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2015年8月31日 (月)

中村 哲講演会

8/30の宇部市の講演で、中村 哲さんは、今後はもう私のような日本からのアフガニスタンへの貢献者は出ないだろうと言った。

もちろん、アフガニスタンの発展はアフガニスタンの国民が責任を負うべきだ、これからのリーダーはアフガニスタンの現地の事業の中で生まれるということが趣旨だ。

だが、一方、日本人の若者のありようが変わったということもある。
これは何人もの志願者が彼を訪ねて去っていることを踏まえれば重い発言のような気をした。

それから、現政権は日本人の権力への従順さの中でこそ安全なのであり、アフガニスタンでああいう振る舞いをすれば五十回は暗殺されかけただろうと言い切ったのは痛快だった。

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中村 哲さんが言っていたことの中でもう少しメモしておくべきことがあったのを思い出した。

現在自分がしている灌漑水利工事は対象が人口10万人単位の小さなものに過ぎないので、これをアフガニスタン全国に広げることを夢見ている。生きている間にはできない可能性が高い。しかし、そのためのリーダーは日本から来なくてもアフガニスタン人のなかから現れるだろう。

灌漑水利工事には、日当500円くらいを払って村落共同体から労働者を雇用している。アフガニスタン人は物を上手に積み上げるのが好きで、市場でも果物が売れることより上手に店先に積み上げることを大事にする。石を積んで堤を作るのも好きなようでいつまでもやっている。堤に柳を植えると堤が強くなり、かつ運河も日本のようにセメントの3面張りではないので自然の植生が根付く。

自分の土木技術は江戸時代並み。故郷福岡県の郷土史を読み、筑後川の古い水利装置を見て、模倣しているが、それで十分。それを試行錯誤で改善する。ただ流体力学の基礎は独学した。

工事は村落共同体に依存して行っているが、この共同体は日本で言えば戦国時代の半農半兵の組織で、すぐにライフルをそろえた1個中隊程度の武装組織に変わる。それに守られているので自分は安全。都会にある病院にいるときのほうがむしろ危険。

村落共同体の中には、もちろん外に出ればタリバンである人、ISである人もいる。みんなそれは知っている。そんなことで村の中で騒ぎ立てたり、対立はしない。それは日本の会社の中に自民党員もいれば共産党員もいて平和なのと同じ。灌漑工事はそういうことは関係ないこととして進める。八百長のきわみと言うか・・・。

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