争の根源は、1950年の講和会議の構成が正当だったかにもさかのぼる。

戦争処理であれば講和により個人請求権は相互に放棄されるのが被害量が処理できる限界を超えた第2次大戦後の原則となった。ただしオランダはこれに反対し、日本側が相応の補償を行った事実はある。これは中国人被害者に日本企業が自発的対応を行うということにつながった。

しかし、日韓問題は戦争処理の枠外に置かれてしまったので、そのまま踏襲できることであろうか。

さらに大問題は「宗主国が植民地支配を不適切と認め、謝罪し、賠償や補償に応じる」という世界初の例を作りえるかというところにある。


続き

日韓問題が第2次大戦処理=講和の枠外に置かれたことを認識しながら、日韓交渉も講和の一環であり、個人請求権相互放棄が原則だというのは、波多野さんの自己撞着ではないか?もちろん請求権協定に、それが書かれていたとしても、文字通り受け取られるものだろうか。

サンフランシスコ講和自体が、植民地宗主国間のものであり、植民地支配を違法なものとすることを意図的に避けてきたことを批判しなければ、このような態度になるのだろう。


続き

つまり、韓国の大法院判決は1950年のサンフランシスコ講和条約体制そのものの不備を主張するものとなっている。

その体制を覆す可能性を秘めている。イタリアの旧植民地がイタリアに賠償・補償を求めたのを英仏中心の戦後処理が退けたことももう一度問い直されるだろう。

戦後の対植民地対策の意図から韓国を戦勝国の列に加えなかったイギリス、それを押し切らないまま講和条約体制に日韓を繰り込んだアメリカの不当や不手際も問われるべきである。

 

なにより世界中の宗主国対植民地間の賠償・補償問題を改めて喚起する潜在力をもってこの問題は展開されていく。

僕らもそのつもりでこの問題に関心を寄せる必要がある。20世紀の政治的特色をなにより植民地解放にあったとする立場であればなおさらのことである。

 

三菱重工が企業良心を発揮して賠償に応じればいんじゃないの?といったような軽い話ではない。

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2021年3月22日 (月)

注文に応える焼肉店

最近行った焼肉店には、客の誉め言葉と苦情への店側の返事が一覧表にされてラミネートしたものが各テーブルに置かれている。
その中の一つ。
苦情:入店時に体重を測定し入店OKかどうかを店が決定するのは「健康ファシズム」だと思う。
店の答え:お客様、測定しているのは体温でございます。入口に体重計を設置するサービスは行なっておりませんが、ご要望があれば検討させていただきます。

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2021年3月21日 (日)

雑誌「現代思想」2月号「特集 精神医療の最前線」、 コロナ禍で女性の自殺率急上昇の背景は?


先日の朝日新聞「社会季評」で、印象深い文章を書いていた臨床心理士の東畑開人さんと、オープン・ダイアローグで有名な齋藤 環さんの討議「セルフケア時代の精神医療と臨床心理」が 雑誌「現代思想」2月号「特集 精神医療の最前線」の巻頭を飾っていたので読んでみた。

 

その中で齋藤さんが言っていたこと。

 

自殺に先駆けて精神疾患の発病があるのは常識的なことである。

おそらくその中でも多い「うつ」のことをいっているのだろうが、女性の方が罹患率が高い。

しかし実際の自殺遂行数では男性が女性の数倍。

この逆転の理由を説明する定説はない。

齋藤さんの仮説では、女性の方がソーシャル・キャピタルに恵まれ、援助を求めやすいところにその理由があるらしい。しかし、コロナ事態においては女性のソーシャル・キャピタルがダメージを強く受け、うつの罹患率に比例するような女性の自殺数増加につながった。2020年10月で比べると男性が22%増なのにたいして、女性が83%増なのはそういう理由ではないか。

これを東畑さんは実に鮮やかな解釈だと言っている。

 

惜しむらくは「うつ」については女性の方が罹患率が高い理由は、男女差別、男性による女性の抑圧だとまでは斎藤さんの考察が及んでいない点である。女性がソーシャル・キャピタルを発達させたのも自己防衛による可能性が高いのではないか。

