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2019年8月30日 (金)

2019.8.31  医療生理事会挨拶


少し暑さも和らいでよかったと思ううちに佐賀県中心に大変な豪雨となりました。山口県でも厚狭川が氾濫しそうになったと聞きました。被害にあわれた方にはお見舞い申し上げます。

 

さて今日は理由あって少し歴史をさかのぼってみたいと思うのですが、ちょうど10年前の2009年8月31日がどういう日だったかご記憶の方があるでしょうか。前日総選挙があり、民主党政権が生まれた日です。


よく、東日本大震災のあった2011.3.11を1945.8.15と並ぶ歴史の分岐点だとする人がおられるのですが、私は少し疑問に思っています。確かに3.11を契機に日本共産党など原子力の平和利用をはじめとした原発容認から即時廃止に変わった団体は多いので、その点だけ見ると大変化でしたが、アメリカの女性調査ジャーナリスト ナオミ・クラインがその著書「ショック・ドクトリン」で喝破していたように、国民が膨大な被害に呆然としているうちに、「復興」を名目に新自由主義がさらに猛威を振るう状態へと突き進みました。漁業権を漁民から奪って株式会社が参入できるようにした水産改革関連法(2018)などその典型です。

 

したがって3.11では原発への国民意識以外には大きく変わっていない気がします。

実は2009.8.31こそもっと大きな歴史的画期ではなかったかと私は思います。ご存知のように3年余りであえなく終わってしまいますが、たとえば「オール沖縄」が辺野古新基地建設に反対する今日の事態は、鳩山首相が普天間基地の県内移転に反対し「最低でも県外」と約束したことから始まっています。それまでは沖縄でもあきらめて辺野古移転を受け入れるという人たちが多数派となっていたのです。

あのとき、なぜ日本全体が鳩山首相に対し「お手並み拝見」「そら、失敗した」という態度にならず全力で応援すると言うことにならなかったか本当に悔しく思います。本人は外務省とアメリカにだまされ恫喝されたと言っているのです。

 

安倍首相は民主党政権時代を「悪夢の時代」とことあるごとに言いたてていますが、その後のアメリカに操られた菅首相、野田首相の時代をおいておくとしても、少なくとも2009.8.31には日本に新しい希望の時代が始まったと感じたものです。

選挙で自民党系以外の政権を樹立することが可能だという認識こそ21世紀を象徴する大変化でした。

 

したがって10年経ったいま、民主党政権がなぜ可能になったかの真剣な振り返りが必要だと思います。民主党政権への国民の失望を支えに安倍政権が8月23日に戦後最長最悪の政権になった今こそその総括がなされるべきです。

 

その考察はとても私の手に負える話ではありませんが、結論だけを言うと2008.12.31の年越し派遣村こそが新しい時代を作った国民的体験だったと思います。

 

当時私たちも防府のマツダ工場の近くで相談会を開き、お金もなく自家用車の中で親子二人で暮らし、吐血下血が続いて貧血のため真っ白な顔になっていた派遣労働者を発見して、ただちに宇部協立病院に入院できるようにして輸血を始めたことを思い出します。

 

リーマンショックで契約を打ち切られた派遣労働者は、契約の打ち切りと同時にホームレスとなって、大挙して東京に向かったのです。この人たちを支援する労働組合と、それまで細々とホームレス支援を続けていた反貧困運動とがここで偶然結びつき、自民党政府に年越しできる施設の提供を迫って成功します。

 

ここで生まれたのは貧困や病気の「自己責任論」は間違っているという世論です。それは新自由主義の下で撒き散らされた誤りに過ぎないということをみんなが理解したわけです。それが翌年の民主党新政権を生んだ力となりました。

 

その後安倍政権が復活して自己責任論をさらに強め、格差は拡大する一方になりました。一旦結びついて大きな力を発揮した労働運動も反貧困運動もまた別々になり、大きな力は発揮できないままでいます。そのなかで生きづらさはますます拡大して、毎日がその頂点だと思える日が続いています。

 

