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2021年2月28日 (日)

今朝の朝日新聞「日曜に想う」 書いているのはアメリカ総局長だという沢村さん


今朝の朝日新聞「日曜に想う」 書いているのはアメリカ総局長だという沢村さん。

 

1968年のテネシー州メンフィスの公民権運動。過酷な境遇に抗議した立ち上がった黒人のスローガンは「I AM  A MAN」

 

そのいわれは、交渉に訪れた市役所で、市長が傲慢に「BOY」とみんなに呼びかけたことだ。「BOY じゃない、MANだ」と参加者がやり返した。

 

そういう経緯を説明しながら、当時の運動参加者への沢村さんのインタビューが書いてある。今は70代半ばの男性である。

「本当は名前で呼んでもらいたかったね」と彼は言ったと。

 

そこで僕の感じたこと。

もちろん沢村さんは英語の達人であろうし、話す言葉のニュアンス、話す人の地位や教養を正確にとらえられるのだろう。

だが、「本当は名前で呼んでもらいたかったね」という口調から僕が感じるのは、いかにも日本人が想像する南部の黒人だ。

もっと威厳や怒りがそこに込められていなかったのか、日本語に直すのに別の口調がふさわしかったのではないのかと疑問が湧く。

そこになお黒人差別のわずかなにおいが漂っていないのか、と。

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2021年2月27日 (土)

2021.2.27 医療生協理事会挨拶案

日に日に春めいて梅の花が見頃になってきています。来月は桜の話をするかもしれませんが、去年はどんな桜の咲き振りだったか覚えていらっしゃる方は少ないと思います。コロナ流行が始まって花見どころではなかったからですね。今年はすこし余裕を持って春を迎えたいと念じております。

とはいえ、今日もコロナの話から始めないといけません。
一つは宇部協立病院の医師態勢はなお苦しく多くの日の当直日直を業者紹介の外部医師に頼っていることに関わる件です。なかには福岡県ほか県外から来る医師もいますので、1月の下旬からは就業前にコロナウイルスのPCR検査を受けてもらうことにしました。
その処置をとっておいて良かったと思ったのは、2月の土曜日の外部からの日直医がPCR陽性だったことです。私はだいたい土曜日も病棟の患者さんを診察に来ますので、その情報をすぐにキャッチして日直・当直を交代すると決めて、PCR陽性だった医師の療養生活移行を保健所と協力して進めました。これが実にややこしくて、この医師が保健所からの迎えで所定のホテルに移動したのはなんと午後10時を過ぎました。その間何度も保健所から電話がかかってきて対応しなくてはなりませんでした。
外部の日直医はその間ずっと当直室に隔離させてもらったのですね。おかげで僕は寝るところがないので、外来の看護師さんが、診察室に布団を持ってきてくれ、そこで眠れぬ夜を過ごしました。
結局、一人の患者さんにも一人の職員にも影響なくこの一件は処理できたのですが、一つ今も気がかりなのは、この事件にあたって、協立病院内の管理部の緊急連絡網がうまく作動しなかったことです。これは一つの事故だと考えて、いま検証してもらうようにしていますが、もう一度あったときにどうなのかなぁとは心配しています。

もう一つは、ワクチンの話です。医療従事者に先行的に接種するからというので、県から対象者のリストを出すように言ってきました。それはいいのですが、さらにその一人ひとりについて接種を受けるかどうかの意思確認を求められました。まだワクチンが薬として承認される前なのに、受けるか受けないかを一人ひとりに聞けと言うのですね。新しいワクチンへの情報提供も何もなしに意思など示せませんから困りました。こんな無理な要求をして行政も相当焦っているなぁと思いました。どうしようかなぁと悩んでいるとき岡山医療生協・岡山協立病院の高橋 淳理事長・院長がわかりやすいワクチンQ アンドAを作っていると森専務が言うので、高橋先生の許可を得て対象職員に配りました。高橋先生に窮地を救われたのですが、その準備が自分になかったことを恥ずかしく思いました。