 

 

コロナ禍のなかで、人と人が触れ合えない、共同できないこと、群れあうことのできないことは、人間性のどこか(おそらく身体性に支えられる動物的要素)を確実に破壊している。

 

むしろ、人を支配することが自己目的化している暴力的な人物に対面する頻度が減ってこの方が快適だと思う僕などはどこかか鈍感な部分があるのだろう。

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2021年3月17日 (水)

私の3段階論

317026 もうすぐ新年度を迎え「民医連について語ってほしい」と言われる機会が多くなるが、年々民医連像の輪郭がぼやけてきているようで、正直気が重い。
そういうとき、ふと10年前に買った若月俊一「信州の風の色 地域農民ととともに50年」を本棚から手にとっていた。
 
それを読み直していると、民医連固有の用語を使わないで、民医連の課題を現時点で可能な限り体系的に示すことはある程度可能だと思うようになった。
 
若月俊一さんには「佐久用語」というものはなさそうだからである。
 
そこで僕が思う民医連の課題をごく図式的に表現するとこんなふうである。
 
①住民のニーズから出発することがすべての始まりである。
いま住民の最大のニーズは、気候危機・大災害時代を生き延びることである。これは住民の自覚とは別次元のことかもしれないが、科学的にまず間違いないことである。
 
それにはSDGsの文字通りの実践が必要で、実は、そのことは住民間の平等・公平の実現を厳しく要求する。
金持ちだけが生き残るSDsはありえない。これが僕らのいう「まちづくり」にほかならない。
 
SDGsのなかで健康についてみるとそれは「SDH(健康の社会的決定要因)格差の解消」ということに尽きる。
つまり「SDH(健康の社会的決定要因)格差の解消」こそが民医連にとっての住民の基本的ニーズである。
 
②しかし、それは医療現場でのニーズと直結しない。医療現場でのニーズとして、住民は医療機関や医療従事者のup to dateで安全知識・技術(スキル)と親切で倫理的な態度(これを頭文字をとってKSAと呼ぼう)を直接要求する。
しかし、これだけに従っているのでは、①に自覚的には取り組まない他の医療機関と変わるところがない。
 
つまり①と②の間には大きな谷がある
 
③すなわち①と②をつないでくれる橋を自覚しているのが民医連だと言える。
 
「具がサンドイッチの価格を決める」という阿部元会長の格言がある。
 
私達が日々のKSAの研鑽、その省察を続ける動機を①に結びつけてくれる、あるいは逆方向に①から導いてくれるのは実は「患者中心の医療」という枠組みである。
イアン・マクウィニーから流れ出た家庭医療の枠組みが①と②をつなぎ、両者を活性化させる。
 
「患者中心の医療」と言う、一見当たり前で、誰もが口にする言葉の、本当の概念や構造を知る人はまだまだ少ない。訓練して身につけようとしている人は更に稀である。
 
「患者中心の医療」を本格的に採用して、①と②の活性化した状態の実現を、私達は当面「民医連」だと呼ぶ。

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2021年3月15日 (月)

来る球をひたすら打ち返すだけの毎日


ひっきりなしに来る球をひたすら打ち返すだけのバッティングセンターのような日中は終わった。
Konounokamisama ミニサイズの塩羊羹2本を売店で買ってきて、これから、自分のフォームやチームのあり方や、試合の組み立て方を考える数時間にしよう。

まだ誰かが投げてくる球に邪魔されなければ。

 

*「来る球を打ち返すだけのような診療の毎日」という言葉は、作家で映画監督の西川美和の映画「ディア・ドクター」と連作短編「きのうの神様」から借りた。

 

西川美和に親近感を持つのは、ともに出身地が広島市の北方面で、広島市の私立の中高一貫校に学んだということによるのだろう。そういう人は何万人といるのだが。

小説中では舞台を茨城県に設定してあるが、バスに乗ってはるばる県庁所在都市に行き中学受験の模擬試験を定期的に受ける女子生徒は、小学校6年の僕だった。

2週間に1回、土曜日昼過ぎのバスで4時間近くかかって広島のバスセンターに行き、そこから宇品方面の電車に乗り皆実町3丁目で降りて、煙草屋をしている伯母の家に泊めてもらい、翌朝、逆方向の電車で県庁前に行くと 同じような小学生が集まっていて、模擬試験専門の学習塾である鯉城学園(いまは城北高校)行きの無料バスが来る。そこで試験を受けて、またバスセンターから山奥に帰る。

