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2019年6月29日 (土)

人口減少地域では、民医連医療の理念は家庭医療学と合流するしかない

民医連の全国的集会といえども、地方の人口減少、医師不足までは言及されない。医師の絶対数を増やすことは最低限の必要条件であるが、それだけでは解決しない。
 
少なくともそういう地域では、民医連医療の理念は家庭医療学と合流するしかない。というのはその道以外には地域医療を再構築できないからである。
 
その規模は日本国憲法との合流や社会疫学(つまりSDH)の合流と同じレベルのもので、もしそれができれば、「縮充」の日本のリーダーとしての医師像が描けるのだが。

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人口減少地域では、民医連医療の理念は家庭医療学と合流するしかない

民医連の全国的集会といえども、地方の人口減少、医師不足までは言及されない。医師の絶対数を増やすことは最低限の必要条件であるが、それだけでは解決しない。
 
少なくともそういう地域では、民医連医療の理念は家庭医療学と合流するしかない。というのはその道以外には地域医療を再構築できないからである。
 
その規模は日本国憲法との合流や社会疫学(つまりSDH)の合流と同じレベルのもので、もしそれができれば、「縮充」の日本のリーダーとしての医師像が描けるのだが。

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2019年6月25日 (火)

ここから与党の暴力が始まる?

三原じゅん子も萩生田も、自民党としては人物をよく見て演説者を選んでいる。
 
ヤンキー、ヤクザまがいの野党侮辱と安倍礼賛を平気で口にできるのは誰か、と考えれば彼らだったのだろう。
 
イタリアの黒シャツ隊、ナチスの茶色のシャツを着た突撃隊もさながらの犯罪性、暴力性の発揮だった。
 
ある意味、街頭での野党への直接的な暴力行為のGoサインだったかもしれない。

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はじめてのバフチン

大江健三郎も頻繁に言及していたミハイル・バフチンをいつかは読もうと思っていたのだが、今日最初の一冊を開いた。ほぼ冒頭から核心に入っていく。
「自立しており融合していない複数の声や意識、すなわち十全な価値を持った声たちの真のポリフォニー(多声)は、実際、ドストエフスキーの長編小説の基本的特徴となっている。」
「自分たちの世界を持った複数の対等な意識が非融合状態を保ちながら相互に作用してある出来事の統一体をなしていく」
ドストエフスキーだけがポリフォニー的な小説世界を構成することができ、それはヨーロッパの基本的にはモノローグ=ホモフォニー的小説の形成の諸形式を破壊した。「ドストエフスキーは本質的に新しい小説ジャンルを作りだした」
まさにこれは医療における家庭医療と伝統的な臓器別・疾患別医療との違いに等しいのではないか。
これまでの診療記録は唯一の語り手である医師のモノローグ、あるいは私小説の世界だった。SOAPという簡便な記録様式があるが、患者の声に当たるSも、主治医という作家=主人公が出会った人の声をその目から記録したものに過ぎない。
これからの診療記録はポリフォニー的に作られるが、それが高度な有機性、一貫性、統一性を獲得するにはどのような構成原理(アルヒテクトニカ)を必要とするのだろうか。51lmoirol__sx337_bo1204203200_

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2019年6月21日 (金)

