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2015年12月18日 (金)

デヴィッド・ハーヴェイ最新 インタビュー

デヴィッド・グレーバーの本を木下ちがやさんと一緒に訳していた原 民樹さんがfb上でデヴィッド・ハーヴェイの最新インタビューを紹介していた。

https://roarmag.org/magazine/david-harvey-consolidating-power/

これがすごく面白かったので、後々使うためメモを作っておくことにした。

・・・・

デヴィッド ・ハーヴェイは、我々の時代の指導的なマルクス主義思想家の一人であるが、今日はAK Malabocasの活動家集団の間に座り込み、資本蓄積様式の変転、現代の階級闘争における都市の中心性、およびこの全てが反資本主義のための運動にとって持つ意味について議論してくれた。

質問:この40年間のうちに資本蓄積様式は地球規模で変化しました。これが反資本主義闘争にどんな意味を持つでしょうか。

ハーヴェイ:大局的には、どんな生産様式もそれに応じた特徴ある反対運動を生み出すものだ。それ自体の奇妙な鏡像のようなものだよ。
1960年代か、1970年代を思い出してご覧、あの頃は資本は大企業家の手に握られてピラミッド型に上位下達構造だった。

これに反対運動を起こそうとしたら政治装置の一種として組合主義的な似たような構造を取っただろう。

要するに、フォード主義はフォード主義的な反対運動を生むということだな。

しかし、そういった工業的な社会統合は崩壊して、特に先進資本主義国においてだが、資本の脱中心的形態に行き着いた。それは予想されたより世界に溢れかえった。
まさにその時、反対運動が起こったが、それはネットワークを使い、以前のフォード主義的反対運動のピラミッド型のない脱中心的なものだった。

面白いことに、資本蓄積がやり直す方法で左翼も自分たちの運動を作り直す。左翼が批判している相手の鏡像だということが分かったら、私たちのすべきことも分かるだろう?その鏡をぶっ壊すこと、この奇妙な対称性から抜け出すことなんだよ。

質問:フォード主義の時代、工場が抵抗の主戦場でした。資本が工場を去り都市に向かっている今は主戦場はどこでしょうか。

ハーヴェイ:最初に言っておくけど、工場形態は消えたりしていないよ。バングラディシュや中国にそれはちゃんと残っている。問題は、中枢的な都市における生産様式がどう変わったかだ。例えば、運輸業は巨大に膨れあがった。配達業者は今日巨大な価値を作り出している。

車を作る方がハンバーガーを作るより重要だと言えると思うかい?だが、不幸なことに左翼はファーストフード労働者を組織するというアイデアを嫌うんだ。

この数十年ものすごい数の労働者の移動がサービス業界に向かって起こった。
1970年代の雇用の最大手といえばGEやフォードやUSスチールだった。今はマクドナルドやケンタッキーやウォールマートだ。
話を戻すと、かっては、工場は労働者階級の中心地だったが、いま労働者を見つけるのは主としてサービス業界だ。で、車を作るよりハンバーガーを作ることが重要だとは言えないわけだ。

古典的な労働者階級像はサービス労働者や運輸労働者やレストラン労働者やスーパーの労働者の価値生産には当てはまらないよ。

プロレタリアは消えはしない、しかし新しいプロレタリアが存在し、それは左翼が労働者階級の前衛としてきた伝統的な像とは全然違うということだ。そういう意味ではマックの労働者は21世紀の鉄鋼労働者と呼んでもいい位なんだ。

質問:そのように新しいプロレタリアがいるとすれば、抵抗を組織する場所はどこなのでしょうか。

ハーヴェイ:職場で組織するのは難しいな。だって、配達労働者は動き回っているんだから。だから、職場の外で組織するのがいい。つまり地域でということなんだ。

1919年にグラムシが面白いことを言っている。職場で組織し工場評議会を作ることに異存はない、だが我々は地域評議会も作るべきだ、とね。さらにこうも言っている。地域評議会は労働者階級の全体像を理解させてくれる。これに比べれば職場組織では部分的な理解しか生まない。