1週間したら、成績表が届いて、上位100位は名前が発表される。名前があると親が安心する。20番以内に入ったのは数回しかなかったし、そんな馬鹿なことをしているのは芸北町という当時は人口7000人の、寒村が寄せ集められ合併した町で僕しかいなかったが。

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2021年3月11日 (木)

雑誌「世界」4月号でポール・ホーケンの本「ドローダウン」を勧める植木不等式さんが紹介していたBMJのブログ

雑誌「世界」4月号でポール・ホーケンの本「ドローダウン」を勧める植木不等式さんが紹介していたBMJのブログを検索してみた。
https://blogs.bmj.com/bmj/2020/08/07/what-to-say-to-a-7-year-old-terrified-by-climate-change/?fbclid=IwAR1dY_dxtc1NCvIqjt6q1hs7RGvHAdrSE7DnplTBwWq89DAdn34sF_GCSYU

以下そのままでは読めない機械翻訳部分に手を入れたもので

エミリー・ブロンテの詩は思い切り意訳。

 

「気候変動に怯えている7歳の子供に何を言う?」
2020年8月7日
気候変動を心配している子供たちをどのようにサポートできますか?リチャード・スミス、デビッド・ペンション、フランシス・モーティマーが、行動を通じて希望を見つける方法を検討します

 

リチャード・スミス:私には7歳の息子が気候変動に恐怖を感じている友人がいます。恐怖は彼の睡眠を妨げる。彼女と彼女の夫は気候変動についてあまり話していませんが、彼は動物を愛し、たくさん読む敏感な少年です。彼の恐怖につながったように見えるのは自然環境の破壊です。私の友人は彼に何を言うべきかわからない。彼女は、そうではないことを知っていて、息子が安心しないことを知っているので、「大丈夫だ」とだけ言うことはできません。

 

彼女は何と言えますか?気候危機を深く懸念し、それに対抗するために努力している人々に尋ねました。

 

デビッド・ペンチョン(NHS持続可能な開発ユニットの元ディレクター):これは重要な課題です。私たちが賢明に対応できない場合、私たちは自分自身と将来の世代を本当に運命づけています。

 

あなたの友人の息子は敏感な少年かもしれませんが、鈍感で利己的な否定者や否定者であるのは私たちではありませんか?もし私たち全員がもっと恐ろしくて若かったら、もっと勇気ある行動に駆り立てられるかもしれません。

 

私は、a)懸念/恐怖とb)…x、y、zを実行することによる「しかし希望はある」の救済との間に密接な(一時的な)関係があると思います。b)を欠くa)はおそらく、愛や欲望よりも強力なものとして描かれる危険な対処メカニズムにつながるでしょう。

 

これはすべて希望、特に前向きで積極的な希望、つまりグレタ・トゥンベリが「行動を通じた希望」と表現していることだと思います。彼は動物に興味があるので、家の近くで何らかの(動物の)保護プロジェクトに参加したいと思いますか?これは些細なことだと多くの人が言うでしょうが、それはあなたが役割を果たしていると感じるのに大いに役立つと思います(解決策のより多くの部分と問題のより少ない部分)、そしてそれはおそらく不安/睡眠に役立ちます。

 

その後、さらに進んで他の人と関わり合うことができます。すべての人がこれをうまくやっていれば、私たちが誇りに思う(または恥ずかしくない)遺産を残す可能性が高いという論理的根拠があります。そして最悪の場合、私たちが試みて死んだかのように感じます。

 

ポール・ホーケンの本「ドローダウン」など、世界中の膨大な数のポジティブなストーリーのいくつかを彼に紹介したいと思います。「今起こっている未来」についてのこれらの物語は、刺激を与え、希望を与えます。しかし、どれだけ刺激を受けても、それらは暗い空に浮かぶ明るい星にすぎません。私たちは夜明けから遠く離れています。

