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2019年10月31日 (木)

資本主義は地球と人間の自爆装置

価値という抽象的な、いってみれば妄想の類の存在をでっち上げることで、その無限の蓄積という永遠の目標を築くことができた資本主義だが、その価値は具体的な労働と具体的な素材の加工からしか生まれてこないから、終局的にはその実在としての両者を破壊しつくすところに行き着くしかない。言ってみれば資本主義は人間と地球の自爆装置のようなものだ。
 
つまり自爆装置を解除することを革命というのであって、自らが自爆するのは狂気である。

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2019年10月26日 (土)

2019/10/26  医療生協理事会挨拶 

9月8日の台風15号(ファクサイ)に引き続き10月12日の19号(ハギビス)、さらに昨日の21号関連の豪雨で大きな被害が起こっています。気候変化による災害の大型化、頻発化はもう誰も疑わないところで、まちづくりの最大の眼目は災害時の安全確保かもしれません。

 

 

医療生協として災害にどう備えるかという課題を急いで深める必要を感じます。

 

身近なところでは避難所の確保という問題があります。2016年に内閣府が「被災者の健康を維持するために『避難所の質の向上』を目指す」という目的で「避難所運営マニュアル」というものを発表しています。http://www.bousai.go.jp/taisaku/hinanjo/pdf/1604hinanjo_guideline.pdf

 

真っ先に書かれているのは平時の構えです。

 

『防災部局、福祉部局(要配慮者対応)のみで、避難所の運営に係る課題を考えることでは、避難所の「質の向上」は望めません。トイレをとってみても、上下水道、廃棄物、施設営繕、汲み取り、清掃等、様々な部署の参画が必要です。また、避難者の健康維持を考えると、行政職員だけでは、その支援は不十分です。「医療・保健・福祉」の専門職能団体との連携を図りましょう。また、避難者の生活を支えるためには、避難者の要望・希望に沿った支援を行ってくれるボランティア・NPO団体との協働も不可欠です。普段から顔の見える関係を構築しましょう。』とあり、図のような「避難所運営会議」を作ることが勧められています。

 

しかし、宇部市でも各校区毎に2箇所の避難所が指定されてはいますが、地域の医療機関や一般市民が加わる会議が開かれているところはないようです。健文会の各事業所や支部が自主的に災害対策に加わるにはこうした会議を経由する以外にはないので、はやく会議を開き、対策を積み重ねることを草の根から要求していきたいと思います。

 

プライバシーの保てるテント型の区分けや段ボールベッド、十分な数の洋式トイレなどは常識になるべきではないでしょうか。

 

次に、最近の業界雑誌で印象的だったものを3つご紹介しておきたいと思います。最も注目したのは農協病院(厚生連)の雑誌「文化連情報」9月号に掲載されている地域包括ケアのオピニオンリーダーである田中滋氏のインタビューです。有名な「本人・家族の心構え」を出発点にした自己責任主義的植木鉢モデルの考案者です。 

 

読んでみると彼を代弁者にした資本と国の、今後の高齢者の生活に対する姿勢がよくわかります。一言で言ってすごくひどいものです。

 

現場のニーズから出発することはなく、医療も介護も専門家はいまが精いっぱいでこれ以上の活躍など期待してはいけないという居直りが特徴的です。

それを前提として、そこからこぼれる広大な生活支援の領域にあてる専門家はいないのだから、「家族と住民とビジネス」でやっていくしかない、という無責任な姿勢です。

社会福祉士などの福祉の専門家は、生活保護や生活困窮者自立支援という限られた制度に関わる以外には、家族・住民・ビジネスの集まりのフリーのファシリテーターとしてでも活躍すればいいという福祉の専門家の実質上の否定に至っています。

このバラバラの集合が、田中滋さんの地域包括ケアです。田中滋さんの言うことを鵜呑みにして地域包括ケアを構築していけば、医師が福祉や生活モデルやSDHを学ぶ意味などありません。自分の頭は使わず行政の指示に従って自らの守備範囲を超えないように努めるだけの存在となるのです。

 

医療も介護も福祉も自分たちの限界を乗り越え、固定した境界なく住民・当事者と渾然一体の運動体、事業体を作ろうとする私たちの思いとは大きくかけ離れます。

 

ただ、冷静に見て置かなければいけないのは、行政は田中さんの言う方向でやってくるということです。医療や介護は後退・縮小するだけで拡大はありません。いくばくかの援助を行なって拡大しようとするのは住民組織と高齢者ビジネス、貧困ビジネスだけです。情勢をそういうものとして捉えて、妙な甘い期待を持たないということは私達の心構えとして重要だろうと思います。