医療生協総代会挨拶案

夕方から集中して、医療生協総代会の挨拶の原稿を書いた。
4000字強の長文ですが、アップしておきます。ご意見下さい。
「第32回通常総代会の始まりに当たって一言ごあいさつ申し上げます。
昨年の総代会では、協立歯科のリニューアルにとどまらず、大集会室、コミュニティキッチン、総合相談室、ディサービスなどを一箇所に集めた大型の新規複合施設の建設をこの場で議論しました。
8億円に及ぶ建設費の捻出自体は、現在の比較的好調な経営状態の中で格別無理とは思えませんでしたが、
その後の議論のなかで、建設後にその大型複合施設の持つ可能性を十分に引きだし展開する地力が私たちにはまだ不十分と思えましたので、目標を小分けにして一つずつ丁寧に建設を進め、その中で、私たちの力量を一歩一歩鍛えていくという道を取ることにしました。
その詳細についてはすでにご案内申し上げた第4号議案としてのちほどご議論いただくこととしております。
本来であれば、私のご挨拶はその熱心なご討議をお願いして終わりとすべきなのですが、この間の建設議論の中で明らかになった、私たちの運動の長期的な展望の欠如について、私なりに問題提起と若干の提案を申し述べさせていただいて、皆様のご議論の糧にしていただくこととしました。余分なことと思われるかと思いますが、お聞きいただければ幸いです。
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医療生協健文会を取り巻く情勢の特徴はこの3点であろうかと思います。
第一に貧困・格差の拡大がある段階を通り越して、新たな階級構成の固定に至っているということであります。早稲田大学の橋本健二さんはこれを「新階級社会」と名づけています。
第二には、貧困・格差とは相対的に独立して、社会の中における人と人のつながりが次第に絶たれて個人の孤立が深まる一方だということです。現在1年間の死亡者数は130万人ですが、(私が米寿を迎える)2045年には170万人に達します。今の社会のままでは、これだけの死亡者のお世話をする余力はなく、数十万単位の孤独死の発生が見込まれるところです。死後長期発見されなかった場合の住宅の改修は1件当たり700万円に及ぶこともあるとされています。
第三に日本全体の人口減に先立って地方では激しい人口減少が起こり、医療介護の担い手がいなくなろうとしているということです。特に山口県での医師不足は全国でも有数のものになりつつあります。
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貧困・格差についてはジニ係数を用いた長期トレンドが良く使用されます。図の下の線は税金徴収・社会保障給付などによる再分配後のトレンドを表していますが、これをみるとそれほど格差が大きくなっていないように見えます。しかし、ここには皆保険で現物給付されている医療も再分配としてふくまれていますので、格差を小さく見せる役割を果たしています。世界的には恵まれているそれを除けば、図の上の線のような再分配前の急勾配のトレンドが格差の本当の広がりを良く現していると思えます。
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その格差拡大の結果が、「新階級社会」です。就業者5500万人を5つの階級に分類することを前述の橋本さんは試みています。
特徴は、労働者階級が正規と非正規に分離して固定化し、若年・中年が大半を占める非正規労働者階級はまもなく1000万人に達そうとしており、その貧困率が40%に及ぼうとしていることです。非正規から正規に階級上昇することはほとんどない代わりに、正規から非正規への階級転落は増加する一方という傾向は言うまでもありません。正規労働者階級の状況もそれに合わせて急激に悪化しています。
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このことによる非正規階級の健康悪化は特にメンタルヘルス面で著明で、それだけでなく、こうした不安定さの影響で社会全体の健康悪化も進んでいます。
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日本における人々の社会的孤立は、OECDのなかでも際立っており、メキシコと日本が常に孤立度トップを争っている状態です。これは大都市部で著明で、東京の、認知症を発症した独居老人ほど孤立した不幸な存在は世界のどこにもないと表現されているほどです。
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孤立は独立した健康の危険因子で、孤立して閉じこもっている人の死亡率はそうでない人の2倍以上であることが証明されています。
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山口県の人口減少は急速に進んでいます。かって160万人を超えていた時代もありますが、今は140万人を割り、私が米寿を迎える2045年には100万人をきるかもしれません。
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そのなかで山口県の医師数は頭打ちのままで人口当たりでの医師数は全国平均からどんどん引き離されています。全国平均の8割くらいしか医師がいないのです。
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これほど医師数が増えない県は全国でも珍しく、最下位から3番目ということになっています。
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医師は増えないどころか、45歳以下だけを見るとどんどん少なくなっており、この20年間で20%も減少しています。若い医師が消えているのです。これは宇部協立病院の医師の顔を思い浮かべていただければただちに理解していただけると思います。かっての青年医師が全員高齢医師となって病院を支えているだけではありませんか。
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この危機感が医療生協健文会に薄いのは宇部・小野田が県内では例外的に医師が多いからであります。
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しかし、その宇部が二次圏域での医師増減でみると全国344の二次圏域の中で335位で、最下位に近くもちろん大きな減少を見せている地域となっています。
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山口県は若い医師に見捨てられる地域にはっきりとなっており、宇部協立病院から医師が消えて病院がなくなるというだけでなく、県全体から医師が消えるという未来が待っているといえます。
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この三つの情勢の特徴を前に、私たちが長期計画の柱を考えるとするとそれも三つになります。
第一に、これまで進めて来た住民・患者の問題解決能力を高めて、とくに貧困により困窮した人が「助けてといえる」病院であり続けようということです。
第二に、問題解決だけでなく、社会的孤立を支援する、人生の最後まで一緒にいく「伴走型」の支援の出来る病院になろうということです。それには「社会的処方」と呼ばれる多様な支援形態が必要ですが、それを提供するのは、組合員・市民です。そういう人たちが集える病院であってこそそれが可能になります。