 

私たちを支えることができるある種の物語は、物事が歴史的に非常に悲惨に見えたが、忍耐と行動が希望と進歩を生み出したときについてです。(残念ながら、これらの話の多くは、紛争の時代と地域から来ています。)

 

私は4歳のとき、核戦争、動物の絶滅、生息地の喪失、酸性雨について非常に心配していました。そして、当時の親が懸命に安心させようとしても(私はなんとも迷惑な子どもだったに違いありません)、私の不安は決して消えませんでした。最終的に重要なのは、不安をどこに向かわせるか(そして他の人にそれを手伝わせる方法)だと思います。

 

Frances Mortimer (持続可能なヘルスケアセンターの医療ディレクター):

 

私も自分の子供たちとの関係でこれについて考えてきました。私は昨年、「気候変動に直面した子供たちを支援する」という有益なワークショップに参加しました。このワークショップは、これらの問題に取り組む関心のある親でいっぱいで、ストラウドのJoMcAndrewsによって運営されました。彼女はYouTubeで同様のプレゼンテーションを記録しています。

 

私が取り上げたメッセージの1つは、子供が若いときは、問題があることを否定することを意味するわけではありませんが、シールドが必要であるということでした。親は気候危機が大きな問題であることを認めるべきですが、正直なところ、多くの大人がそれを直すために一生懸命働いていると言います。そして、十分な数の人々がそれらを信じれば、大きな変化が実際に起こる可能性があります。たとえば、第二次世界大戦後の福祉国家の設立や、国連と世界保健機関の創設などです。

 

私は、行動を通しての希望と、家の近くでの実際的な保護に参加することについて、デイビッドに同意します。これは私たち全員にとって重要だと思います。私はロビン・ウォール・キマーラーのブレイディング・スウィートグラスのオーディオブックを聴いています。彼女は私たちが自然との関係を修復し、私たちが世話をする植物、動物、生態系への恩返しと世話をする方法を学ぶ必要性について雄弁に語っています。この関係は、私たちがより持続可能な世界を構築するための課題に取り組むときに私たちを育みます。

 

リチャード・スミス:ロビン・スコット(気候変動に関する英国健康同盟の創設者の一人)、デビッド、そして私は、ニューフォレストを散歩する際の最良の対応について話し合った。私たちは行動が良い反応であることに同意し、ロビンは核兵器に反対するキャンペーンに積極的な親の子供たちが親が活動していない子供たちよりも核戦争について心配していないことを示した1960年代の研究を引用しました。重要なのは、両親がしたことがほとんど効果がないかもしれないということは問題ではありませんでした。

 

そこには好循環があるようにおもえる、つまり、それがあなたの不安を軽減してくれ(それは子供ににも波及する)、ひるがえってあなたをより強くし、変化に貢献できるようになる。

 

私たちは自然と親しくなることに良い効果を認めます、巡礼のような旅(内面的なものです) -とレイチェル・カーソンの著書「センス・オブ・ワンダー:親と子どものための自然の祝意」これは彼女が15歳の甥のために書いたものですが、はいいものです。

 

エミリー・ブロンテの詩「イマジネーション」で私が捉えた、内向きの方向転換(西洋よりも東洋的なアプローチ)についても話し合いました。

 

「ですから、絶望的な世界はありません。

 

その中に生きている世界を私は二重に賛えます。」

 

そして:

 

「辺り一帯に危険、罪悪感、そして闇が横たわっていても
たとえ私の胸のうちに限ってだとしても
私たちが明るく迷いのない空を持ち、
冬を知らないような温かく様々な彩りの光に恵まれているのなら
何を恐れることがあるだろうか」

 

最後に、それは単純すぎる「救済策」に思えるかもしれませんが、ペットを飼うことは多くの人を助けました。

 

少年の両親は彼に子猫を買いました、そして子猫との彼の関係は彼の睡眠を含めて助けました。彼の両親はまた彼にレイチェル・カーソンの本を見せました。それは彼と彼の妹が彼らの庭に入って彼らが見たものに驚嘆するように促しました。

