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2015年8月16日 (日)

木下ちがや他訳「デモクラシー・プロジェクト」デヴィッド・グレーバー著  航思社2015年  

このお盆は、同僚の弔事にともなう急な当直交替から始まるということになったが、後半は連日の病棟当番が割り当てられていた。

要するに、ずっと病院にいるのである。

昨日の夕方は別の同僚を診察して救急車で大学病院に搬送するという事態にも遭遇した。深夜に奥さんから来た連絡で少し安心したのだが、最有力な働き手を欠いて自分もしばらく身動きが取れなくなりそうだ。

そういう中でも、今日の午後はすこし手の空いた時間が生まれたので、診察室に居座って宿題だった書評を書いてみた。素人だからすこぶる拙いものだが、この本が読まれるきっかけになればいい。だが、数日前に寄った東京駅丸の内北口の丸善4階では平積みされていたからそう心配することはないのかもしれない。

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木下ちがや他訳「デモクラシー・プロジェクト」デヴィッド・グレーバー著  航思社2015年

 安倍政権の特異さは、グローバル企業の自由な経済活動を保障する新自由主義政策の乱暴な推進者(支配階級が待望していた政権)という側面と、新保守主義に基づく戦後初の軍事大国化路線の推進者(支配階級や欧米からも懸念される歴史修正主義)という二つの顔を併せ持っているところにある。

 このような政権が出現する背景は、資本がグローバル化すると同時に、国家としてはアメリカ「帝国」の圧倒的覇権が揺らぎ始め、中国・インド・ロシアが台頭してきた混乱のなかで、副官としての軍事大国の位置を日本が狙える可能性が見えてきたことによるのだろう。  

それを踏まえた上で、現在大きな政治的争点になっている戦争法案に反対する立場は二つあると言える。

一つは安倍政権の総体に反対し、安保条約反対、自衛隊違憲論、新自由主義経済路線反対を統一して追求するという立場である。

もう一つは、自民党のなかに戦後受け継がれてきた「軍事小国主義」を守り、自衛隊の武力行使、1960年安保からの逸脱を許さないという立場である。

今日、重要なのはこれら二つの立場が相互の違いを認識しながらも、二つの立場が合流して、まずは何よりも軍事大国化という安倍政権の妄執を粉砕することである。

その先に新自由主義的経済政策撤廃の展望が見えるはずである。

以上が、最近まで私(1952年生まれ)に近い世代が持っていた情勢論のおおよその姿ではないかと思う。

しかし、気づいてみれば、時代は私たちを抜き去って、私たちの想像しなかった運動形態が生まれてきているのではないかという気がする。

それは特に、この夏、全国に広がった青年層の運動から受ける印象による。

やや時代が下って振り返れば、2010年から始まるチュニジアのジャスミン革命、エジプトのタハリール広場蜂起、アメリカのウォール街占拠(OWS)運動、ギリシャの「シリザ」政権成立、スペインの左翼政党「ポデモス」の進出、台湾の立法院占拠運動、香港の雨運動傘と世界を連鎖的につないで行った運動の一環だったとみんな思い出すのではないか。  

前置きが長くなった。

そういう印象を私に与えたのが、標題の本である。FaceBook上で翻訳者代表の木下ちがやさん(後出「新自由主義」の訳者の一人)に直接勧められたのが手に取ったきっかけだった。  

著者デヴィッド・グレーバーは1961年生まれ、イェール大学で文化人類学を教えていたが、2005年政治活動を理由に解雇され、今はロンドン・スクール・オブ・エコノミクスの教員となっている。私見だが、理論的には渡辺 治監訳「新自由主義」作品社2005年で広く読まれたデヴィッド・ハーヴェイに近く、実践活動でも協力し合っているようである (http://www.bookforum.com/inprint/020_02/11675)  

この本は2011年のウォール街占拠運動(OWS)の中心となった経験から、今後の民衆運動を広く論じて、日本でいま広がっている青年の運動を理解するうえで今欠かせない一冊になっている。まさに時宜を得た出版だといえよう。

  さて、この本のテーマは大きく分けると理論的課題と運動の方法論からなっている。

理論的課題は「新自由主義とは何か、それに対抗していく運動(オルタナティブ)は何か」ということである。 新自由主義が、金融資本主義を先頭にして、経済的生産を犠牲にしながらも多くの人や国を負債で拘束し略奪を続けることを特徴にした資本家階級の権力回復運動(反革命)だとするのはハーヴェイとほぼ一致する。

そしてそれに対抗するには、直接民主主義による大衆運動と、政府の二重権力構造を創出が必要だとされる。そこで挙げられている成功例はボリビアのエル・アルト市とモラレス政権の関係、メキシコのサパティスタ運動とメキシコ政府の関係であり、これもハーヴェイの「反乱する都市」作品社と一致している。

「借金は返すのが当たり前」、また「労働規律はどこでも必要だ」という、知らず知らずのうちに私たちが捕らえられている「債務の倫理」、「労働の倫理」が見事に覆されるのも本質的な論議であり、小気味が良い。

そしてこの本の特徴はなんと言っても、今後の運動の方法論、技法論であり、これはハーヴェイの本にはないものである。

「真に民主的な社会を作る」にはどういう運動を展開すればよいかという問題意識で、水平的な合意形成型意思決定と直接民主主義の歴史と方法が詳しく論じられる。

「連邦制」というアメリカ合衆国建国にあたって採用された画期的な民主的方法が、実はインディアンの「イロコイ連合」の直接民主主義に源を持っているという興味深い話も語られる。

全員が参加して議論するジェネラル・アッセンブリ(全員総会)の重要さ、その中で作られるワーキング・グループの動かし方、集会のファシリテーション(討議促進技法)、手信号の使いかたなどは、今後の民医連運動にとってもヒントになることが多い。

一貫して批判されるのは垂直型の上意下達的組織における強制である。

この方法論が「新しいアナキスト」のありかたと名づけられているので、抵抗を感じる活動家も多いかもしれない。

だが、この技法や潮流についていま関心を持たなければ、冒頭に触れた、反安保派と軍事小国派の協同や、青年層の運動の理解に大きな躓きを生じてしまうだろうと思える。

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