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2015年9月 8日 (火)

谷川道子訳 ブレヒト「アンティゴネ」光文社古典新訳文庫2015/8

久しぶりに本業の文芸評論

今日はゆっくり読んでいた 、あまり厚くない本2冊を読み終えた。

一冊は川崎協同病院の和田浄史先生の「終末期チームケアアプローチ」日総研2015年。有益な情報が多い上に、担当した死亡患者全員のリストバンドを保管し、一周忌となる日には家族に近況伺いの電話をしている話など、到底足元には及べない実践も知ることができる。

もう一冊は、谷川道子訳 ブレヒト「アンティゴネ」光文社古典新訳文庫2015/8である。

この本を今日読んだことは或る意味があると、一日の終わりに気付いた。

物語は、ギリシャのテーバイ(かのオイディプスの国である)の独裁者が遠国を侵略して最初は大勝利に酔ったが、最後はその遠国から大軍が押し寄せて滅亡するという話である。もちろん、ナチスドイツがソ連を侵略して、逆にソ連にベルリンを占領されるという結果に至るという話との類似が主題である。

したがって、オイディプスの娘であるアンティゴネが、独裁者の裏切り者として処刑されて死体を荒野に放置された弟を正式に葬ろうとして投獄され、自ら縊死するという話は、ストーリーの付け足しに
過ぎない。

しかし、弟への無残な扱いに勇敢な抗議をする女性像が優に物語の主題になっている。その抗議にこそ、独裁者が敗れさらねばならない必然性を示されている。

独裁者への苛烈な抵抗こそ未来を切り拓く女性の役割だ。

今日の野田聖子は、幾分かアンティゴネだったのである。

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