しかし、ワクチンの調達がうまく行かず、接種は先延ばしになりました。あのドタバタは何だったのかという気にもなります。


そういう二つの事件があったので、2月24日に山口民医連の方で岡山医療生協の高橋 淳先生からリモートで、岡山医療生協の取り組みを話してもらいました。

これは私にとっては、一つのカルチャーショックでした。

私も一応コロナ対策はしているつもりでしたが、資料にお示ししたように、岡山医療生協は実に体系だった方針を持ってコロナに臨んでおり、なにか雲泥の差だなぁと思って体が熱くなりました。理事長の地位にいるだけで、本当の法人運営はしていないのではないかという気さえしてきました。

新入職員への理事長メッセージや、各職場が苦しいときに互いに褒め合う企画「感謝の木」など考えてもみませんでした。岡山協立病院はこれまで50人くらいのコロナ患者を受け入れて、その中で職員の感染もあったりして苦闘しているのですが、それもいずれ私達が学ばざるをえない貴重な財産だと思いました。

 

同じころ全日本民医連の評議員会もあって、これにもリモートで参加したのですが、なかでも「職員の(おもにメンタル)ヘルスケア指針」が重要な文章だと思いました。これが職責者までにしか配られず、あまり活用もされていないので、今日は、ここだけは見てほしいという抜粋版を作って資料としてお示ししています。そのまま医療生協の組合員さん用に使える部分もありますので、どのあたりがそうかも書き込んでおきました。職員・組合員を守るというトップの姿勢を繰り返し示すことが大事だというのが基本だと思います。

そのうえでそれを組織的に具体化して、たとえば宇部協立病院の外来など発熱患者受け入れの先頭に立っている部署には「自分たちだけが苦しい思いをする」とならないように管理部や組合員からの激励が欠かせないということが大切だと思います。また職員や組合員が発病したり、最悪の場合死亡したりしたときはどうするかは常に考え備えておくべきだと思います。

資料の最後の方には有益な「セルフケア10のヒント」というのが載せられています。大地震のときもそうですが、ずっとニュースに釘付けになってテレビの前を離れられなくなるのは精神的に良くないようです。

 

岡山医療生協と全日本民医連の資料2つ、ぜひご活用いただきたいと思います。

 

このあたりでコロナ対策の話は終わりにして、そろそろ来年度の方針を考えないといけないという話に移ります。

来年度の方針より中長期計画はどうなっているのかという厳しいご意見もあると聞いていますが、両者の間にそれほど大きな隔たりがあるわけでなく、どちらも「安心して暮らし続けられるまちづくりにどう加わりどう貢献できるか」という問題です。

ずっと考えているのですが、まちづくりとは、地域が三つの領域で自立する、あるいは自給するということだと思います。

 

一つはエネルギーの地域における自給です。阿武町で外部業者の大規模風力発電が計画されて問題になっていますが、再生可能エネルギー生産の基本は地元住民が中心になって地元で作る、地域でエネルギーを生み出していくことです。そういう意味で阿武町の例は再生可能エネルギー拡大の原則に反しています。では、宇部や小野田や山口、下関でどうして住民参加の再生可能エネルギー事業を起こしていくかが問題になります。エネルギー協同組合のようなものを構想すべきだと思います。

 

もう一つは食糧の地域における自給率を高めることです。ここは消費者として農協とどう協力するか、地産地消、地消地産をどう進めるか考えていかなければなりません。

病院給食の材料をなるべく地域内生産物で調達する地産地消、さらに病院給食に使うもので地域では作っていないものがあれば新たに農家に頼んで作ってもらう、これは地消地産と逆の用語を使いますが、こういったことを真剣に実践する必要があります。

 

最後の一つは医療と介護の自給です。ここは私達の責任範囲になります。とくに介護の自給が今後の焦点になります。
介護を自給しないと、地域ぐるみのネグレクト、介護放棄になります。

実は医療は、製薬資本と医療機器資本の奪う利益が大きく、医療収入の多くは地域外に奪い去られて行き、地域経済から見ると歩留まりが悪く、いくら大きい病院を作って病院門前町ができてもまちづくり効果は大きいものではありません。しかし、介護で生み出される収入は、全国チェーンでなければ、ほぼ全額が地元経済を潤します。その意味でも介護の方が重要です。

