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2015年5月22日 (金)

民医連医師の出自について および 医師の社会的自己像に潜む問題

尊敬するJICAの超ベテラン 高井正夫さんと僕の一問一答。
高井さんに無断で再構成してみよう。
あまりに単純化してしまったので当たっているか、当たっていないわからないのだが、僕ひとりに関しては正しいので。
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高井正夫さん:
このテーマで思い出したのですが、黒澤明監督の「天国と地獄」の山崎努の独白。
戦後の横浜あたりの医局員って、本当にこうだったのですか?
自由法曹団や民医連に自分の未来を重ね合わせた世代の始まりというのは、「高度成長期」が終わり、一気に社会矛盾が出て来る1970年前後かなと考えています。.

野田 :『自分は借家住まいで、夏は暑すぎて眠れず、冬は寒すぎて眠れず、それにひきかえ、丘の上には庶民を見下すかのように大きな豪邸を建てて優雅な生活を送っている人間がいる。同じ人間なのにその差が許せない。あちらは「天国」、こちらは「地獄」』・・・という部分ですね。

戦争直後の民医連の医師は、戦前転向組から始まり、それに中国・シベリア帰り組・レッドパージ組が加わりました。しかしこの層は今の民医連には必ずしもまっすぐつながらないと思います。

今の民医連につながるのは、おっしゃるのとは少しずれて、高度経済成長期に貧困な層からも国立大学医学部進学が可能になったことを反映している人たちだと思います。「白い巨塔」の財前五郎君もそうですが、そういう上昇志向を持たない1/3くらいの人が民医連に来たのではないでしょうか。

したがって彼らは「天国と地獄」の犯人像と重ならないわけではありません。

いまはふたたび、格差の広がりの中で貧困層からの医学部進学が途絶えてしまって、民医連としては大苦戦という状況ではないでしょうか。
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そこで話は高井さんのいう「このテーマ」にもどる道が見えてきた。
この時代の医師の「社会的自己像依存」は深刻で、0になった自分に向き合えるような教育が可能かどうか、という話である。

話題の発端は、佐世保高校生殺人事件の加害者の父親が自殺した理由を論じていた雑誌「世界」6月号の座談会だった。

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