 

同じく「文化連情報」10月号の二木先生の医療時評も取り上げました。「地域共生社会」は単なる理念と、生活保護と生活困窮者自立支援を中心にしたごく狭い福祉施策の二重の意味で適当に使われている、理念としての「地域共生社会」はすでに死語になっているという指摘です。田中滋さんの福祉に関わる発言の意味が照らし出されていると思えたので資料添付しました。

 

それから開業医さんの団体の月刊保団連10月号『生活保護は機能しているか』特集の吉永 純(よしなが あつし)さんの無料低額診療事業の必要性と展望についての論文も資料につけました。医療が福祉に向かってどう限界を乗り越えようとしているかを読み取っていただきたいと思います。

 

最後に、ワクワクする話を少しだけ付け加えたいと思います。2つの新しい建設が順調に進行していますが、宇部では協立歯科の跡地の利用と、小野田ではディサービスの休日時の利用をそろそろぜひ本格的に考えていただきたいと思います。以上でご挨拶を終わって、今回の議長を指名いたします。

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2019年10月18日 (金)

市医師会の病診連携の地区別懇談会


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市医師会の病診連携の地区別懇談会 の一つに出席した。大半は僕より若い開業医さんたち。この世代になってようやく僕への奇妙な偏見や排除意識が薄れているのを感じる。僕と同じくらいには大腸内視鏡をしている人には盲腸までの自己挿入をどちらが早く達成するか競争しようという馬鹿話をしてみたり、精神科の開業医に「精神科だったらオープン・ダイアローグくらい知ってなきゃ」と言ってみたり、振り返るとほとんど迷惑爺さんになっていたな。

 

ところで、市内を数区域に分けて、その地域にある病院の地域連携室に事務局を担わせて数か所の開業医院の自院アピールをネタに懇談を重ねるというこの企画は僕が思いついたものだとはもう誰も知る人がなくなった。医師会の伝統行事だと思い込まれている。

 

各病院に誕生した地域連携室を横につなげて連絡会をつくるというアイデアが成功したあと、市内でも離島的に独立感のある或る地域では〇〇医会と称して定期的に懇親会が続けられているというのをある先輩から聞いて、ならそれを全市に広げようと思った提案が実ったのだった。その時も、僕が言い出すより話が通りやすい人を探した。

 

思うに、地域連携は会議を開催したりや機構を整備することで完成するのではない。自由にモノが言え、気兼ねすることなく依存できる関係が、あたかもPCやスマホがクラウドでむすばれているようにほとんど意識することなく存在することだろう。それが少しは進んでいる気がした。

 

図は山崎 亮「ケアするまちのデザイン」医学書院から

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2019年10月15日 (火)

雑誌「世界」11月号 暉峻(てるおか)淑子(いつこ)☓と川嶋みどり

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両者とも戦前の特権階級の出身でわずか3歳の違いだが暉峻さんは軍国主義に染まらず終始批判的で、川嶋さんはみごとに軍国少女になった。
この違いについて暉峻さんがやや無自覚に「軍国少女になったと言う人はおかしい、彼らには自己責任がある、人類数百万年の遺伝子の蓄積があれば騙されるはずはなかった」と突っかかっていくのが面白い。
 
川嶋さんは3年の違いが大きいと軽くいなし、中国から引き上げて来たあとの自分史を語り始める。これが圧巻。高女を卒業して日赤看護学校に入るがここがまだ軍隊式。卒業して労働組合に入って下積みの人と膝突き合わせて話し合うようになって自分が軍国少女だったこと、植民地の人を人間とも思わず育ったことの反省に至る。もちろん日赤の旧体質も許せなく思う。
そこで病院ストライキの先頭に立ったら人事上の差別をされて婦長にしてもらえず希望の研修にも行かせてもらえず、希望もしていない外来に飛ばされる。
これは民医連含めて今の病院にも十分ありえるのではないかと思える話である。
しかし川嶋さんが偉かったのは、では自分で学ぶ場をつくろうと思い立って「東京看護学セミナー」を作ったこと。これは「教室のない大学院」と呼ばれて、まさに東京の看護学シーンを変えていくものになる。
 
かけ合わせれば8088歳2乗の二人婆さんの結論は「どう考えても納得できないことを、一人であっても言い続けるということは目に見えない地下水脈を豊かにする。今流れている僅かな水脈の中の一滴となってどこでかで吹き出して本流になる時が必ず来ると思っているんです。」
 
