私の地域包括ケア論
Ⅰ 地域包括ケアをどうみるか
第2次大戦後の高度経済成長期が終わり、長期永続的な低成長時代に入ったとき、かつての若年労働者が一斉に後期高齢者となる超高齢社会がやってきた。そういう時代を背景に「地域包括ケア」が国民生活をめぐる政治の焦点になった。
2015年には126万人だった年間死亡者数が2025年には160万人以上に増え、このままでは年間40万人の死に場所が見つからないというのは深刻な事態で、これに対処する政策が必要なのは当然である。
だが、政府の描く地域包括ケアの本質はそこにはない。
最初は拡大する一方の公的介護保険の強制的な縮小を動機として構想された。たとえば元厚生労働省保健局長の宮島俊彦は「地域包括ケアの展望」(社会保険旬報 2012.10.11号)で、介護保険(2000年)の目標だった「介護の社会化」は幻想に過ぎなかったと断定して、その縮小の必要性を唱えている。
そこにとどまらず、地域包括ケアはTPP加入、労働法制改悪などとならぶ国民生活破壊の新自由主義政策の柱の一つとなった。
医療・介護・生活援助の3領域全般にわたる営利化と上からの統制・統合の手段にほかならず、「新自由主義的自己責任原理を土台にした地域包括ケア」と呼ぶことがふさわしい。
しかし、私たち、圧倒的多数の国民や医療介護従事者の描く地域包括ケア像はそれとは180度違う。急性期疾患を対象にした病院治療の偏重から生活全般に関与する医療・介護へ、「キュアからケアへ」の転換という言葉で表現される変化こそ私たちが考える地域包括ケアである。それは「健康権に根ざした地域包括ケア」と呼ぶべきものである。
したがって、同じ「地域包括ケア」という名称を使っていても、そこには国民生活全般にわたる新自由主義的略奪を進めるか、健康権に根ざし多くの市民運動と連携して民主的な地域づくりを進めるかという全く真反対を向いた二つの潮流があるということになる。
それを踏まえて、政策上の衝突点をいくつか提示しておきたい。
第一はサービス提供のあり方である。地域医療での大規模なタスク・シフト(業務範囲の移動)が狙われ、地域医療からの医師剥がしというべき政策が進行している。
看護師に従来は医師のなすべきだった医療行為(特定行為)を担わせ、介護職に喀痰吸引ほかの身体ケアを担わせるというものである。
医師は「新専門医制度=地域別専門医定数制度」のもとに急性期医療に閉じ込められ、専門医資格を更新できなくなったときに「かかりつけ医」として地域包括ケアの外回り役を割りふられる。それは究極の医療保険、介護保険の縮小策である。
そういうタスク・シフトを許さず各専門職を大幅に拡充することが私たちの対案である。
第二は住宅問題である。住宅は「自宅(持ち家・賃貸)」、「サービス付き高齢者住宅」「特養やグループホーム」の三つに整理されるが、いずれにしても政府側にとって住宅とは看取りの場という意味しかない。そこで狙われるのは、保険外の外付け医療・介護の制度化と拡大であり、貧困者には自宅での孤独死が強要される。
私たちがそれに対置するのは、住み慣れた自宅を基本にした全ての居住の公費による改善・補助と医療介護の公的保障である。
第三は生活支援である。ここでは住民の互助が強調されているが、政府側にはそれを適正に育成する意図は全くなく、生活支援を市場にして大手コンビニや宅急便業者に丸投げしようとしている。そのとき住民の互助組織は大手業者にとっては妨害でしかないので住民互助は排除されて行く。これは「地域からの共同剥がし」とし言うべきものである。
これに私たちが対置するのは医療機関と住民が協力しあう生活支援拠点作り、住民が中心の地域ケア会議の創設である。そのための十分な公的援助を行えば、政府の言う「互助」と「公助」の壁も消え、全てを公助化できる。
第四は地域包括ケアを担う総合診療医の養成問題である。政府側はまったく積極性を見せていないどころか、第一で触れたように医師の関与を削減しようとしている。
私たちが望むのは,多職種協働のなかで真価を発揮する大量の総合診療医の養成である。これは地域の中小病院、開業医院と住民が協力して当たるべき課題である。
これらの意味で、地域包括ケアは進歩と反動の熾烈な闘いの場になっており、住民と医療・介護の専門家の共同が今ほど必要なときはない。
Ⅱ 健康権に根ざした地域包括ケアをめざして、何をなすべきか
1 法人完結型でなく地域完結型の地域包括ケアに向けて機構と人材を充実させる
急性期医療のネットワーク、在宅医療・地域ケアのネットワーク、コミュニティ単位の生活支援ネットワークの3者をシームレスに結びつけたシステムをめざして、理事会を先頭に学習と地域分析を進め、国や県の政策、自治体の動向、また他法人の動向を正確に調査・把握し、地域完結型の地域包括ケア構想のリーダーシップをとれるようにする。そのため、全ての法人あるいは県連に「地域包括ケア戦略本部」ともいうべき恒常的な司令塔を設置する。
そのなかでも在宅医療連携拠点と地域包括支援センターの連携を軸にした、医療と介護の連結点を作り出す。
将来的には住民主催の地域ケア会議が地域包括ケアシステムの中心となることを目標にする。
2 共同組織とともに、SDHの改善を掲げた生活支援活動を推進する
各種住民組織、自治体との協働を深めて、コミュニティ単位の生活支援ネットワークを作る。
高齢者の孤立をなくし、誰一人孤独死をさせないという決意で、自治体への要求、自治体との協働を進め、運動と事業の統一を図りながらさまざまな地域支援事業・ボランティア活動の組織を進める。生協連とも協力する。
こうした画期を担う組織担当者を育成する。
反TPP運動、反貧困運動、労働と雇用の破壊に繁多視する運動、女性の権利拡充運動、子育て支援運動などとも広く共同して、幅広く住民の生活擁護の地域の拠点作りを進める。
3 住まい対策を強化する
住み慣れた住宅に住む要介護者の居住条件の改善、援助に努める。それに役立つのであれば空き家を利用した住み替えなども検討する。
サービス付高齢者住宅や グループホーム、ケアハウスなどさまざまな高齢者住宅建設の事業を進めながら、その営利的な運用には住民の監視を強める。
全日本民医連の1県連 1特養建設運動に結集する。
4 地域包括ケアの医療を担う「病棟―在宅ー診療所」の協働を強化する
病院総合診療科+内科+整形外科+精神科、歯科、訪問看護ステーションの協働を基礎に、地域包括ケアに積極的に対応する病棟や在宅部門の役割を飛躍させる。
総合診療科は病院-診療所―在宅を横断する科として構想し、法人内にかぎらず地域包括ケアのフォーメーションを作り上げることを使命とする。
病棟と在宅の関係を全地域的に強化する。
5 診療所外来、病院外来は大量に潜在する「外来以上、在宅未満」の患者の需要を掘り起こして援助する「まちの保健室」活動の核となる。
6 居宅介護事業所の力量を向上させる
定期巡回・随時対応型訪問介護看護を飛躍的に強化する
小規模多機能居宅介護やグループホームなどの地域密着型のサービスを強化する
7 後継者対策と地域包括ケアの実践を直結させる
地域包括ケアの核としての総合診療科の形成を医師養成の中心目標にする。
県単位で大学横断型の多職種協働教育を進めることを地元大学や県当局に対し積極的に提案していき、学生を育てるフィールドを地域に作る。
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