 

リチャード・スミス は、2004年までBMJの編集者でした。

 

デビッド・ペンチョンは、NHS持続可能な開発ユニットの元ディレクターです。

 

Frances Mortimerは、Centre for SustainableHealthcareのメディカルディレクターです。https://blogs.bmj.com/bmj/2020/08/07/what-to-say-to-a-7-year-old-terrified-by-climate-change/

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石巻市長選に立候補するという長純一(ちょう・じゅんいち)さん

石巻市長選に立候補するという長純一(ちょう・じゅんいち)さんについて
よくTVに出ている人らしいのだが、僕は不覚にもこの人について知らなかった。
「諏訪中央病院の故今井澄先生、日本最初の精神科開放病棟の三枚橋病院の石川信義先生、緩和ケアの徳永進先生ほか多くの先生にお世話になっていた。医療人類学や生命倫理に関心を持ち、特に医療問題や医学教育の第一人者であった故中川米造先生に教えて頂くなど、医学教育に強い関心があり、一時は社会医学と医学教育の道を考えたが、やはり実践者になりたい、実践の現場・地域で医師を育成することが必要であると考えた」
「若月俊一佐久病院当時院長について様々な学びを重ね、惹かれるようになった。東京の健和会(柳原病院、みさと健和病院に出向し、当時日本で唯一24時間の医療看護介護体制を構築していたところで在宅ケアシステムの構築の経験をした。また日本の医療史の第一人者であった故川上武先生を囲む勉強会で社会医学を学んだ」
という人。
それより、実践的には『石巻市の「地域包括ケア」は当初復興庁の「新しい東北先導モデル事業」に、その後内閣府の地域活性化モデルケースに、さらに地域創生の地域再生計画第一弾に選ばれるなど、市の最重要政策という位置づけとなった』という点では、民医連としても注目し何らかの評価を行っておくべきものだったと思えるが、その方面の検討はあるのだろうか?
https://l.facebook.com/l.php?u=https%3A%2F%2Fsugi-zaidan.jp%2Fsmf%2Fwp-content%2Fuploads%2F2020%2F05%2F%E7%AC%AC5%E5%9B%9E%E5%8F%97%E8%B3%9E%E5%86%85%E5%AE%B902.pdf%3Ffbclid%3DIwAR3H70wRQDLydXz_aB67EehytR8_e57W6SQi5iHhNpaaYwUVCjWMiPe31jk&h=AT0XowUbfSqYnnVe2so3dB2AbP9rGML0FewnpbnaapXaBZRbAaSMNEZWtllVAPzbkN1LFBkmtUkZvwAdX70rnx8riXyhBNYQO_5s8JqwrXRLCK6Cwshp4XXUp3LKP1z5hOg_&__tn__=H-R&c[0]=AT0rPLHXqJvnm1GbX3UZ-Ts5f15p0SvBqcdRM162ywXNcnmmULmZKNb1FPRrqNdYt-oTVRuaLxIgGqhMKcI3yAMhuTXov2vDewCQLNZKu7UqujHe7X8ko1xBQlWjEhU370Ak6FbWiwthtxbdpzVmyfYVimWVeEeu9r7QXvSYhtURzDxoa_kLMfaMalFc8XQro9dEBVUVFksHgz4kNQ

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山口でも「気候山口県民会議」「気候宇部市民会議」を提案してみたい

3月9日、色平先生紹介されてきづいた毎日新聞の記事。159405926_3728398660576194_1120848826805 。その予備段階としても「気候についての民医連職員・医療生協組合員会議」などはすぐ取り組みたい。これまでは自分の事業所のCO2排出をどう減らすかという議論をしてきただけだが、もっと専門家から広く意見を聞いて社会を変える取り組みに脱皮したい。
 