全国の民医連の、人事や研修や配置で冷遇されながら看護に熱い心を持っている看護師の皆さんにぜひとも届けたい対談である。
 
*それはそうと川嶋みどりさんは島根の大山林地主の一族なのだそうだ。田部家だろうか。

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2019年10月11日 (金)

斎藤幸平「大洪水の前に」抜き書き、改変あり

斎藤幸平「大洪水の前に」堀之内出版 2019年 から抜書き(改変あり)

「マルクスのエコロジーは社会的・自然的物質代謝の素材的次元が資本の価値増殖の論理によってどのように再編成され、
そこからどのような矛盾と軋轢ー破滅的な結果ーが生じてくるかを解明しようとするものである。
 マルクスのプロジェクトは野心的であり、膨大なエネルギーが費やされたが、当人の死によって未完に終わってしまった。しかし、資本増殖による「物質代謝の亀裂」を分析する方法論は定式化され、現代のマルクス主義に課せられているのはそれを発展させるだけのことなのである」

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庶民が自由な個性を発揮できた短い黄金期

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江戸末期から明治期の小経営である自作農は、日本の歴史のなかでも珍しい、庶民が自由な個性を発揮できた短い黄金期にあたる存在だったのかもしれない。それが五日市憲法や秩父事件を生み出したのではないか。引き継ぐべき農村の伝統というものがあるとすればそれ以外にはない気がする。
 
広島県山県郡の郷土写真集を定期刊行したり、三段峡と八幡高原を結ぶ小さなバス会社を作った祖父にもその名残がある気がする。写真は祖父の写真を再編集して発行された書籍

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佐々木隆治「カール・マルクス」ちくま新書

僕が持っていて、そのほとんどを暗記している(本当にそんな人がいたらびっくり)大月書店版の「マルクス・エンゲルス全集」は正しくは全集とは呼ばないらしい。せいぜい「著作集」の日本語訳というところ。
 
本当の全集はMEGAと呼ばれていったん挫折した後、まさに現在刊行が進行中。中でも晩年のマルクスの「抜粋ノート」がマルクスの到達点を知る上では決定的に重要で、それが結ぶマルクス像はこれまでの通説とは大きく違うらしい。
 
その一端がこの小さな本でわかる。https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480068897/
45歳の若い人が書いたものだが、価値、物象、素材について斬新な説明あり。第3章「資本主義とどう闘うか(マルクスの1867〜1883年)」が新鮮。9784480068897

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2019年10月 5日 (土)

山口民医連看護委員会主催の研究発表会

 

今日は、山口民医連看護委員会主催の研究発表会で、生協小野田診療所家庭医療科の玉野井 徹彦先生の講演を聞いた。
 
昨年参加した広島大学病院の保育園の2階で開かれたプライマリ・ケア連合学会の指導医講座でも講師を務めていたので彼の話を聞くのは実は2回目だ。
 
彼は卒後10年目くらいの医師だが、僕らと全く違うのは小学校か中学校の授業のような学習会運営が巧みだということである。つまりは優れたファシリテーター。
 
小中の教員養成でも授業の組み立てについて、実に厳しい教育がなされているというのを先日TVで見て、想像とは全く違っているのに驚いたのだが、彼の場合も相当に訓練がなされてきたのだろう。
 
翻って、民医連の医師養成の中には、研修指導を除けば医師としての一般的教育力を身に着けさせる課程はなかった。ワークショップを運営する技法のようなものはきっと確立しているはずだが、僕らは医師として必要な教育力をすべてその医師の天性に任せていたのではないだろうか。そのためアナウンサーと間違えるほど話の上手い石川の柳沢先生のような医師と、けっして話させてはいけない僕のような医師という格差も生まれるうえに、学習会で参加者一人一人の力を上手に引き出せる小中の教員のような医師はごくわずかという現状になっているのではないか。教員では考えられないばらつきだろう。
 
と、そんなことを考えていたのだが、僕が座右に置いているカール・ポランニー「経済の文明史」ちくま学芸文庫を訳した玉野井芳朗さんは、玉野井徹彦先生の大伯父さんにあたるらしい。本の写真がないと僕の投稿らしくないので、蛇足を追加した。

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2019年10月 4日 (金)

         山口民医連 第26回「元気の出る看護症例検討会」挨拶



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まず、このような自主的な学習会が26回も継続されていることに心から敬意を表します。