もう一度、これは自分たちの政権だというものを実現するには、だからもういちどあのような労働運動と反貧困運動が自然に一体となる社会運動を起こす必要があります。

 

雑誌「世界」9月号で、宇部にも講演に来たことのある河添 誠さんが言っていますが、労働運動にはいま二つの大きな課題があるといわれています。一つは正規労働者の長時間過密労働、もう一つは非正規労働者の貧困と無権利状態です。しかし、両者が一つのものとして闘われず、特に後者は闘う組織がどこにもないというのが現状です。

 

理事の皆さんは、いま、宇部のタクシー会社の労働組合が全滅しているということをご存知でしょうか。タクシー労働者ほど健康状態の悪い労働者はいないということは、30年間タクシー会社の産業医を続けている私が最もよく知っていると思うのですが、それを当事者として改善しようとする組織がどこにもないのです。


いっぽう反貧困運動の側から言うと、生活保護受給者に代表される働けない貧困者と、働いている貧困者つまりワーキング・プアの間が分断され、互いに反発しあっているのが運動の大きな障害になっています

 

これらの課題を解決して大きな社会運動にするにはどうしたらいいかと思って毎日が暗いのが私ですが、しかし、解決の糸口はやはり民医連、医療生協の活動の中にあるのです。

 

働けない貧困者の健康破壊、働いている貧困者の健康破壊、いずれも私たちのところに集まってきます。私たちは両者を区別しません。対立など生まず闘いに結び付けていけるのが私たちです。

 

そして非正規労働者の労働運動の問題ですが、いま地方の最大の産業は介護になろうとしています。これは確実です。介護しか雇用がないという地域だって全国にたくさん生まれているほどです。

私たちの法人も多くの非正規の介護労働者を抱えています。その人たちが、同じ介護労働者に連帯を求めて闘っているのを「介護ウェーブ」と言いますが、この運動こそ地方における最大の労働運動になる、壊滅したタクシー労働者の運動なども包み込む大部隊になることは確実です。私たちは、この介護ウエーブという産業別・職業別の労働運動を守り立てこそすれ、つぶしてしまうということはありえないのです。

 

それなしに地域の介護を守る、介護保険の改悪に反対するということもありません。

 

言うは易いと批判を受けることは覚悟していますが、反貧困運動も、非正規労働者の産業別労働運動の最有力部隊、労働運動の本当の主役も、実は民医連、医療生協がその手の中に抱えています。私たちがどういう心構えでそのポジションを担うかに社会の未来がかかっているのだと思います。

 

民主党政権成立から満十年と言う記念すべき日のご挨拶でしたので、つい熱が入って失礼しました。今日の議事にはいろんな案件の決定が待っております。心に苦い決定もしなければならないと思います。

そこのところは粛々と議論を進めていただくようお願いして私のご挨拶といたします。

恒例により議長を指名します。

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2019年8月28日 (水)

キム・ジヨン、〜ジョンではなくて

0db156978e3942dbb288bf7bbf757f7e 8月27日は久々の最高齢当直記録更新の日だが、大雨のせいか、救急車もなくウォークインの患者さんも午後9時段階で一人だけ。おかげで長男から「子育てをしている娘を持っている男性なら必読」と言われて借りたチョ・ナムジュ「82年生まれ、キム・ジヨン」筑摩書房(2018年)をさっと読み終えることができた。
 
今この時期まだ読まない人に勧めるべき本だ。
無意味に韓国を嫌っている人の偏見を正すために。
無意識に正規労働者の男性であることの有利さを享受している人の反省のために。
(厄介な仕事はどうせすぐやめる女性に押し付け、男性は長く働くから温存して育てるなどと部長が考えていることがわかる)
職場の不条理に怒りを抑えられない女性にも。(女の敵は女、ということもあるが、敵の女は資本主義、権威主義を内面化させている)
他、いろいろ。
 