ちょうど九州大学名誉教授の専門家が県内に居住されて活動の意欲を持たれているという意向を聞いたばかり。
 
段取りとしては「気候についての民医連職員・医療生協組合員会議」が実績を持って「気候山口県民会議」「気候宇部市民会議」を提案していくことにしたら良い。
 
なお、北海道民医連がこの件をどう捉えているかお尋ねしてみたが、まだ伝わっていない様子であった。

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2021年3月 4日 (木)

新しい戦略には新しい人を


僕の特質は戦略家であること,というより戦略を妄想すること なので,20年くらい前から,藤沼先生たちの活動を観察しつつ,山口県を・山口民医連を・宇部協立病院を家庭医療・総合診療の先進地にするという方針を唱え続けて,山口県保険医協会の経済力をバックに有名な総合診療医の講演会を連続的に開いたり,県の医療行政や大学関係のトップの説得に努めた.まぁ自分で総合診療の勉強を熱心にするということはなかったが.

県立中央病院の院長を訪ねたときなどは「お前みたいなのがいるから専門医が山口に残らない」という見当違いのお説教を,たった4年上の先輩から食らった.1時間以上にわたって彼が喋り続けた.大病院の院長は孤独だったのだろう.帰り道,かえって可笑しくなって大笑いしたのを覚えている.

 

僕のしたことの実際的影響は全くなかったと思うが,最近,その先輩が総合診療を推進するなにかの会議の長になっているのに驚いた.

宇部協立病院が総合診療のセンターになることはなかったが,総合診療部が何度も挫折した山口大学に新しい総合診療部が根を張り始め,生協小野田診療所は研修医や医学生が集まる特異な診療所になった.あれほど熱心に立ち上げようとした総合診療関係の学会の県支部もいつの間にか僕に関係ないところで盛り上がっている.

というわけで,僕の戦略は目標を達したということになるが,山口県の医療の衰退を食い止めるには,これだけでは到底不足しているということが,実態から証明されている.

 

であれば,もう1段階上の戦略が必要だということになるが,それが一つ前の投稿の意味である.だが,もう20年僕が活動するのは無理なことだろう.新しい戦略には新しい人が必要である.

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山口県に若い医師を集めるには

世界もそのうち人口が減る,その時はアフリカのナイジェリアあたりがインド・中国にせまって人口の多い国になると言われているが,それはまだ確実ではない.https://www.yomiuri.co.jp/world/20201117-OYT1T50173/
日本は確実に人口減少期に入ったが,山口県はそれ以前にもっと激しい人口減少に見舞われている.
それよりもっと急峻に減少しているのが山口県の40歳以下の医師である.若手医師率の低さでは日本有数の県となって,その傾向は衰えることを知らない.このままでは生活に不可欠の医療の自給が不可能になる.

 

*「2020.4.30 山口県はこのほど、県内の医師の平均年齢が全国一高く、医師全体に占める若手医師の割合が低いことを発表」

 

というわけで山口県人口も,山口県の若手医師数も,その減り方を日本全体の人口減少スピードに戻す方策を考えないといけない.

 

それはずっと考えてきたのだが,山口県がSDGsの,いや,そこを超えて「脱成長コミュニズム」の先進地になるという宣言なしには若手医師も若者も集まってこないだろう.
小国が気候危機対策を牽引しているヨーロッパを観察していると,人口100万程度の小さな県でも決して不可能なことではない.

 

それは「脱・日本の保守政治の枠組み」「ミュニシパリズムの開始」ということでもあり,毎日がワクワクする日がやってくるということでもあるのだが.

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2021年3月 3日 (水)

レムVSタルコフスキー@ソラリス

ポーランドの作家レムの描く惑星ソラリスをおおう有機体の海は、なにか自律的な活動を常に行なっている。表面に陸地のように見える泡を作ってみたりするが、それも絶えず変化する。
探検隊の宇宙船の乗組員には、彼らのトラウマの核になるような記憶を具体化して送ってくる。巨大な赤ん坊が海の上に浮かぶが、それは誰かが殺した子供だ。主人公のところには自殺した妻が現れて生きているように語りかける。
ソラリスがなにか意図を持っているように見えるが皆目見当がつかない。
原作者とは違う解釈で作った映画において、そういうソラリスに閉じ込められてソラリスの与えてくれる記憶のなかで生きて行くことを主人公が受け入れるというのが、タルコフスキーが監督したソ連映画の結末だった。神にすべてを預けようとばかりに。あるいは、ソラリスならぬこの地球での人間の存在が実はそうであるかのように。