そのためには二つの課題を強調したいと思います。

一つは医療生協組合員による互助的な事業活動です。「ここって」にその萌芽がありますが、年間の収入が1億くらいの石川勤医協のようにもっともっと多くの組合員主体の事業が可能だと思います。

もう一つは、医療と結びついていることを強みにした新しい介護事業の拡大です。

介護を要する人のための高齢者住宅の建設はその中で避けて通れず、プロジェクトを来年度は立ち上げなければならないだろうと予想しています。この2つを通じて、医療と介護、横文字でいえばケアの地域での自給に貢献して行くことができると思います。

 

3つの自給をしっかり結びつけ、自分の責任を果たしていくというのが、来年度の方針であり、中長期計画の中身だと私は考えています。

 

このあたりを強調させていただいて、今月の挨拶を終わります。

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2021年2月25日 (木)

[健康格差の原因ーSDHを知ろうー」をお読みください

コロナ・パンデミックの始まりの中で発行したので十分に普及活動ができなかった共同組織向けブックレット「健康格差の原因ーSDHを知ろうー」を改めて読み直してみました。
作成時には類書のないブックレットとしての体裁を整えることに意識が占められ気が付かなかったのですが、下敷きにしたマイケル・マーモット「健康格差」原本にはない驚愕の日本特有の数字や記述がたくさんあります。
世界中でコロナ感染や死亡にSDHが強く働いていることが報告されているいま、どこかで眠っているこのブックレットの埃を払ってお読みいただきたいと思います。
そのほんの数例
4-12ページ: 服部 真先生を主人公にしたものですが、タクシー労働者の健康悪化に迫る生々しい労働医学の前線を漫画化したのは本邦初です。
 21ページの職業運転手の不健康習慣と不健康が突出しているグラフと合わせて見ていただくと興味が深まります。
 
14ページ:社会格差が健康格差に向かう「経路」をSDHとして表現し、その本質を自律と社会参加だとした概念図。我田引水ですが、これほどSDHを分かりやすく示した図は他にありません。
 
16ページ:無職世帯における乳児死亡率が大企業労働者世帯に比べて10倍以上になる。これは現在どうなっているでしょうか。乳児死亡率全体が大きく悪化していないでしょうか。
 
20ページ:中高年の死亡においてサービス業者は事務職の5倍近い。これもコロナ禍でもっと拡大している可能性があります。
というか、コロナ禍で私たちが真っ先に健康調査をすべきはこの層だということが示されています。
 
24ページ:交通事故死亡は高齢者において3倍以上多い。これを当たり前と考えるかどうか。当たり前と考えないで、どうしたら高齢者交通事故死亡が減るか考えていただきたいと思います。
 
27ページ:女性差別の中で優位に立っているはずの男性が短命なのはなぜか?男性に多い飲酒、長距離運転、暴力、労災などによる社会的死を除けば、実は女性の方が短命だという話。これは初めて聞く話ではありませんか?
 
29ページ:経済社会を国家・資本・非営利セクターの三つに分けて、健康格差をなくす上での非営利セクターの決定的重要さを主張しています。これがまちづくりです。Hyoshi_20210225131901

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2021年2月23日 (火)

SDHの共同組織向けブックレット:『健康格差の原因ーSDHを知ろう』づくりを個人的に振り返って 

Hyoshi
1:

 

以下は僕の内面のつぶやきと思っていただきたい。社会科学の専門家から見ると間違いだらけの記述だろうが、民医連に一生をかけてみた凡庸な医師が身の程知らずに何かを始めようと足を踏み出したときに考えたことである。

 

「貧困など社会経済的地位の低さによるストレスが病気を生み、寿命を短くする」ということは教えられなくても誰もが直観していることである。

1912(明治45)に結核性腹膜炎で死んだ石川啄木の最期の頃の歌に「わが病の/その因るところ深く且つ遠きを思ふ。/目をとじて思ふ。」というのがあるが、もう100年以上も前の作品である。エンゲルスの「イギリス労働者階級の状態」となれば180年前になる。