工場職場の組織者は鉄鋼労働者についてはものすごく詳しくなって行くが、プロレタリアが全体としてどうかということは理解していないものだ。この点、地域の組織は街路清掃員、家事労働者、配達運転手などを相手にする。グラムシはこのことを本当は把握してなかったが、次のように言っている「こっちへ来いよ、共産党なら地域集会を開かなくちゃ」

だが、ヨーロッパでは共産党が地域評議会を作ったのは例外的に二、三あるだけだ。工場評議会を作ることができなかったスペインがその例外の一つである。1960年代はこれが有力だった。
だから、私が長いこと言い続けているように、地域の組織は階級組織の形態と考えるべきなんだ。グラムシはそのことに一回だけ言及したが、それ以上の追究はしなかったな。

イギリスでは1980年台に商業協議会を基礎に全市的なプラットフォームでの労働の組織形態が存在した。これこそがグラムシが示唆したものだった。しかし労働組合運動の中では、商業協議会は常に労働組合の下部形態とみなされていた。
労働組合運動がいかにそれを指揮するかを重視する基本的なものとして扱われることはなかった。

・・・・・地域での組織化の利点ははっきりしている。縦割りの組織化を克服し、コミュニティと集会ベースの組織という新形式に適している。Murray Bookchinも勧めていたものである。

質問:最近の抵抗の波ースペインやギリシャ、あるいはオキュパイ運動ですがーについて、あなたは「局地的な抵抗」というアイデアをお持ちだと思います。これらの運動は日々の生活の諸問題を組織しようとするもので、伝統的な左翼が考えてきた大きなイデオロギー的な問題には関わらないように見えるのですが。

ハーヴェイ:なぜ日々の生活の組織が大きな問題でないなどと言うんだね?私は大きな問題だと思うよ。世界の人口の半分以上は都市に住んでいるし、都市の日々の生活自体が人々がさらされ困難を感じているものだよ。
これらの困難は価値の生産(=労働)の圏域だけでなく、価値の実現(=消費)の圏域にも存在する。

このことは私の重要な理論的主張そのものなんだ。
みんな資本論の第1巻は読むけど、第2巻は読まないよね。
第1巻は価値の生産を扱い、第2巻は価値の実現を扱っているんだ。第2巻に焦点を合わせると、はっきり価値の実現の状況が、価値の生産の状況と同等に重要だということが見えてくるよ。

価値の実現をめぐる階級闘争、例えば購入可能な家があるかどうかというのは、労働者階級にとっては、賃金や労働条件と同じくらいな意味があるんだ。
これは、もし高い家賃で即刻取り返されてしまうなら、高い賃金をもらうことがどんな意味があるかということだね。

マルクスは資本を生産と実現の矛盾する結合として見ることの必要性をしばしば語っている。価値が生産されるところと価値が実現されるところは違う。
たとえば中国では大量な価値生産があるし、合州国のAppleやウォールマートによって価値が実現している。ここで、当然のことだが、価値の実現とは労働者階級の高額な消費による価値の実現だということに注意してほしい。

資本は価値生産の場では賃金上昇をしぶしぶ認めるのかもしれないが、価値実現の場面では労働者階級がそれより高い家賃や住宅ローン、電話代、カード代などなどを払うことで取り返されている。だから、価値実現をめぐる階級闘争、たとえば購入可能な住宅をめぐる闘争だけど、それは賃金や労働条件をめぐる階級闘争と同じように重要なのだ。

労働者階級との関係において、資本家はずっと前から労働者に与えたものはそっくり取り返せるのだと学習していたんだね。
それで、1960年代、1970年代に消費の圏域で労働者が力をつけた程度に応じて資本は消費を通じて価値を引き戻すことにより多く集中し始めたというわけだ。