 

原作者レムが描こうとしたのは、映画監督タルコフスキーとは全く違って、人間自身にはけっして解釈を許さない存在があるという話だったと思う。テッド・チャンが引き継いだSFの常道でもある。

 

ところで、人間の脳もいまのところソラリスの海のようで、脳の無目的な自発的活動(ゆらぎ)を、私達は自分の意志のように錯覚して生きているだけに見える。身体や他者を含む脳外の環境に反応して勝手に脳のニューロンが興奮したことを、自分の意志のように信じ込んでいる。
つまり脳外から来る自覚的には感じられない刺激が脳の活動を決めている。心というものがあるというなら、心は脳の外に思いもかけない形で不定形に広がっているんではないだろうか。

 

そこで、これは池谷裕二さんがいっていることの焼き直しだが、「ソラリス=脳」だとしたら、レムの小説も実に簡単なお話になるし、タルコフスキーの解釈とも近くなる。https://bluebacks.kodansha.co.jp/books/9784062578301/appendix/
ただ、出てくる登場人物のトラウマには第2次世界大戦の影がさしているようでもある。

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NHKのドラマ「6畳間のピアノマン」が良かったという話

今朝は、昨夜の当直医が大学病院に「そけいヘルニア」として搬送したという患者さんのCTを見ながら、いや、どう考えてもこれは「腸骨筋(腸腰筋)病変とそれに伴うコンパートメント症候群」だ、だがそれをどう伝えるといいだろうかと考えながら内視鏡を始めたが、いつになく調子が悪く延々と時間もかかり、最悪の気分で15時の予約外来が始まる直前に、診察室で一人きりの昼食を取ることにした。

すると、箸を取るまもなく診察室をノックする音がする。

仕事が本当に嫌になるのはこういうときである。できるものなら途中で退勤したくなる。

そこで、数日前の2月最後の日曜日に見た「6畳間のピアノマン」というドラマを思い出した。NHKのドラマだったが、会社内のいじめと過労で自殺した青年めぐる話だった。そのなかに、耐えきれなくて会社から逃げ出して実家に寄って父親に会うが心情を伝えきれずに、6畳間の自室に帰った彼が、子どものころを思い出しながら、お父さんのためにお風呂を沸かしてあげた状況を曲にして歌うシーンを思い出した。

さて2月最後の日曜日には、FaceBookには次のようなことを書いたのだった。

『実は今日は、辛くて心配なことが1、2あったのだが、振り返るとTV漬けのような1日だった。ずっとTVの前に座っているわけにはいかないので、ちょっと面倒くさかったがNHKプラスの手続きをして見直した。
ドラマ「六畳間のピアノマン」最終話
https://www.nhk.jp/p/rokujouma/ts/YX9GY2MN41/
ドキュメンタリー「カノン 〜家族のしらべ 2017-2021〜」
https://www.nhk.jp/p/ts/W6VZLW9837/episode/te/96XKVQ6M19/
の二つ。
前者を理解するために、よくは知らなかったビリー・ジョエルのピアノマンの歌詞を探した。
https://lyriq.jp/piano-man-billy-joel
後者を理解するにはカノンという音楽の様式について検索した。少しづつ変わっていく輪唱は家族の歴史そのものだろう。

最後に、朝日新聞の木曜の論壇時評で触れられていた雑誌「現代思想」2月号の中村英代「発明品としてのコミュニケーション  依存症から考える」を読んで、何か今日が完結した気がした。http://www.seidosha.co.jp/book/index.php?id=3529

ある精神科医師によると、依存症のためのセルフ・ヘルプ・グループは人間のための20世紀最大の発明品なのだそうだ。
人を癒すコミュニケーションは21世紀にももっと発達する。そして、何か決まりきった人や家族の在り方が強制されないで、人が幸福になる回路が発見されるという気がしてきた。』

 

 

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