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2015年10月 3日 (土)

運輸労働者の健康について

風の強い日曜日に海岸を散歩していると、ウインドサーフィン用のウエットスーツ姿の50歳前後の男性が笑いかけてくる。知っている顔だが、誰だったか思い出せない。
「ちょっと沖まで行ってきます」と言ってあっという間に沖の小島に帆を立てて行ってしまった。思い出した。S運輸の社長だ。他人の荷物をどう扱うのかは知らないが、自分を運ぶのは随分身軽そうだ。こちらに帰るまで待って聞くと、山口に帰って社長業を継ぐまでは大阪の大会社に勤めていて、その時以来の趣味だという。地場の中小企業経営者のそれなりの豊かさを感じた。

余計な話を書いてしまったが、従業員50人ー70人のほぼ同規模のタクシー会社とトラック運輸会社の産業医を引き受けてみると、社風が随分違う。

トラック会社の方は、運行管理者という国家資格を持つ4人、社長と僕の6人で毎月安全衛生委員会を開いている。労働組合はないので複数の誰かが労働者代表ということになっているのだろう。内容は主に社長がこまめに出席しているトラック協会や地元大企業が関連会社を集めて行なう安全講習会の伝達と、僕が準備するタイムリーな健康講話の組み合わせである。積荷を高く積む「はい作業」の規則など初めて聞くことが多く勉強になる。そもそも「運行管理者」という資格があって運転手の管理を健康管理含めてきめ細かくする制度があることもこの会社で教わったのである。しかし、労働者そのものに会うのは年2回の健診の時だけである。事後指導で呼び出しても応じる人が少ない。

一方、タクシー会社の方は運行管理者が複数いることは確認したが、衛生委員会を開けないままで経過している。以前は定期的に運転手休憩室に出向いて健康相談会を開いていたが、その場所がトイレも改修されないままに老朽化したのでやめてしまった。その後、曜日と時間を決めて病院の診察室のドアを開けて待っているようにしたが誰も来ない。その代わり、車を運転しない僕が頻繁にタクシーを利用すると、運転手が運転を忘れるほど熱心に健診結果の説明を求めてくる。また、自分が受けた血管外科の大手術の説明用紙を取り出して解説を求める人もいる。身内の医療訴訟の相談もある。自分の病院で無い場合に限ってアドヴァイスする。

違いはこうした社風だけではない。最も大きいのは、労働者の健康の違いである。同じ運輸労働者なのに明らかにタクシーが悪く、トラックの方が良い。タクシーは在職中の死亡が、一般人口の5倍近いことを数年前に確認した。

その違いについて、年齢較正後の統計的な有意差があるかどうかを確かめようと思い立ったが、その前に関連する官庁の調査に当たってみた。

国土交通省自動車局の「自動車運送業に関わる交通事故要因分析検討会」が2014年9月に興味深いレポートを発表している。

http://www.mlit.go.jp/jidosha/anzen/03analysis/resourse/data/h25_2.pdf

このレポートは「過労運転に起因する交通事故の予防」が主題であり、2009年から2012年の4年間に運転手の病気によって起こった重大交通事故は約500件で、そのうち3割で運転手は病気で死亡しており、その8割が脳・心臓血管で、過労の影響が大きいということが述べられており、考えさせられることが多い。
それだけでなくその背景にも周到に迫っており、これが参考になる。
タクシー労働者と長距離トラック労働者について平均年齢、年間所得、労働時間、健診での有所見率を比べると、58歳-47歳、300万円-425万円、2400時間-2600時間、72%-58%と相当な差があることがわかる。

実はこれだけだとタクシー労働者の健康に大きな問題があることのみが強調されすぎてしまう。

ほんとうはタクシー労働者もトラック労働者も全産業の中ではずば抜けて健康が良くないのである。

その結果、脳・心臓疾患の労災認定件数も、10万人あたりでみて、全産業0.73、トラック5.20、タクシー2.91という驚くべき差が生じている。ここでタクシーの方が低いのは発生数とは別に、認定されにくさがあるように僕には思える。

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