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2015年10月16日 (金)

健康の社会的決定要因SDHが生まれてきた背景

健康の社会的決定要因SDHは民医連の中ではよく知られるようになったが、なぜSDHが探求されたのかという背景について触れられることは少ない。

若干公式的なものの言いようになるかもしれないが、SDHの位置づけを改めて俯瞰してみよう。

出発点とゴールは健康権である。

基本的人権のさらに基本に健康権があることは、ロールズやセンの正義論などでも深められ、確実なものになった。(ロールズの基本財、センの基本的ケイパビリティ)

そこで健康権の実現の道筋が問題となるが、ロールズのいうように理想的な制度を定めることのみに固執する立場では不十分で、実践による接近が必要だとしたのはセンであり、その線で健康戦略の必要が痛感された。

健康戦略の始まりは、アルマ・アタ宣言で有名なプライマリ・ヘルス・ケアだった。しかし、これは啓蒙主義的で、発展途上国に主眼が置かれ、米ソの対立の中で政治に対しては中立的であらざるをえず、目の前にある政権が独裁政権であっても国民の社会・政治参加を訴えられず、失敗に終わる。

次にでてきたのはオタワ憲章で有名なヘルス・プロモーションだった。しかし、これは不運なことに新自由主義の波に翻弄され、結局、自己責任に行き着く個人のエンパワーメントに終わって失敗した。

そこで、次の健康戦略として生み出されたのが「SDHに基づくヘルス・プロモーション」である。ジャカルタ宣言、バンコク憲章でそれは示された。
その本質は、反・新自由主義、反・自己責任原理だということにある。

SDHこそ、理念=空想に過ぎなかった健康権、健康戦略を実現可能な科学的存在にするものである。

SDHはそういう意味で健康・医療政策を立てる時の導きの糸であるし、同時に人間が他者に向き合う時の他者理解の鍵となるところにも大きな意義がある。

それは、唯物論の最新の武器といってよいものなのである。

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