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2016年1月24日 (日)

アセンドリーはないな いくらフレンドリーでも

ネットで読める産経の記事で1月23日の「市民連合」の集会の詳しい模様がわかるが その中で(5)、柄谷行人氏の講演に触れたところがある。 http://www.sankei.com/politi…/…/160123/plt1601230028-n5.html

そのなかで「国会前のデモに国会の側が寄ってきた、それはデモが本当のアセンドリーだから」としているのは、正しくは「アセンブリー」assembly だ。

きっと柄谷氏の滑舌が悪く、記者が聞きそこなったんだろう。

「私たちのアセンドリーが直面した」も「私たちのアセンブリーが実現した」ではないか。

アセンブリーの意味は「直接民主主義型の集会」ということになるだろうか。

オキュパイ運動などで重視されたスタイルで、引き回す主催者の存在を拒否して参加者全員の発言権の平等が原則のようだ。

旧左翼の動員型の集会の対極にあるともされる。

すばやく意思表示するための、手信号など独自の様式が発達している。

木下ちがや・原民樹ら訳 デビッド・グレーバー「デモクラシー・プロジェクト  -オキュパイ運動・直接民主主義・集合的想像力」航思社2015  http://www.koshisha.co.jp/pub/archives/499

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