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2015年6月18日 (木)

医療生協総代会 理事長挨拶の原稿

医療生協総代会 理事長挨拶の原稿を会議中に書いた。

今年は当医療生協創設25周年に当たりますが、私個人にとっても民医連医師生活40年目の記念すべき年です。
そろそろ自分の仕事に一定の結論を出さなければならないと思っています。

合わせて、今期理事会の任期もあと1年です。

次期と未来につながる私の構想をここでお話ししたいとおもいます。

現在の医療・介護の焦点である地域包括ケアが主題です。

これをもとに、職員幹部の世代交代と次世代育成を進め、一緒に実現してくれる新しい幹部をこれから1年かけて探し育てようと思っています。

まずこれが地域包括ケアの概念図です。

厚生労働省が作ったものに過ぎませんが、医療従事者にとって重要なのは、病院での治療中心から、地域生活を営む患者の全体像に視点が移動していることです。これはパラダイム・シフトと言うべき大きな転換でした。

これは「医学モデルから社会モデル」への発展を説いた障害者の全面的社会参加のための国際(障害)機能分類 ICFの立場にも一致するものです。

しかしこれが私たちにとっての地域包括ケアの意味全部です。ただそれだけのことです。極めて簡単なことに過ぎません。

しかし、現在年間126万人の死亡者数が2025年には160万人を超えて増える超高齢社会、多死社会をどうやり過ごすかということ問題は一時期避けてとおれない大問題で、この医療、介護、リハビリ、住まい、生活援助の五輪の輪の連携はどうしても必要になってきます。
だが、ここには、労働や環境の視点が全くないことからもわかるようにこれが地域包括ケアそのものではありません。

しかし、政府の考える地域包括ケアもこのようなレベルにとどまっていたわけではありません。

まずは、2000年開始の介護保険が唱った「介護の社会化」は幻想だったという驚くべき厚生労働省高官の宣言で始まりました。介護保険を縮小することが出発点でした。

問題はそこでとどまらず新自由主義的な国民からの略奪の大きな領域として発展させられたことです。ついにはTPP参加、労働法制の改悪ー派遣主流の雇用形態と並んで新自由主義政策の三本柱の一角として国民のまえに浮上してきました。

その最新のモデルがこの植木鉢型の構造です。

土台に新自由主義的な自己責任を置き、その上に、住まい、生活、医療、介護とサービスをならべていきますが、その全てを商品化、市場化することこそが、政府の新自由主義的地域包括ケアの目標です。
経済力のない人間は孤独死を自然死として受け入れることが強制されます。
互助はそこにはありません。互助はコンビニや宅配業者に丸投げされます。地域からの互助剥がしです。
また、医者もいません。医者は新専門医制度で、地域ごとに定数が定められ、急性期大病院にあつめられます。専門医の資格を失えば使い捨てです。地域からの医師剥がしです。

これに対し、私たちの目指す地域包括ケアは、医療や介護を地域住民からお金を吸い取るための葉とするのでなく、まさに医療と介護を健康権という大地を深く穿った根とする大木のイメージで、そこに咲き実る花や実が個人の自律が保障される生活や、尊厳に満ちた死なのです。
まさに政府の植木鉢型モデルを180度転換したものと言えます。

そして、この大木と同じ大地に並んで立つ、自治の大木、教育の大木、自然環境保護の大木、労働と生産の大木が森を作ることを私たちのまちづくりと呼びます。

さて、この私たちの地域包括ケアを建設して行く道筋ですが、医療、介護、地域での生活という三つのプラットフォームを想定して、それぞれに働きかけて全体方針を立てる司令塔を作ることが必要です。
この司令塔がないことには、補助金が出るから偶然にグループホームを作った、小規模多機能施設を作った、空き家があったからディサービス始めてみたという、昔の温泉旅館の建て増し建て増しで作る奇怪な構造ができるだけです。

社会そのものを、健康権実現のため変えて行くという設計図をもった地域包括ケアにするには、どうしても、三つのプラットフォームを見据えた司令塔が必要です。

そしてその司令塔は三つあるというのが、今日お話することの中心です。

第一の司令塔は、全県全市をにらんだ、県連ー法人合同の高度な戦略本部です。
病院医療システム、在宅システム、地域生活援助システムの全てに通じた司令部ですから、やはり相当の不断の努力を求められるし、場合によっては法人外にシンクタンクを設置する必要もあると思います。そういう意味では、総力を傾けて作るべきものだと言えます。

第二の司令塔は医療生協組合員の生活援助活動を進める組織です。目標は地域住民による地域ケア会議の創立です。
言い換えれば徹底的な互助です。
しかし、これは思いついたことをなんでもすればいいというわけでなく、今日の社会医学が到達した健康の社会的決定要因sdhの解明を積極的に採用すべきです。