近年マイケル・マーモットら公衆衛生学者が社会的経済的地位の格差のさまざまな現象形態が経路となって健康状態の格差を生じることを科学的に証明し、その「経路の総称」として「健康の社会的決定要因」SDHという用語を編み出したが、その真実を突きつけられて驚くのはもっぱら医師たちだった。

というのは、医師は長らく病気と病人を切り離して考えることを進歩的で正しいと考えてきたからである。病人が王侯貴族や資本家であろうと労働者や浮浪者であろうと関係なく、観察できる病気の価値は等しかった。「病人でなく病気を見ろ」という教えは一つの平等主義によるのだった。むろん、医療の実際になると、王侯貴族・資本家が医療資源を独占し、労働者や浮浪者は医療と縁のない生き方・死に方をした。彼らへの医療があるとすれば新しい治療法の実験か権力支配上の社会防衛のためだった。

20世紀の2回の大戦を経て、植民地支配が否定され、旧式の福祉国家が樹立され、基本的人権が社会契約の大原則になったが、ここでも病気は医学・自然科学の対象であり続け、医療の効用については、自分の健康と寿命を第一に考える社会的高位者の方が、最初から健康や長寿を諦めている貧困者よりは効用(主観的満足度、幸せへの貢献度)が大きいと見積もられ続けた。

 

しかし、マーモット等によるSDHの発見は正面からそれを揺るがした。医療制度の影響を遥かに超えて、貧困や屈辱感が病気を生み出し、大規模に人を殺しているなら、医療や医師の存在は無意味である。その状態を解消することと一体化しない限り医療や医師の存在価値はないことに一部の医師がようやく気づいた。もちろんそれ以前に無産者医療運動・民医連運動に参加し医療の社会活動的側面を重視していた医師にとっては当然のことであったが、それでも、自分たちが何より重要と思っていた医療アクセス第一の療養権を包摂してしまう新たな健康権概念の提唱にはたじろぐものがあったに違いない。

 

この変化は政治哲学的には、社会契約論における功利主義からリベラル平等主義への変化だったと言える。20世紀前半までを支配した身分制社会が、建前としては平等が基本の大衆社会に変わりつつあったことも背景にある。リベラル平等主義の革新者であるロールズやセンの正義論が医師にとって切実な理論となった。

 

SDHを学ばなくてはならない、研究しなくてはならないという医師の運動はそういう経過だと理解できるが、最初からそんなことは自然に十分に体感しているはずの一般市民にとってSDHはどれだけ意味があっただろうか。

じつは、その意味がうまれてこざるをえないような別の重要な役者がこの時期登場している。つまりリバタリアニズム、新自由主義の跋扈である。

1970年頃から、第2次大戦後の行き過ぎた平等主義が支配への障害となったと感じる者たちによる反動運動としてこの潮流は急に強まった。一旦解消の方向に向かうと思えた植民地支配は別の形で強化され、先進国内部に向かっても植民地同様の略奪を被る地域や人々が現れた。先進国住民にとっては、新自由主義とは国内に植民地状態がなだれ込んでくることだった。支配する北側・西側にいると自分では思っていた庶民が虫けらのように扱われるようになった。

このなかで、一般市民自身が自己責任論に包摂され、それを内面化し始めた。「たらたら飲んで食べて運動せず自分勝手に病気になったやつらの医療費のために俺の健康保険料を使わせたくない」と言った麻生元首相に言われるまでもなく、自らの病気は自らの不摂生や能力不足のためと思い始めていた。「生活習慣病」というネーミングもそれを助長するためのものだった。それと絡まるように、健康格差・寿命の格差も含めて、生活全般の格差が当然視され激しく拡大していった。