ところで読み終えて、最後まで主人公の名を頭の中でKim・Johnと読んでいて、そのことにずっと違和感を感じていたのに気づいた。かってに。
 
ジョンではなく、ジヨンなのだ。漢字では金 志映くらい?この誤りで、少し読書の楽しみを損した。

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2019年8月26日 (月)

1968年とニーチェ

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マルクス・ガブリエルの発言で、1968年の「五月革命」の思想的基盤はニーチェだった、ニーチェとマルクスの融合がそこで目指されていたというのは初耳だった。ほとんど冗談に近いようなことだが本当らしい。

 

しかし、そう言われれば思い出すことがいくつかある。

中央公論社の「世界の名著」シリーズの第一回配本はニーチェだったが、それは僕が中学3年の時で1966年だったように思う。小遣いでは買えなかったので父親にねだったのを覚えている。そうやってトルストイ「戦争と平和」とニーチェの「ツアラトゥストラ」を並行して読んだのが14-15歳の時の読書体験だった。それはどうでもいいことだが、このころ美濃部亮吉さんが東京都知事に当選した(1967)。つまり、世の中が革新に大いに傾いていくころニーチェはもてはやされ始めていたのである。

 

もう一つは1970年、大学1年の時の西洋史の夏休みの宿題が梅本克己「唯物史観と現代 」1967 (岩波新書)を読んでレポートを書くことだった。その中で、梅本はマルクスとニーチェの未来を見る方向は同じでも射程が違い、段違いにマルクスのほうが深いと書いていた。梅本が全共闘にもてはやされていたのは周知のことである。これも上記の話を補強するエピソードだと思う。

 

しかし、ニーチェのようなナチスの先駆者をマルクスと同列視してしまった愚かな時代があり、自分もその中に生きていたということを数十歳も若い人たちから指摘されるのは苦い快感がある。

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2019年8月23日 (金)

齋藤幸平編「未来への大分岐」集英社新書

SDGsも地球環境を人類の共有物=コモンと考えるものだ。ノースダコタのパイプライン敷設に反対するスタンディングロック・スー族と同じ考え方。「自分たちの土地を返せ」ではなく「人類共有の大地と水源を汚すな」と彼らは言っている。彼らを支援する人たちの名前を沖縄の高江のオスプレイパッド建設現場前でで見たのは3年前だった。

一冊の本を読むことで、ばらばらだった経験や知識がつながっていくことほど高揚することはない。16403202_1220000078082744_92200746961319 51vdujo5yl_sx304_bo1204203200_

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未来は僕たちのもの

現代においては(法律用語ではない)労働者協同組合だけが(もっと言えば協同組合による医療・福祉・介護サービスだけが)、起業家精神と労働者の自律と参加による協業の結合を生み出すことに可能性を持っている。つまり未来を持っている。
市民が運営する学校も?

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2019年8月21日 (水)

反ファシズムを掲げるポピュリズム

3.11前後を1945.8.15前後と同等の歴史の分岐点のように言う人は多いが、本当にそうだろうか。もちろん3.11を契機に原発容認から廃止に変わった団体も多いから、そういう意味では大変化なのだが、その他に関して言えば何も変わっていないのではないか。あえて言えば大自然災害だったにすぎないのではないか。
 
しかし3.11に隠れるようにして実は時代を画すような変化はあった。それは2009.9の民主党政権の成立である。米国の介入であえなく潰されたが、たとえばオール沖縄の今日の事態はここからはじまっている。安倍政権の異常な持続や改憲攻勢も民主党政権の自壊への国民の失望の表現といっていいだろう。
 
しかし反自民党政権を樹立して持続させることは可能だという認識がが今の日本社会の変化の本質である。
もちろん野党が共闘すればそれが可能になるというのは実に安易で表面的な見方だと思う。野党を共闘させる力がどこから生まれてくるかが問われなくてはならない。
それは民主党政権がなぜ可能になったかの真剣な振り返りがあって初めて可能になるだろう。そういう意味では2008.12の年越し派遣村こそ共有すべき国民的体験だったのではないか。
 