貧困や社会格差が健康を損なっていることを解決することが健康権実現の課題と今日呼ばれているわけですが、その解決はここに示したsdhの一つ一つを改善して行くしかないのです。胎児期幼児期の貧困、教育からの排除、失業の恐怖、ブラック労働の根絶、カロリーばかり多いジャンクフードを追放すること、酒やタバコ、さらには危険薬物に手を出してしまうような追い詰められた生活、社会参加を妨げる公共交通機関の不備の8点を解決することを意識的に追求しながら、生活援助、互助活動を大規模展開することが重要です。その発展の自治体や国の責任を問えば、互助が公助に変わります。

なお、この8点は固定されたものでなく、その後の発表を見ると、住宅、地域環境の2点を加えて10点になっています。

sdhの共通点を抽出すると自律、参加、援助ということになりますが、これが全ての人に保障されることこそ、現代世界の正義だということも付け加えて置きたいと思います。

WHOは、現代世界を「不正義が多くの人々の命を奪っている」世界だと言っているのです。

医療生協に集う地域住民の使命は世界正義を実現することだとも言えます。

これをよく自覚して大志を持って、生活援助活動をすすめましょう。

医療生協組合員のこうした活動を支える組織部員はコミュニティ・デザイナーと呼ばれる役割を担うもので、これはこれなりに研修を積んでもらう必要があります。

)同じような目的で県連として取り組まなければならないことのもう一つは、民主的な多職種協働を全県的に広げる活動です。
県内の大学を横断した多職種協働を恒常的に学ぶ講座の設置を、自らの事業所をフィールドとして提供することを前提に、県当局や各大学に働きかけて行くことなどをやっていかなければなりません。

さらには「まちづくり学部」を医学部、看護学部を巻き込みながら地元大学に作るような提案も、今後のまちづくりを壮大な規模で考えるには必要なことだと思います。)

第三の司令塔は、生活モデルを医療の現実の形としての総合診療ープライマリケアシステムです。
プライマリ・ケア学のエッセンスを抽出すれば、総合診療科を中心に、内科、整形外科、精神科、歯科、訪問看護がまさにコア・ユニットとして構想されてくるだろうとおもいます。

それはこのようにマツダのロータリーエンジンのような形になり、それぞれの辺が地域社会の医療や介護や市民組織に結びついています。

このコア・ユニットをエンジンとして回転させることこそ、地域包括ケアの医療の実際に他なりません。このモデルを示すことこそ、民医連医療の現代の使命です。

そして、エンジンがフル回転する時、その回転軸となるのが、現在の地域連携室が脱皮して飛躍的に能力を高めた地域連携拠点室だと思います。

この三つの司令塔ができれば、地域に暮らす人にとっ怖いものはなくなります。

こういう見通しをもって、その実現のため渾身の努力をこの一年やって行きたいという決意を述べて私のご挨拶といたします。

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注)「国際生活機能分類-国際障害分類改訂版-」(日本語版)

平成14年8月5日
社会・援護局障害保健福祉部企画課

5-2. 医学モデルと社会モデル

 障害と生活機能の理解と説明のために,さまざまな概念モデル16)が提案されてきた。それらは「医学モデル」対「社会モデル」という弁証法で表現されうる。医学モデルでは,障害という現象を個人の問題としてとらえ,病気・外傷やその他の健康状態から直接的に生じるものであり,専門職による個別的な治療というかたちでの医療を必要とするものとみる。障害への対処は,治癒あるいは個人のよりよい適応と行動変容を目標になされる。主な課題は医療であり,政治的なレベルでは,保健ケア政策の修正や改革が主要な対応となる。一方,社会モデルでは障害を主として社会によって作られた問題とみなし,基本的に障害のある人の社会への完全な統合の問題としてみる。障害は個人に帰属するものではなく,諸状態の集合体であり,その多くが社会環境によって作り出されたものであるとされる。したがって,この問題に取り組むには社会的行動が求められ,障害のある人の社会生活の全分野への完全参加に必要な環境の変更を社会全体の共同責任とする。したがって,問題なのは社会変化を求める態度上または思想上の課題であり,政治的なレベルにおいては人権問題とされる。このモデルでは,障害は政治的問題となる。

 ICFはこれらの2つの対立するモデルの統合に基づいている。生活機能のさまざまな観点の統合をはかる上で,「生物・心理・社会的」アプローチを用いる。したがってICFが意図しているのは,1つの統合を成し遂げ,それによって生物学的,個人的,社会的観点における,健康に関する異なる観点の首尾一貫した見方を提供することである。
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