こういう事態の不当さを見れば、市民の常識としてのSDHが必要になってくると思える。であれば、医師向けのSDH解説書ではない、まさに市民向けの解説書が必要になってくる。そして、それは単に知識や自覚を提供するというのではなく、病気や短命をもたらす貧困や屈辱感をなくす当事者、つまり主人公としての自助行動を呼び起こし、かつその行動過程が合理的であることを助けるものでなくてはならない。

その意義は巨大であり、解説書作りが医療従事者と市民の「共同の営み」そのものとなる。

ちょっと長くなったが、以上が僕がSDHの共同組織向けブックレットを作らねばと思った動機だった。

次の段落ではブックレット作りの実際がどのようにドタバタしたものだったかを個人の視点から語りたい。

 

2:

 

そして、SDHの共同組織向けブックレットづくりは民医連の正式なプロジェクトになった。執筆メンバーはマーモット「健康格差」の翻訳に加わった人のなかで、参加可能だった人を中心に構成した。2か月に一度東京に集まる条件はまだその頃はあり、日常的な原稿共有は翻訳のときと同じグーグル・ドキュメントを用いることにした。

 

しかし始めてみると困難は無数にあった。

まず、読者層が一般市民なのか、高齢者の多い民医連の共同組織の人たちなのか絞り切れなかった。全日本民医連の担当役員は、日々自分が接するおじいちゃん、おばぁちゃんの顔を思い浮かべて、石川啄木の短歌を最初に置かれてもその名前を知る人はいないと強烈に原稿にダメ出ししてきた。

 

そしてマーモット「健康格差」翻訳のときは、一橋大学に籍を置く研究者で社会科学の訳書も多い人が監訳者として援助し続けてくれたし、日本評論社の若い編集者が進行をきっちり仕切ってくれた。今回は、その時の経験だけが残っている、出版にはまったく素人の集まりだった。最後の局面で印刷会社の担当者が体裁や挿絵の世話をしてくれたが内容に及ぶものではなかった。

その分、メンバーの妄想は膨れ上がりがちで、編集方針よりなにより「漫画で学ぶSDH」構想が先行した。しかし、まもなく全編を漫画で構成するのはものすごい冒険で、まず無理ということになりこの構想は撤回された。

結局、マーモットの2冊の本「ステータス症候群」「健康格差」(いずれも日本評論社)の内容をわかりやすく伝え、人々が健康の自己責任論から解放されることを目標とする、健康格差を克服するコミュニティづくりの当事者になるという展望については今回は暗示するのみで、その事例や具体的な行動提起は次回にするという編集方針に決まったのは相当に後のことである。

 

それでも漫画を導入に使い、気軽に読んでみようという気にするという構想は捨てがたく、SDHが幾重にも重なった労働者の典型であるタクシー労働者の健康調査に長く携わった服部 真医師の姿を漫画化して冒頭に置くことは実現した。しかし、ここでも、その漫画部分の原作を当の服部医師に急遽依頼したので「自分の人生最大の無茶振りをする人」という称号をもらうことになってしまった。作画は印刷会社がいつも起用する人に依頼した。

 

章建てはマーモット「健康格差」に準じて、子ども時代、勤労時代、老年時代と分けて各時代に特徴的なSDHを扱い、それに各時代に共通する孤立とジェンダー問題を加えてそれぞれに執筆者を立てた。

問題は、このころ爆発的に日本でのSDHの知見が増え続けていて、各執筆者がその新知見をどこまで紹介するかだった。

分かりやすいことと、執筆者の専門領域の新しい知見の追加は両立が難しく、なかなか意見が一致しなかった。この頃の討議を思うとまだ気持ちが暗くなる。集団で何かを創造するというのは、よほどよい条件がない限り互いに傷つくだけという気持ちがしてくるからである。

 

それでもあらためて読み直してみると、例えば無職世帯における乳児死亡率が大企業のサラリーマン世帯の10倍以上になるという2017年の報告や、同じく2017年の職業別中高年男性死亡率において、サービス業労働者は事務労働者の5倍近くもの高い死亡率を示しているといことなど、ほかの本では容易に知ることのできない衝撃的な心痛む事実が記述されているし、そのほかの部分でも読みどころが多いものに仕上がっている。詳しすぎてわかりにくいのではないかという心配は必要なかったのかという気がしてきた。