今回の事前資料を丁寧に拝見しましたが、きわめて質の高いものだと思います。

一言で言えば、「患者中心性」が貫かれているということです。

こんにち「患者中心の医療」という言葉はどこでも使われ、なんでもない当たり前のことのように思われるかもしれませんが、世界の家庭医療学の歴史のなかで厳密に研究された学問的な意味合いをもつものです。それが意識されているにしろしないにしろ、今日発表される演題のいずれにもそれを感じます。それが私たちの看護の質の高さだということにぜひ自信を持っていただきたいと思います。

「患者中心性」に私たちとしていま何か付け加えるができるとすれば 健康の社会的決定要因(SDH)をそれに融合させることです。これは図に示しました。

SDHについて私に関わる最近のことを申しますと、民医連の共同組織360万人の人に届けるSDHをやさしく解説したパンフレットを準備中です。そのなかで気づいたのはSDHの存在を証明したことの本当の意義は、住民を力づけること、つまりエンパワーメントすることであり、そのエンパワーメントには2段階あるということです。今書いているそのパンフレットの序文を資料として付けましたが、その第1段階は健康の自己責任原理という支配側からの健康観の押し付けから解放されることです。第2段階は、たとえ、その健康観の押し付けを跳ね返したとしても、それとは関係なく続く健康破壊の攻撃に対して当事者運動を作り上げることです。この2段階にわたってSDHは大きな意義を持つのですが、今日発表される演題にもそのことについての具体的な気づきが現れていると思われ励まされました。

 

SDHについて少し目先を変えた話を追加したいと思います。

石川啄木という人がいます。1886年(明治19年)に生まれ1912年(明治45年)に26歳でなくなります。

 

死の1年前、結核性腹膜炎で大量にたまった腹水*で入院しましたが、そのとき詠んだ歌に次のようなものがあります。

「わが病の

その因るところ深く且つ遠きを思ふ。

目をとじて思ふ。」

これを日本における健康の社会的決定要因(SDH)の直観的把握の好例だと、上記の序文に引用しようとしたところ、そもそも石川啄木を知る人は少なく、この歌がそのように解釈できる人はどこにもいない、そのような引用は気取ったインテリ趣味であり、とうてい採用できないというパンフレット作成グループの上部の委員会の意見をもらって茫然としました。日本の中学・高校の国語教師の怠慢を非難したい気になりましたが、ちょっと気を取り直して、この歌が収められている歌集「悲しき玩具」を改めて読み直してみました。この歌集は別に買わなくても、ネット上の「青空文庫」でいつでも読むことができます。

*ふくれたる腹を撫なでつつ、

病院の寝台(ねだい)に、ひとり、

かなしみてあり。

 

入院しているときの歌集なので、患者としての気持ちだけでなく医師や看護師が多く出てきます。それのいくつかを下に抜粋しておきますが、看護師についての歌を見ると石川啄木にとって看護師とはなにより手の触覚だったようです。「テアーテ」を提唱する川島みどりさんの主張を待つまでもなく、看護師とは患者に手で触れて癒す存在なのだということが改めて気づかされます。実は、今日の発表にも看護師の「眼」だけではなく「手」の大事さも少し感じるところがありました。

 

〇脉(みゃく)をとる看護婦の手の、

あたたかき日あり、

つめたく堅かたき日もあり。

 

〇脈をとる手のふるひこそ

かなしけれ――

 医者に叱られし若き看護婦!

 

〇いつとなく記憶(きおく)に残りぬ――

Fといふ看護婦の手の

 つめたさなども。

 

〇看護婦の徹夜するまで、

わが病(やまい)、

わるくなれとも、ひそかに願へる。

 

少し長くなりましたが、秋の一日、皆さんがしっかり学び熱く議論されることを願って私の挨拶といたします。

 

資料1(写真)

 

資料2

はじめに  

このパンフレットの目的               (担当 野田)

 

これから健康を中心にまちづくりに関わってみようと思うあなた、あるいはご自分や周囲の方の病気について割り切れない思いを持ち続けているあなたに最新の情報を提供したいと考えて、このパンフレットを作りました。

 

これまでも貧困や不遇こそが病気の原因だと多くの人が直観的に理解していまし

た。

しかし、20世紀後半には新自由主義的資本主義が世界を席巻し始め、病気の自己責任、貧困の自己責任が当たり前のように主張されるようになりました。

「成人病」を「生活習慣病」と呼び方を変えたのも自己責任論普及のためでした。「喫煙者の肺癌には健康保険を適用しない」などの脅かしもありました。それやこれやで政府や財界は自己責任論を医療・福祉の削減の口実に利用してきました。

