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2015年11月12日 (木)

新人に近い職員にも分かるように、民医連の医療理念と国連の健康戦略の流れをスケッチする

会議と残ったカルテ仕事が終わったあと、ようやくにしてものを書き始めるととんでもない時刻になってしまう。
 
今夜書いたのは、民医連の医療理念と世界の健康戦略の流れの構図である。新人に近い職員にも分かるようにという注文はきわめて難しい。
 
果たしてそうなっているだろうか。
 
「民医連の62年間の歴史は、ともに侵略戦争の反省の上に立った日本国憲法と綱領が合流する歴史でもありました。
 
「生活と労働の視点」、「共同の営み」「最も困難な人びとの立場で考える」という医療理念は、まさに憲法25条「生存権」と綱領との実践から生まれてきたものです。(この歴史はこれまで多くの人によって詳しく語られているのでここではこの程度にとどめます)
 
一方、国連を中心にした歩みを見ると、世界人権宣言25条第1項(1948)、WHO憲章前文に謳われた「健康権」も同じく第2次世界大戦への痛烈な反省のもとに確立されたものです。
 
健康権実現への挑戦は「Health for All by the year 2000」という目標を高く掲げた1978年のアルマ・アタ宣言で、プライマリ・ヘルス・ケアPHCと呼ばれる健康戦略に具体化されました。しかし米ソの冷戦下にあって、途上国は大半米ソ支配下の独裁国で、住民の政治参加や自律は実現できる条件がありませんでした。結局この健康戦略はすぐに「選択的PHC」として矮小化されていきました。
新しい健康戦略は1986年のオタワ憲章でヘルス・プロモーションとして再出発します。
WHOは「ヘルス・プロモーションとは人々が自らの健康とその決定要因をコントロールし改善することができるようになるプロセスである」と定義しました。しかし、新自由主義が世界を席巻するなかにあって、その戦略も自助・自己責任の方向に捩じ曲げられていきます。その流れの中に「健康日本21」は位置づけられます。
 
そこで 1997年のジャカルタ宣言、2005年のバンコク憲章で新しい世界戦略が生まれます。健康の社会的決定要因SDHに基づくヘルス・プロモーションです。これは2008年のWHO健康の社会的決定要因委員会の最終報告「Closing the gap in a generation」で決定的な姿を現しますが、その本質は正義・公正の立場からの新自由主義的健康破壊の克服にあります。
 
Healthy CityやHPHの運動もこのヘルス・プロモーションの流れの中にあるものです。
またSDHに基づくヘルス・プロモーションと民医連が培ってきた医療理念の間には、驚くほどの共通点があります。
 (その後、2012年に国連は新しいプライマリ・ヘルス・ケアを「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ」と「人間中心のプライマリ・ケア」として打ち出しました。「ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ」とは、「すべての人々が基礎的な保健医療サービスを、負担可能な費用で享受できること」を言います。「人間中心のプライマリ・ケア」は日本の総合診療医養成の目標にも影響を与えています。しかし、その評価はまだ定められません。)
 
世界全体が新自由主義に基づく多国籍大企業の激しい収奪、その結果としての著しい格差拡大に同時に見舞われるという世界の歴史の新しい段階にたっているいま、生存権の実現めざした民医連の医療理念は、健康権の実現をめざす世界の流れを摂取し、合流することによって、より普遍的価値を獲得し、新しい地平に達することが展望されます。」
 
 

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