価値実現の圏域の闘争、それはマルクスの時代には強くはなくて、だから誰も第2巻を読まないわけだが、伝統的な左翼にとっては手付かずの問題になっている。
だから、君たちが、いまの大問題は何ですかなんて質問すれば、私は「なんだって?これこそが大問題じゃないか」って言わざるをえない。資本の概念と価値生産と価値実現の間の関係だね。この二つの間の矛盾を含んだ統一を見ないのだったら全体像をつかんだことにならないよね。
階級闘争はその全部に亘っているはずだし、私としては多くのマルクス主義者がこの問題がいかに重要かについて考えをめぐらせられない理由がわからないんだなぁ。

問題は2015年の時点でのマルクス理解なんだ。マルクスの時代には都市化は比較的手頃だったし、労働者階級の消費主義はほとんど存在しなかった。だから、マルクスは労働者階級は僅かな賃金で命をつないでいる、彼らはそういうことに洗練されていると語ったんだね。資本は労働者階級が好きな道具を自分流に使って生き延びるに任せたわけだ。

しかし今日の我々は、労働者の消費が世界経済の30%を占めるー合州国では70%にもなるー世界に生きている。だから、なぜ、われわれはここに座り込んで、消費問題が無意味だとか、第1巻のみに立脚したり、生産を語って消費を語らないでいられるんだろうね!

都市化がしていることは私たちを消費に向けて強制することだ。君だつて自動車を買わされているよね。君の生活スタイルは都市化の様式によって君にもわからないように命令されているようなものだ。もう一回言おう、マルクスの時代にはこのことは重要でなかったけど、私たちの時代では決定的なのだ。階級闘争の力学の変化を生き生きと認識する組織様式を私たちは見つけなければならないのだ。

質問:その変化を前提にすれば左翼ははっきりと組織活動の戦略と様式を適合させなければならない、それは何のために組織するかという概念と同じく重要だと思いますがどうでしょうか。

ハーヴェイ:アナーキストや自律主義の伝統から来て最近の運動に自分たちの特徴をしっかり刻印したグループがあるけど、彼らは伝統的なマルクス主義者よりももっともっと深く日々の生活の政治の中にはめ込まれているね。

私はアナーキストにはとても共感している。彼らはこの線ではうまくやっている。消費の政治学を正確に扱っているし、消費主義がどんなものかという批判もだ。

彼らの目標の一部は日々の生活をこれまでよりも新しくて違った原則で変え、認識することである。そこで、私としては政治的行動の大半が日々の生活の問題に向かっているという点こそが決定的だと思うんだ。しかし、君たちがそれは大きな問題ではないということには賛成しない。

質問:そこで、南ヨーロッパを見てみると、ギリシャの連帯ネットワーク、スペインやトルコの自主組織、これらは日々の生活における基礎的要求を社会運動に仕上げるという点が決めてになっています。これは期待できるやり方だと思いますか?

ハーヴェイ:とても頼もしいと思うね。しかし、そこにははっきりした限界があって、そこが問題だと思う。限界というのは、権力を握るということにある時点で気後れするということなんだ。Bookchinは最近の本でアナーキストにとっての問題は権力の重要性を認めることへの拒否感、権力を握ることにおいての無能だと言っている。Bookchinはそれ以上のことを言っていないのだけど、私はそれを国家をラジカルな変革のパートーナーになりうる存在と認めることへの拒否だと考える。

アナーキストは国家を100%の敵だと考える傾向があるんだ。たしかに抑圧的な国家が公共的なコントロールから外れている例はたくさんあるよ。間違いなく資本家の国家とは戦うべきだ。しかし、私たちが国家権力を支配すること、1936年から37年のバルセロナ、そしてスペイン全土で起こったことのストーリーを君がしっかりとつかむということは、それとは別だ。

権力を握らなければならないところで一瞬たりとも権力を握ることを拒否した結果、スペインの革命派は国家をブルジョワとスターリン派の共産主義の手に奪い返された。そしてブルジョワ国家は再建されて革命派の抵抗を粉砕したというわけだ。

質問:1930年代のスペインの話はその通りかもしれないけど、現在の新自由主義国家の強大化と福祉国家の退却を前にすると、国家のどこが征服したり把握したりするものとして残っているんですか?

