サポルスキー「老人に地図を教える」
サポルスキー「老人に地図を教える」(「サルなりに思い出すことなど」みすず書房2014年 70ページ)
面白く読んだのに、読み終わったあと、ふと胸を衝かれるような気がする話。 観察していたヒヒたちがなぜかいっせいに姿を隠したので、サポルスキーはすることがなくなり、マサイ族の人たちの治療をしてすごした。
遠い山のほうから結膜炎の老人(といっても60歳くらいで、僕よりは若い)がやってきて、治るまでの1週間くらい、サポルスキーのキャンプの側にいた。
治って帰ろうとする日、サポルスキーは遊び心で老人に聴診器の使い方や地図の見方を教え始める。
そのうち、自分たちの周囲の風景が地図に表されていることを理解させるのに必死になる。最初はなんのことか分からなかった老人は、不意に雷に撃たれたように息が荒くなった。地図を理解したのだ。
そしてその次はくすくす笑いながら何度も、実際の山々と地図上のしるしを交互に指差し始める。 急に老人は静かになり、「お前の家はこの地図のどこにあるのだ」と聞く。
サポルスキーは走り出し、老人が小さな点に見えるあたりで「ここ」と叫んで帰ってくる。老人は舌打ちしながら、地図の真ん中をとんとんと叩き、「俺の家」という。
それから老人は帰り始め「さよなら、ホワイトマン」という。サポルスキーが「さよなら、マサイ」というと面白がって笑って消えていった。
この老人が死ぬ日も近かったのだろうが、ともかく彼は死ぬまでに地球の広さを理解できた。
こんな何でもない話に僕が胸を衝かれる気がしたのは、朝からわからず屋の皆さんの理解のできない反応に会ったりしつつ相手の気持ちを忖度しつづける環境にいるせいだろう。
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