第三に若い医療従事者・介護者が残る魅力ある山口県を作る波の先頭に立つということです。
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なお、この「助けてといえる病院」「伴走型支援」という用語は、北九州でホームレス支援活動を長年続けている奥田知志牧師の用語を勝手に借りてきたものであります。
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そして、そのため何をするかという具体的な行動目標の提案に入ります。
第一は、意外と思われるかも知れませんが、医療生協健文会の進める医療のスタイルを「総合診療―家庭医療」に切り替える、それを職員全員が学んで身につける、さらにそれを行政や大学、医師界にも広めていくということであります。
これはなにも突飛なことでなく、三重県や滋賀県はすでに県としての医師養成をその方向に大きく舵を切っております。
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では、大きく舵を切って採用する総合診療―家庭医療とはどういうものかということを簡単にお話しします。私は、それについて、正しくは「家庭―社会医療学」だと思っています。
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総合診療―家庭医療は最近、伝統的な18領域の医学専門領域に加えて19番目の医師の専門領域となりましたが、決してそういう位置づけにある間のではなく、これ一つで伝統的な18領域に匹敵するものです。
そして、総合診療―家庭医療の日本における確立によって、伝統的な18領域が陥っているいろんな困難も解決の道を見つけるというものであります。
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それをちょっと絵にしてみるとこういうことになります
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もう少し内容に立ち入りますとこういう絵になるかと思います。人が生まれて働いて老いて死んでいく過程に空気のように伴走して支援を続けるのが家庭医療で、それに対して、必要に応じて雲から雨が降るように支援するのが専門医療と言う関係です。
総合診療―家庭医療が大事にしていることは大きく言って三つあります。
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1番目は患者中心の医療と言うことです。医師が自分の物語とするのが固い「疾患」と言う言葉なら、患者が病気になって経験しているのはそれぞれの「病い」という物語です。この両者を対等に大事なものとして扱っていくということです
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2番目は目の前の患者さんだけを相手にした医療でなく、その患者さんの抱えている人間関係全体に関わる医療だということです。
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3番目は行政や社会科学の研究者とも協力して、住民自身がコミュニティを健康的に作り変えていくことを一緒にやるということです。それを自ら行動の根拠・エビデンスを作り出しながら進めて行くという方法を重視します。
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そして目標は 患者中心のメディカル・ホーム、つまり住民の共有財産、共通資本としての病院となっていくことです。
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いまから、そんな風に変わっていけるのか、という疑問が聞いておられて、当然湧いてくるだろうと思います。しかし、そうしない限り、病院は地域から消えてしまうのです。
そして、住民が主人公となって病院の運営に関わっていく医療生協は、このような総合診療―家庭医療を目指す病院とのかかわりに比類のない強さをもっているということにほとんど最後の希望を見出すべきだと思います。
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以下の提案は、さらにその具体化です。
在宅医療・介護は総合診療―家庭医療の重要分野です。
まずここに「健文会ブランド」を打ち立てましょう。
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「問題解決型支援」「伴走型支援」の体制をがっちり組みましょう。
「まちづくり戦略企画室」と呼べるような部局を立ち上げ、職員と組合員・市民を結びつけていきましょう。
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その実例は、実は2016年に特別に講演に招いた中野智紀先生が埼玉県幸手市で実践しており「幸手モデル」として彼が話したことを記憶されている方も少なくないと思います。
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そして、その最後に強調したいのが2015年国連総会で採択された「持続可能な発展目標SDGs」を自分たちのこととして受け止めることです。
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SDGsは遠い国連で唱えられている縁遠いことではありません
人類の生存か発展かをかけた、いわば「のるかそるか」の運動が必要だという認識に基づくものであり、経済的に言えば「新自由主義が世界中から収奪を繰り広げていることに対して
地球的な視点からストップをかけ、正義に基づいた再分配を実現する」というものであり、SDGsの推進エンジンは「社会的連帯経済」運動です。その真ん中には私たちも加わっている国際協同組合同盟ICAがいます。SDGsはのっぺりした毒にも薬にもならない運動ではなく、現在の階級闘争の最前線にあるものです。
SDGsの一環として自分たちの運動を意識することが、じつは私たちがこの運動を続けることの意義を与えてくれることであり、どういう分野で何をすればいいかという方法論も指し示してくれるものです。
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とくに山口県では、破綻に瀕している人口減少地域での生活再建の合言葉がまさにSDGsになっていきます。
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このことは、単に山口県だけでなく、2100年、80年後の日本を人口4000万人の死んだように活気のない国にしてしまうか、少なくとも1億、9000万は暮らしている未来のある国にするかという課題の最も肝要な部分がそこにあるということになります。
私の問題提起、提案は以上ですが、ここ一年、二年が無事に過ごせればいい、自分の働いている間、あるいは生きている間、医療生協健文会が維持できればいい、無事であればそれでいいという姿勢では必ず破綻に直面するという瀬戸際に実は私たちは立っています。
きょう、お集まりいただいた総代の皆さん、役員、職員の皆さんがそのつもりで議案討議にに熱心に参加していただけることを心からお願いして、私の開会挨拶を終わります。
ご清聴ありがとうございました。

