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2015年5月10日 (日)

帝釈天で産湯

東京国立博物館で「インドの仏」展を見る。

同じ博物館内で開催中の鳥獣戯画展は館外で1時間、館内で1時間待ちという盛況だが、こちらは静か。

鳥獣戯画は京都の国立博物館で見た気がするので、あまり惜しくはない。

それよりもコルカタ・インド博物館所蔵の仏像はどれも興味深い。

ごく小さい子供の頃に、西本願寺が出版した漫画の御釈迦様の伝記を1000回くらいは読んで覚えていたことが次次に思い出されきた。

今住んでいる町にルンビニ幼稚園というのがあるが、ルンビニというのはブッダの生まれたところの名である。

しかし、なにより「帝釈天で産湯を使い」という寅さんのセリフのわけがわかったのが大収穫、というと主催者に悪いだろうか。

ブッダの母親マリ夫人が右腋窩からブッダを産んだ時とりあげたのが帝釈天だからだった。

弥勒菩薩が今から56億年以上後に人類を救いに現れる未来の仏だというのも知ったが、その頃、人類はいないし、地球だって膨張する太陽の前にどんな風になっているかわからない。

その時、あっと驚く弥勒の像も作っておいた方がいいと思うが、それはなかった。

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