その話を始めるまえに、左翼は巨大インフラ建設についてはあまり通じているとはいえない。ブルックリン橋について詳しいかい?どんな社会も巨大インフラ、全都市的なインフラが必要だ。例えば水道や電気供給だね。私が思うに、そういうことができる、これまでと違う組織の仕方について左翼には大きなためらいがあるように思えるな。

政府の機構にはいろんな側面があるよ。ひどい新自由主義国家においてもそうだよ。疾病管理センターなんてものすごく重要だ。それがなければエボラ出血熱などの世界的疫病にどう対処できるだろう。アナーキスト的なDIY(=do it yourself) =日曜大工的なやり方ではできない。君だって国家的な形態のインフラが必要なことがたくさんあるだろう。地球温暖化に対しては、対決と闘いだけという脱中心的な形態では対峙できないんだ。

いろいろ問題はあるが、オゾン層破壊を防ぐために冷蔵庫のクロロフルオロカーボン(フロン)使用漸次廃止を決めたモントリオール議定書は良く取り上げられる例だね。あれは1990年代にうまく実行できたわけだが、そのためには直接民主主義の集会とは全く違った機構が必要だったんだ。

質問:アナーキストの視点からいうとそうしたものは、WHOのような超国家的組織で置き換えられるんじゃないかと思いますが。ボトム・アップで作られて、最終的には世界的な意思決定ができる連邦組織ですね。

ハーヴェイ:ある程度はね。しかし世間には常にある種の上意下達はあると気づかなければならないし、説明責任や賠償請求権には僕らだって直面するんだね。

温暖化問題一つとっても、地球全体の立場で考えている人々と、たとえばハノーバーかどこかでそれを現場で扱っている人々の間には複雑な関係がある。そして「なぜあいつらの言うここと聞かなくちゃいけないんだ?」というのは驚くね。

質問:では、あなたはこの世界はなんらかの権威が必要だというのですか?

ハーヴェイ:そうじゃないよ。だがどうしたって権威主義はなんらかの形でいつもあるだろうといっているだけなんだ。どんなアナーキストの集会にでてみても、秘密の権威構造がないというものには出会ったことがないぜ。

その種の集会には何もかもが水平的というおとぎ話がつきものだ、だが私がその集会に着席して観察して考えるのはこんなことだ。

「ああ、やっぱり完全な上意下達だーただ隠しているだけだ」

質問:最近の地中海沿岸地域の抵抗運動に話を戻しましょう。多くの運動が局地的な闘争に焦点をあてていますよね。社会全体の変容に向かうための次のステップはなんでしょうか。

ハーヴェイ:ある時点で社会変革をより広いスケールで組み立て実行することのできる組織を私たちは創造しなければならない。たとえば、スペインのポデモスはそれができるだろうか?ここ数年の経済危機のようなカオス状況においては、左翼は行動することがなにより重要だ。もし左翼が行動しなければ、右翼が次の選択肢になる。

私は考えるんだ―そうは言いたくないのだがー左翼は、まさにいま進行中のダイナミクスからいえば、もっとプラグマティックであるべきだ。

質問:どういう意味でもっとプラグマティックなんですか?