そのような線で信頼に値する野党共闘を強制する力がどこから生まれてくるかを考えていると、木下ちがや『「社会をかえよう」と言われたら』大月書店2019年は大いに示唆的であると思える。
 
社会を変える力は9784272211210_600_20190821090901 のなからしか生まれてこないだろう。それは介護労働者層に代表されるような正規下層・非正規労働者が無用な分断に邪魔されず手を結んだ労働運動と、高齢者、シングル・ペアレント家庭、障害者などからなる貧困当事者の反貧困運動が正面から「同盟」する形式になるはずである。
 
もちろん木下の新著はその言葉通りには語らず、多様な運動を描き出しているが、それも含めて今後の大きな社会変化の可能性を真剣にさぐって、一つのビジョンを提示している貴重な著作であることは間違いがない。

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2019年8月 9日 (金)

8/4炎暑の京都

96歳で亡くなって広島大学医学部に献体し最近遺骨が返って来た伯母の分骨を一刻も早くしたいという86歳の叔母の希望に押されて、炎暑の京都に突入という暴挙の一日だった。
 
遠縁のお坊さんの手引きで大谷本廟での行事をつつがなく済ませて、後は一緒に行った長男のリクエストで慈照寺(銀閣)を回り、ついで自分のために龍安寺に行くというミニ観光。(タクシーの運転手さんの解説では主としてヨーロッパ人に混じって)庭の前で1時間も座っていると、この間の過緊張状態がすっと溶けていく気がしたので、おそるべし京都といったところ。頭の隅にあった山猫軒はタクシーから眺めただけ。67541153_2303717423044332_68344647638633

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民主党政権樹立から満10年

67367624_2287709261311815_60724949852471 2009年8月30日の衆院選では鳩山由紀夫率いる民主党が圧勝し、自民党から政権を奪取した。
 
それからちょうど10周年が来る。
アメリカの脅迫による民主党政権の変質・崩壊は誰もが知るところだが、なぜ2009年に勝利できたのかという分析を見ることが少ない。昨日の志位演説もそこには及ばない。
 
唯一「闘わなければ社会は壊れる」岩波書店が真っ向からそれに取り組んでいるという気がする。

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2019年8月 3日 (土)

失望の果てに

最近届いたNEJMをめくっていると、アメリカの田舎の医師事情に関する記事があった。
アメリカでも大都市部に医師が集中し田舎は医師不足と医師の高齢化に喘いでいるようだ。
記事の結論は結局ナース・プラクティショナーの養成である。
日本の人口激減地域も一時的にはこの方法で緊急避難するしかないように思えてきた。
家庭医療学を修めた少数の医師とナース・プラクティショナー、社会福祉士からなる闘う集団を作り上げて、これまでを凌駕する住民健康のアウトカムを達成することで次の時代を待つことしか今の僕たちにできることはないだろう。67911945_2301474693268605_29190824254662 67505581_2301475046601903_50698788547560

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2019年8月 2日 (金)

一方的独断的個人的戦対 立ち上げ

衆議院選挙の野党統一候補者選びにいくら市民とともにと言われたって結局俺らの声なんか届かんじゃないかと不満を言っているのも飽きたから「一方的独断的個人的野田Safe_image 選対」を今日から始めることにした。 
「障害ある2議員も登院」の記事
https://news.nifty.com/article/domestic/government/12198-358514/ 
を見ているとまず徳山に立てる候補を思いついた。「リハビリの夜」を書いた車医師の医師だ。それがだめなときに次の候補もほぼ自動連想的に思いついた。

 

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2019年8月 1日 (木)

身近の「天国と地獄」

思い切り涼しくしている僕の診察室に入ってきた同い年の患者さんが「先生、ここは天国だ」と言って診察机に顔を擦り付けていたが、
その一ヶ月後に、予約日に姿を見せないことを不審に思って訪問した当院外来の看護師によってクーラーのない炭鉱長屋で孤独死しているのを発見されたことを思い出す夏が来た。
鍵のない戸を開けると変色した足が見えたのだった。
その後も僕の診察室は特別涼しいままだが。

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