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2019年6月14日 (金)

ニューヨーク ブロンクスに民医連大学?

ニューヨークの「家庭ー社会医療」アルバートアインシュタイン医科大学モンテフィオーレ病院について 
まずはサイトに書いてあることから。

なかでも歯科医療を「家庭ー社会医療」部門に取り込んであることについて、民医連歯科部は注目すべきだろう。

1978年創立。都市型家庭医療を発展させた。献身的な医師、看護師、ソーシャルワーカー、各種専門家が毎年55000人の患者を診ている。32年間ブロンクスの住民相手にプライマリケアを実践してきた経験によって社会医療の名声は揺るぎないものがある。新生児から老人までの救急、予防接種、外来、歯科医療を担ってきた。インフルエンサワクチンから重症糖尿病やAIDSまで。だれだって、いつ受診してもいいし、その後48時間以内の再診も保証されている。入院患者や末期の緩和ケアも引き受けている。

患者中心のメディカル・ホームモデルを採用していることも自慢の一つ。

Family and Social Medicine

Established in 1978, the Department of Family and Social Medicine plays a significant role in the development of clinical care and training in urban family medicine. Each year, our team of dedicated physicians, nurses, social workers, and specialists provide comprehensive care to approximately 55,000 patients each year. We provide general and specialty care in two primary outpatient clinics of the Montefiore Medical Group, the Family Health Center and Williamsbridge, and have more than 20 affiliated in the Bronx and Westchester, such as Fordham Family and Castle Hill Family Practices.

Through more than 32 years of experience in providing primary and ambulatory care to patients in the Bronx, the Department has gained a reputation for excellence in social medicine. Our patients, ranging in age from newborns to seniors, depend on us for acute care, immunization, sick visits and dental care. Spanning a wide spectrum of social services, we provide everything from flu shots to treatment for severe cases of diabetes and AIDS. Each patient is ensured not only exceptional care but a follow-up appointment within 48 hours. We also offer inpatient and palliative care services for individuals with terminal illnesses.

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2019年6月 6日 (木)

「文芸春秋」6月号 村上春樹

今日の朝日新聞で以下のような記事を読んだので、病院の小さな売店に「文藝春秋」の6月号を探しに行き、運良く売れ残っているのを見つけたので早速読んでみた。
 
「一度だけ父は僕に打ち明けるように、自分の属していた部隊が、捕虜にした中国兵を処刑したことがあると語った。」
というのが、この文章のテーマである。
 
人生の核となるような経験が親から子に伝えられていくことを歴史というのだ、と村上は言っている。その経験は状況依存的で偶然なものに過ぎないが、それ故に集合的な何か、つまり歴史としか言いようのないものに収斂されていく。それを引き受けることが生きていくことだ。それは自分を透明にすることでもある。
 
つまり、近代日本の歴史を考えるとき、僕らは皆コミュニタリアンであるしかない。親から伝えられた歴史を歪めることなく引き受けて、つまり透明になって責任を取るしかないのである。
 
さて、そう短くはないこの文章の中で、唯一引用されている書籍は、昨年僕も興味深く読んだ吉田 裕「日本軍兵士」(中公新書)である。別に知人ではないが、吉田さんにとっては嬉しいことだろう。
 
それからふと思うに、自分は子どもに伝えるクリティカルな経験というものを持っているだろうか。ないのだろうか、よく考えて探せばあるのだろうか。僕の場合、自分の話ではなく、親や誰かから聞いた話になってしまうのかもしれない。61852681_2196638863752189_23659071261208 62015556_2196639763752099_28935897415700

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2019年6月 4日 (火)