 

ブックレットは2020年2月の民医連総会(熊本)でお披露目できるように制作を急いだが、実は間に合わず、総会では予告だけで1か月遅れで発行された。しかし、ご存じのように、その時すでに新型コロナのパンデミックが始まっており、華々しい普及活動はあきらめざるをえなかった。そうはいっても「健康格差」がよく売れて5千部、6千部だったのに、このブックレットは5万部くらいは出ているはずである。

 

今後、新型コロナの・パンデミックが一段落つけば、より新鮮にこのブックレットも読まれるようになるのではないかと期待している。

 

一方、振り返って決定的にまだダメだと思うのは、このブックレットが医師が書いて共同組織の人に渡すレベルにとどまっている点である。

 

次回には、気候危機対策ももう一つの軸に加えた、画期的なまちづくり実践ブックレットが、共同組織の人も執筆陣に加わって、新たに製作されることを期待したい。

 

たとえば、再生エネルギーについて「民医連医療」誌に連載されている和田 武先生の主張によれば、地域が生み出す新エネルギーは、都市部からやってくる大資本によるのでなく必ず地域住民が参加して作り出す形式でないと成功しないとされている。これがまちづくり全体に言えることに違いないからである。

 

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2021年2月21日 (日)

重要なパンフレットの配布が「管理者と職責に」という指定で届けられる場、重要な討議は職責者(だけ)を集めて行う場に平等が本当に育つのか疑問に思う件


月刊151258270_3678040098945384_3366279073316 「民医連医療」の3月号にちくま新書「社会契約論」の著書 重田園江(おもだ・そのえ)さんが執筆していることは、この間の民医連の変化を実感させる。

その文章の中で重田さんは「つまり、自助とは、上下関係や権力関係に基づく支配―服従を脱してその場所においては対等な資格を有する個人が集まり、何らかの共通する目的を持って互いに助け合うことを意味してきたのだ。」ーその意味の自助は、自己責任や自己啓発とは全く違うということを言っている。

 

そして重田さんは「言葉の意味は意図を持って奪還することができる」 

菅(すが)首相たち保守政治家が歪めた自助という言葉を今こそ私達は取り戻し、闘いの武器にせよと呼びかけて文章を結ぶ。

僕は民医連こそ「上下関係や権力関係に基づく支配―服従を脱してその場所においては対等な資格を有する個人が集まり、何らかの共通する目的を持って互いに助け合う」という場だと信じる。 

しかし、民医連では重要なパンフレットの配布が「管理者と職責に」という指定で届けられる。また重大な意思決定を職責者(だけ)を集めて行ったという話もよく聞く。

そういう場に平等が本当に育つのか疑問に思う。

もちろん、事業を行っていく以上、指揮命令系統のラインや職責は必要だが、その一方で、職員間の平等がどう実現されるのかは真剣に討議されないといけないのではないか。

つまり、指揮命令系統のラインを前提にした民主主義からもっと直接的な民主主義に進むべきではないか。

 

たとえば医療生協においても職員が理事に選ばれる場合、ほとんど全部が役職者に限定される。ヒラの職員が、一般の組合員と同じように選挙で理事に選出されることをそもそも想定さえしていない。

僕のところでも最近ようやく、医療生協の総代に職員枠を作ることを提案して、その枠内での職員間の立候補・選挙制度がやっと実現したばかりというレベルだ。

これは今年度、国会で正式に成立した「労働者協同組合」の理念と比べても大いに劣る。

 

短兵急に民医連は労働者協同組合の形態を取るべきだなどと言うつもりは全くないが、職員間の平等をどう担保するかは真剣に議論されないとならないと考える。

 

実は、この職員間の実質的な平等、あるいは平等感の実感こそが、コロナ禍においても災害時においても職員の健康を維持する本当の基礎である。

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2021年2月19日 (金)