病気や貧困が本当に自己責任なのかと正面から問い返さなくては、医療・福祉の充実をめざす運動の足場が築けなくなりました。その必要性が高まりました。

それとは別に、世界の健康の実態において大きな危機が生じています。世界の健康は「最良にして最悪」と呼ばれる状態に直面しているのです。確かに2012年に世界の平均寿命は70歳を超えました。人類の歴史的な成果といってもいいことでしたが、同時に南北の寿命の格差も最大になりました。平均寿命の最も短いシェラレオネは47.8歳で最も長い日本82.9歳と比べ35.1歳も短命です(2010年)。これほどの国際的な寿命差は人類史になかったことです。さらに衝撃的だったのは先進国アメリカにおいても2015年から平均寿命が短くなったことでした。イギリスでも90年間続いた平均寿命の延びが止まりました。これらは先進国内の経済格差の拡大が原因と考えられています。おそらく日本も早晩、寿命の短縮に見舞われることが予想されます。 

 こうした事態に対して、貧困や経済格差と健康の関連が世界的に広く検討されました。研究の結果、人間のライフ・サイクルに沿って10以上の社会的状態が健康の悪化を来す原因として証されました。これが健康の社会的決定要因(SDH)です。これによって健康が自己責任だという主張の誤りが証明され、同時に世界の健康格差、健康悪化への戦略が示されることとなりました。

 この解明を推進したのは世界保健機構(WHO)に設置された「健康の社会的決定要因(SDH)」委員会であり、その中でも指導的役割を担ったのはイギリスの医学者マイケル・マーモットさんでした。このパンフレットは、主としてマーモットさんの著書「ステータス症候群」と「健康格差」(いずれも日本評論社刊行)に基づいて健康の社会的決定要因(SDH)について分かりやすくご説明することを目的としています。

 

しかし健康の自己責任論はあくまで新自由主義側の口実でしかありません。自己責任論が事実で論破されても医療福祉の破壊政策が止むことはありません。それを止めさせるのは基本的人権である健康権を実現しようという市民の当事者運動、社会運動以外にはありません。その運動の別名が「まちづくり」です。

このパンフレットでは第一部で個人に影響する健康の社会的決定要因についてある程度詳しくご説明し、第二部で簡潔に「まちづくり」について展望します。

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2019年10月 3日 (木)

石川啄木2

改めて石川啄木「悲しき玩具」を読み直すと
https://www.aozora.gr.jp/cards/000153/files/815_20544.html
 
もう100年以上も前ながら古くならない患者ー医師関係,看護師ー医師関係,患者ー看護師関係の観察がたくさん詰まっているなと思う.
 
それとは別に啄木にとって看護師の特性は手の温度だったようだ。「テアーテ」を提唱する川島みどりさんの言を待つまでもなく、看護師とは患者に手で触れる存在なのだということがうかがわれる。
 
〇廻診くわいしんの医者の遅おそさよ!
痛みある胸に手をおきて
 かたく眼をとづ。
 
〇医者の顔色をぢっと見し外ほかに
何も見ざりき――
 胸の痛み募つのる日。
 
〇ぢっとして寝ていらっしゃいと
 子供にでもいふがごとくに
 医者のいふ日かな。
 
〇そんならば生命いのちが欲しくないのかと、
医者に言はれて、
だまりし心!
 
〇脉みやくをとる看護婦の手の、
あたたかき日あり、
つめたく堅かたき日もあり。
 
〇看護婦の徹夜するまで、
わが病やまひ、
わるくなれとも、ひそかに願へる。
 
〇脈をとる手のふるひこそ
かなしけれ――
 医者に叱られし若き看護婦!
 
〇いつとなく記憶きおくに残りぬ――
Fといふ看護婦の手の
 つめたさなども。

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石川啄木 1

石川啄木1886-1912

死の1年前、結核性腹膜炎で大量にたまった腹水*に悩みながら詠んだ歌。

「わが病の
その因るところ深く且つ遠きを思ふ。
目をとじて思ふ。」

これを日本における健康の社会的決定要因(SDH)の直観的把握の好例だと引用した文章を提出したら

そもそも石川啄木を知る人は少なく、この歌がそのように解釈できる人はどこにもいない、そのような引用は気取ったインテリ趣味であり、とうてい採用できないという強力な意見をもらって茫然とした。

日本の中学・高校の国語教師よ、これは君らの怠慢の結果に他ならない。

*ふくれたる腹を撫なでつつ、
病院の寝台ねだいに、ひとり、
かなしみてあり。

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