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2015年8月23日 (日)

立憲主義についての素人論議

憲法は96条によって改正できるとはいえ、憲法を制定した権力、すなわち国民を憲法制定者というその位置から引き下ろすことはできない。

すなわち、国民主権は絶対に変えられないものである。
憲法96条を使って、国民主権を例えば自民党主権、あるいはアメリカ主権に変えることは理屈のうえで考えられない。
それは現在の国家を破壊し尽くしたうえでなければできない。例えば武力クーデターによる憲法停止がそれである。逆にもし少しでも国民主権に手をつけて変更しようとすることがあればそれは国家への反逆であると言える。

これを敷衍すれば、国民の基本的人権、なかんづく平和的生存権、健康権は、主権者の生存の前提だから、これも決して変えられないものであって、ある一時期の国民の意識が、民主主義の名前を使って手をつけられるものではない。その行為も国家への反逆と言えるだろう。

こういう硬い枠組みを認めることを、立憲主義というのである。

法律(立法)は憲法の枠内で 行われるべきだという立憲主義の解釈は随分貧血した立憲主義だと思う。

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