重田園江さんが雑誌「民医連医療」に登場 これは事件だ

雑誌「民医連医療」3月号を受け取って驚いたのは、まずこのページである。
おそらく奇書中の奇書と言えるちくま新書「社会契約論 ホッブズ、ヒューム、ルソー、ロールズ」を書いた重田園江(おもだ そのえ)さんが登場している。

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民医連と重田園江の組み合わせにぶっ飛んだ気がした。民医連はもはや僕が知っている民医連ではない.大きく変わったのである。もちろん素晴らしい方向へ。

ウイキペディアでは「専門は現代思想、政治思想史、社会思想史、ミシェル・フーコー研究。アナキスト」とある.152298906_3671445942938133_2949287197144   F23b547398a64f2296e915419afd6da6

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2021年2月18日 (木)

自分で名乗るもおこがましい私

今朝の外来で,ある患者さんが突然「介護保険サービスを受けたい」と言い出した.
要介護度判定の申請につなぐのは簡単だが機械的に右から左へ流すのはだめだと思って,なぜ急にそう言いだしたか聞いてみた.
実は別の大病院にも定期的に通院していて,そこにはあって,うちにはないカード式の再診受付機が上手に使えないから介助者がほしいということだった.もちろん介護保険にはそういうサービスはない(障害者総合支援法にはあるが).
 
脳梗塞後遺症で右手に振戦がある.小股歩行にメネシットを処方し始めたばかりで,そのことの是非にとらわれて,不自由さを全部は捉えていなかったな,と反省したが,再来受付機の問題なら某大病院が少しお世話してくれれば簡単に解決するので,その病院の医事課にすぐに電話した.
このとき「差し出がましい話だが」と言おうとして,この言葉が出てこなかった.しかたがないので「僕が言うのもおこがましいが」と妙な言葉使いになった.まるで国定忠治.
 
そして,再来受け付機の近くに「難しい方はお手伝いいたします.遠慮なくおっしゃってください」の張り紙を貼ったらいいのじゃないかと提案したが,いつのまにかまるで自分の病院で喋っているエラソーな感じになっている自分に気づいた.
こうして内と外の境界がぼやけるのも老化の現れかもしれない.
 
案の定「上司に伝える」という型通りの返事しかなかったが.

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「分人」というのは客観的に観察できる現象


ある医師を観察していると,自分に無批判な医師補助事務職員には甘える猫のような口調になり,幾分か彼に厳しいベテラン看護師には恫喝的な低音で話す.それが同じ診察室という同一の空間においてほぼ同じ時間に起こる.

全く別な人格がそこに現れている気がする.

「分人」というのはこうしてごく普通の人に客観的に観察できる現象である.

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地蔵の名前

全く個人的にだが、この地蔵の名前をある患者さんに因んで「一二三さん」と呼ぶことにした。実際少し似ている.



 

1ヶ月くらい前の雪の日に病院の職員通路に偶然この地蔵を発見し,いろんな人に聞きまわると,まだ少し元気で病院の清掃の仕事に入っていた頃の彼がこれを持ってきて置いてくれたとわかった。

 

僕と同い年で、僕の外来に8年通って、もう昨日になってしまったが、今年2回目の吹雪の日の午後に、病棟で静かに逝った。それを看取ることができたのは僕のせめてもの幸だった。

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2021年2月16日 (火)

生まれてしまったのでやむをえず生きて行くのが生き物だ

強い風の吹く夜半にEleni Karaindrouを聴く。
とくに
https://www.youtube.com/watch?v=vQUBC9Lf8wc
地下を流れる水の水位が上がってくるように満ちてくる何かをぶつけるものもなくて。濃い酒でも飲むといいのかもしれないが、それも手元にない。
このようにして沈黙に耐えるだけの日々の積み重なりを想像する。多くの高齢者はみなそうして来たことだろう。
生まれてしまったのでやむをえず生きて行くのが生き物だ。

 

明け方、そう親しくもなかった川口貞勝さんと一緒に雪道を歩いて、阿部元会長の講演があるはずの会場へ行く道を迷う夢を見た。僕はまだ若くて、無遠慮に「川口さんはなぜこの活動をしたのですか、中央として地方組織に対して指令を出す以外に何を達成したのですか」と尋ねたりしているが、焦っているので答えはなかった。