ハーヴェイ:うーん、なぜ私が革命党でもないギリシャのシリザSYRIZAを支持するかということだね。何か違うことが起きる隙間を開いて見せたので、私にとっては前進的な運動だったということだな。

マルクスが次のように言っているのに少し似ているね。「自由への最初の段階は一労働日の長さを制限することである。」

こんな狭い要求がより大きな革命的成果への隙間を広げるんだ。

どんな可能性もどんな革命的な成果もない場合においても、新自由主的緊縮政策の馬鹿らしさに巻き戻ることのない妥協的な解決は探さなければならないし、新しい組織形態が生まれる空間を空けなければならないんだ。

たとえば、スペインのポデモスPodemosが民主的な連邦主義の展望をもつかどうかはとても興味深いな。なぜなら、ある意味で、ポデモスはスペイン全土生まれているたくさんの直接民主主義的な集会(assembly-type meeting)に起源があり、彼らは直接民主主義的構造にとても経験が豊かだからなんだ。

問題は議会のなかで有力政党として上昇してきたことを考慮に入れて、その直接民主主義的形態をある程度固定的な組織形態に結び付けていくにはどうしたらいいかということだ。

このことは団結力についての問題に立ち戻っていく。君たちも同じような道を発見するべきなんだ。なぜなら、ブルジョアや独占資本主義は、そういうことなしに復調し力を取り戻す方法を探っているからなんだ。

質問:福祉国家が退却し新自由主義の間接的なパートナーになったあとに生じた欠落を市民の連帯ネットワークが埋めてしまっているいる(補完物になっている)ことのジレンマについてどうお考えですか。

ハーヴェイ:組織化には二つの道があるね。一つはNGOの爆発的な成長だ。しかしこれは外部から資金が与えられていて草の根的ではない、活動テーマを押し付けるでかい資金源のもつ問題とは戦えない、その活動テーマというのがラジカルではない。ここで福祉国家の民営化について触れておこう。

これは、私には草の根組織とはぜんぜん違うものと見える。草の根組織は人々が自分自身として存在するものだね。「OK、国家は何の世話もしない、だから自分たちで面倒を見るんだ」というものだね。そういうのはまったく違った政治状況においても草の根組織の形式に導くように私には見える。

質問:しかし、たとえば失業者が新自由主義国家によって絞り上げられないように助けることによって資本主義の補完物になってしまうのをどうやって避ければいいんですか?

ハーヴェイ:うん、そこでは反資本家的アジェンダが必要だ、つまり人々と行うグループ学習では、誰でもそれは人々が身を守るのを助けるためだけではなくて、全体としてのシステムを政治的に変革するという組織的な意図があるということを理解する。 これはきわめて明確な政治的企画をもつことを意味している。ただし、それは脱中心化された不均一な運動の型をとるので不確かだ、あるものはある道で行き、別のものは別に働きというようにね。集合的、あるいは共同的企画ではないんだ。

(ここを改めるべきなんだね)

このことは一等先に君が立ち上げた質問に直結する。政治的目的となるものの協調はないんだ。そして危険なのは君が人々が身を守るのを助けるだけで、その政治的な表明は何もないということなんだ。(そこが拙い。)たとえば、オキュパイ サンディ(Occupy Sandy is an organized relief effort created to assist the victims of Hurricane Sandy in the northeastern United States. ハリケーン・サンディの犠牲者を助けるために生まれた組織的救済運動)は人々が家を取り戻すのを援助した、そしてものすごく働いた、しかし結果的には赤十字や連邦危機管理局がしなければならないことを代わりにやったということにしかならなかった。

質問:歴史の終わりはすでに過ぎ去ったように見えます。現実の状況と反資本家闘争の実例を見て、あなたは勝利はなお選択肢であると思いますか? はっきりとね。そして、それ以上だ。ギリシャにおける工場占拠を君は知っているね。生産チェーンを横断する連帯経済が作られている、スペインのラジカルな民主的諸団体、そしてたくさんのいいことがあちこちに現れていることもだ。 これら全ての主体的運動の中に、もっともっと広い政治的関心が必要だという認識の力強い成長がある。 マルクス主義的左翼はこのことに対して少しばかり傲慢に拒否的だったし、私は彼らが間違っていると思う。しかし、同時に、こんなことはどれも、挑戦すべき基本的な権力構造を実際に扱う上でそんなに大きいことだったとは思えないんだ。 今日は、少なくとも国家については話しあったね。そこで、左翼は国家の理論的かつ戦略的な機構について再考しなければならない。

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