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2016年4月23日 (土)

チョムスキー「我々はどのような生き物なのか ソフィア・レクチャーズ」岩波書店2015年の第一講演 「言語の構成原理再考」

這うようにして、ようやくたどり着いた休日だったので、午後、病棟に出かけるまではチョムスキー「我々はどのような生き物なのか ソフィア・レクチャーズ」岩波書店2015年の第一講演 「言語の構成原理再考」をゆっくり読んだ。

*この本については雑誌「民医連医療」2015年5月号に野口昭彦さんが短いが的確な書評を書いている。実はそれを読んで、買ったまま放置していた本をごそごそ取り出したのである。*

いわゆる普遍文法=生成文法が人間の脳内の器官として存在しているというチョムスキーの年来の主張がこれまでになくわかりやすく、かつ新しい知見を踏まえて話している。

言語はおよそ7万5千年前の1人の人間の脳内で、神経線維の新たな結合が起こることにより一気に完成されたというイアン・タタソールの主張が肯定的に引用される。

これは心=脳の中にある一器官、すなわち思考の道具としての普遍文法と、音声によってそれを外在化する感覚運動的な方法の結合が進化上の時間感覚では瞬きする間に不意に生じたということである。

言語が外形的にどう違おうと、奥にある構造は全く同一である。

したがって、そのレベルで発見されることは、日本語研究での発見にしろ、手話研究での発見にしろ、直ちに英語の研究やフランス語の研究に影響を及ぼす。

また、言語は思考の道具であることがその本質なのであって、本来コミュニケーションのためにあるのではないとチョムスキーは言う。非言語的コミュニケーションの膨大さを考えると全くその通りだが、現在のようにもっぱら言語でしかコミュニュケーションできない状態が訪れると、それはそれで人間にとって難しい局面も生むのである。

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