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2021年2月 5日 (金)

マーガレット・アトウッド

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キリスト教原理主義者が米国国会議事堂を襲撃して権力把握に成功.
USAは滅んで新国家ができ,テキサスは独立,カリフォルニアは反乱して戦争が続く.
女性の知識人は,かってのチリ同様にスポーツスタジアムに収容して次々と公開処刑.
女性を単なる産む機械として劣等処遇.
その道具として女性内部の自治権を与え,女性内部のカースト化を図る.まるで森元首相がやりたい放題に国を作ったかのようになる。
しかし反撃の入り組んだ計画は女性カーストの頂点から組織される.

僕が読んだのは「誓願」だけですが,この小説が高く評価された理由はよくわかります.

Netflixの映画「またの名をグレイス」は見終えて、さてこの映画の意図は?と理解するのに一考も二考も求める難解な作品だったが、これもまた原作者はマーガレット・アトウッドだ。むむ、只者ではない・・・こちらが無知なだけだが。201108_kounosu5858x633

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2021年2月 2日 (火)

非ヨーロッパ旧帝国の連鎖的復活

アウンサン・スーチーさんの拘束と軍事クーデターに驚く。
それにしても、こうした強権政治の背景に中国がいるというのが怖い。自国の支配手法を輸出している感じだ。革命の輸出ならぬ反革命の輸出。
習ープーチンーモディーエルドアン枢軸なんかがそのうちできるのではないか?
いずれも昔ながらの帝国の権力者であることに注目すれば、その不思議さに気づく。(中国、ロシア、ムガール、オスマン)

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2021年2月 1日 (月)

今こそ今西錦司「進化論」のとき

「テルマエ・ロマエ」を書いた漫画家ヤマザキマリはエッセイストでもあり、最近はイタリアの新型コロナの流行をテーマにした「たちどまって考える」中公新書ラクレが売れている。 そのなかに、キューバからイタリアに医療支援団が行ったこと、当人がフィレンツェの画学生だった頃、政府が組織するキューバのサトウキビ刈り支援に参加したこと、キューバの医療が進んでいることが書かれているところがある。85ページ。
僕も2009年に民医連の第一回キューバ視察に加わって、ハバナ近郊を回った。民医連の視察はその後も続いて6回に及び、その記録はかもがわ出版から「医師たちが見たキューバ医療の秘密」「医師たちが見たキューバ医療のいま」という区別しにくい二冊のブックレットになっている。
https://www.amazon.co.jp/医師たちが見たキューバ医療のいま-全日本民主医療機関連合会-視察団/dp/4780310148
僕は二冊ともに短い文章を寄稿しているが、一人当たりGDPが米国の1/7の貧しさなのに平均寿命は米国に並ぶキューバの特異性について述べている。
最初はソ連・東独式の整然とした無料の医療制度と日本の3倍にもなる人口あたり医師数の多さをその理由として挙げているが、2冊目では、いや、そうではなくて医療の無料化に象徴される社会の平等さこそがキューバの健康の秘密だと言い直している。88ページ。
今朝もう一回そのブックレットを思い出して、問題はもう一つあったと気づいた。マルクス「経済学批判」序文で示された史的唯物論の見取り図から言えば、高度な生産力社会を経ずに原始共産制に見られるような平等社会を取り戻せることはないはずなのに、なぜキューバがその例外になれたかという話である。
気候危機、他国の植民地=奴隷化、国内の異常格差の跋扈など、人類の集団的危機に当たっては、マルクスが粗描したような図式的機械的過程を飛び越して人類社会は変化しうるのである。 もちろん後期マルクスはそのことに気づいていたようである。
僕としては、むしろ日本の今西錦司の独特な進化論、種は自ら進化すべき時に進化するという考えに魅かれてしまう。
https://www.amazon.co.jp/進化とはなにか-講談社学術文庫-1-今西-錦司/dp/4061580019

 

まさに今がその時なのだ。

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