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2015年5月 5日 (火)

略奪の道具としての都市のブランド化とレントの問題

NHKの「世界ふれあいまち歩き」に限らず、BSのチャンネルを回せば(本当に回している人は見たことがありませんが)世界の都市の観光番組が絶えず流されている。この連休のTV番組でもそれは普通に見ることである。

これは都市のブランド化というべきことだ。ロンドン、東京、NY、パリ、バルセロナ、イスタンブール、SFなどなどには他の都市にない何か独特な価値があると人々の心に刷り込んでいる。

この効果は、これらの都市に流れ込むグローバル資本の利潤を著しく高める。多くは、あらかじめ買い占められた土地の価格や、大型建造物(コンベンションセンターの隣の大型ホテルやオフィスビルなど)の賃料=レントの高騰だったりである。

オリンピックの会場になることはそれを倍加する力もある。かってバルセロナはオリンピック会場になったが、当時の国際オリンピック委員会の会長だったサマランチはバルセロナに莫大な不動産を持っていたので大儲けしたのである。

この背景には、近年の世界の資本が生産よりもサービスや投資や貧困者からの略奪に依存しなければならなくなったことが大きく作用しているので、この傾向は全ての都市に共通である。

産業資本よりも、地代・賃料で稼ぐ資産や貧困層からの略奪を旨とする金融・サービス業資本が優位に立つ時代の特徴である。

今は、大阪が一つの焦点だ。関西財界は遅ればせながら大阪もそのようなブランド化した都市にしたい。そのために邪魔な地方自治は破壊しておかないと地ならしができない、ということで、もうすぐ住民投票をしかけている。

だが、こうした都市のブランド化は、グローバル資本にあるジレンマを呼び起こす。ブランド化のいくつく先のディズニーランド化、都市の特徴の商品化は、せっかく賃料を独占的に上げる理由となっている都市の卓越性や魅力を損ねてしまうからである。

ここに対抗勢力がこうした都市で反転攻勢をかける可能性が開けて来る。古い町を守れというだけの後ろ向きの運動でなく、グローバル資本が見つけ出したその都市の卓越性を商品化させずにさらに発展させる運動が組織でき、それが世界中と連帯するオルタナティブなグローバリズムを作ることができれば展望が開けて来る。

これはよほど考えないとできることではない。ボローニャの協同組合主導の都市生活などが数少ない手本となると言われているが、キーワードは生産と、自然と、文化や生活の非商品化ということだろう。

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