立派な革命戦士になる

「立派な革命戦士になる」と書かれた申込書を息子の机の上に見つけた戦災経験者の母親は驚いて卒倒しそうになった。
「自分の卒業試験や国家試験を選挙活動の上に置いてはいけない」と厳しく言われて、友人たちは集まって試験直前の勉強会をしているとき、終日ビラ配りをしていた。
「しかし、それでも一度も卒業試験を落とすことはなかった」と最初に研修医として勤めた病院の院長に言うと、院長は鼻で笑って、自分はほとんど大学にもいかず、金も食糧も持たないで山村工作隊として阿蘇山中をさまよったような1年間があった、渡された新聞を売ってパンを買い飢えをしのいだよと答えた。
なんという粗雑で野蛮な日々だったか。M院長が早世したのもそういう日々が原因だったはずである。
考えてみれば、そのつい5-30年前は特攻隊に志願するのがリアルな時代だった。
戦争に反対するものが、戦争を遂行する側によく似た思考をしていた。
いまはもっと違う領域で、青年の日々を殺している現実が続いているのだろうが。

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when they see us ボクらを見る目

64 ネットフリックスの新作で「when they see us ボクらを見る目」を見た。

1989年に起こった4人の黒人・1人のヒスパニックの少年のえん罪事件の実話の映画化。重くて長くて忍耐が必要だが見て良かったという印象は残る。

事件当時、インチキ不動産屋と呼ばれるドナルド・トランプが法外な値段でこの5人の死刑を要求する新聞広告を出したことが重要なエピソードになっており、彼が今と同じ声、同じ口調でえん罪に問われている少年を罵るTVインタビューも出てくる。実はここが最も訴求力が強い。

オカシオ=コルテスを取り上げた「レボリューション」と同様に必見。

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アンガス・ディートンの2017年の論文

2015年にアメリカの中年白人男性、それもメキシコ系ではない人々の死亡率が上昇し寿命が短くなっていることを発見して注目されたアンガス・ディートンは2017年にそれをさらに補強する論文を書いていた。https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5640267/
そのサマリーだけを意訳してみた。
「中年の非ヒスパニック系アメリカ人の死亡率と有病率が世紀の変わり目から上昇しているという私達の2015年の知見をさらに補足強化する。
全死因の増加は2015年から持続して衰えていない。薬剤過剰使用、自殺、アルコール関連肝臓疾患による死亡率上昇が付け加えられている。これは特に高卒以下の人々に認められる。心臓病死亡率の減少は減速し、ごく最近は止まった。このことは他の3つの死因と合わさって全死因の増加をもたらしている。
白人の死亡率における教育格差は単に増加しているというのでなく、1998年から2015年には大学卒以外では死亡率が上昇し、大学卒では低下した。このことは非ヒスパニック系白人男女の5歳年齢区切りで35-39から55-59歳で一貫して認められる。黒人とヒスパニックの死亡率は低下し続けている。1999年には50-54歳の高卒非ヒスパニックの死亡率は同年齢の黒人の教育とは関連させていない死亡率より30%低かった。2015年には30%高くなった。25-29から60-64歳のすべての段階で同様の交差が見られる。
比較可能な富裕国の死亡率は、前から米国を目立たせるような数字で前千年紀来の低下が続いている。ヨーロッパの死亡率は低学歴層でも低下し続けているし、高学歴層はこの期間もずっとさらに低下した。
多くのコメンテーターは死亡率の悪化は同時発生的な原因によっていると示唆している。特に経済成長の鈍化、デフレ、収入減少によるというのである。我々はこの可能性を検討したが、それが包括的な説明にはなっていないことを認めた。特に、死亡率が低下しているとされる黒人とヒスパニック系の収入は白人より良くない。いくらヨーロッパのデータで死亡率推移と収入推移が一致するという証拠があろうと、大不況のあとでは国境を横断して収入中央値のはっきり違ったパターンが存在する。
我々はまだ予備的だが可能性の高い説明を提案したい。ある生下時のコホートが次のコホートになるまでの不利の蓄積(cumulative disadvantage)が存在するということである。この蓄積は労働市場において、結婚と子どもの数において、健康において認められるが、低学歴の白人が参入する際の労働市場の機会の悪化が進行していたことがそもそもの引き金になっていたというものだ。
多くのデータと合致するこの説明は、深刻な暗い意味を持っている。つまりある政策が収入と就職を改善し、さらに所得の再分配に(一時的に)成功したとしても、政治が死亡率と有病率を逆転させるには多年を要するということであり、現在の中年の人が老人期に達した死亡率と有病率は現在の65歳以上に比べ極めて悪化するだろうということである。
これは諸要因が同時発生的健康に影響するという説明と対照的であるし、だからこそいま中年期にある人が老年期に社会保障とメディケアを受けられれば今よりは良くなることが期待できるということである。取るべき政策の手がかりがないということではまったくない。オピオイドの過剰処方を予防することは、はっきりと効果のある明白な目標である。」1  2

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