小説「クリミア島」・・・「現代思想」2014年7月号「ロシア特集」奈倉有理「島になったクリミア」
昼休みに古い雑誌を読んでいたら、面白い記事にぶつかった。
「現代思想」2014年7月号「ロシア特集」の中にあった奈倉有理「島になったクリミア」である。
1977ー1979年、ソ連時代のロシアで書かれ、作家が1980年アメリカに亡命したことで出版できた小説「クリミア島」が取り上げられている。
クリミア半島が半島ではなく、黒海の真ん中あたりに浮かぶ島であるというのがフィクションの始まりで、1917年のロシア革命の際、白軍が逃げ込んで独立国となり、その後は西欧並みの資本主義的繁栄を築き上げたという設定である。
一方、ソ連本土はスターリンによって全土が牢獄化され、スターリンと同じろくでなしの独裁者ヒトラーをスターリンが見つけてきて戦争を構え、多くの国民を死なせたあげく勢力圏を広げ、スターリン死後も本質は変わらなかった。
あらすじをここまで読むと、これは中国本土と台湾や香港の関係に重なって見え、けっしてありえない設定ではないと思わせられる。
ところがある時からクリミア島では、ソ連と合併して、全体主義の牢獄ソ連を内から変えて行こう、それがクリミア島の歴史的使命だとする勢力が政権を握るようになり、ソ連とも合意が成立する。
ついにソ連の代表団を迎える日が来る。歓呼の声を上げて迎える住民に、突然ソ連軍の戦車と戦闘機が襲いかかって、繁栄したクリミア島は滅亡する。
かくして人々の善意を呑み込んで全体主義の牢獄ソ連はさらに生き延びて行くのである。
大陸との交流を進めようとする台湾国民党にとっては嫌な思いのする結末だし、香港の運動家にとっては既に起きた過去だろう。
日本に復帰した沖縄もほぼ同じ思いではないか。基地がなくなるはずの復帰で、逆に基地が増え、永久化されたわけだから。
ウクライナを離れてロシアに編入された本物のクリミアではどう受け止められるのだろう。
さて、なぜ、自分がこんな二次的な文章を長々と書いてしまうかというのを振り返ると、地理を土台にして世界を見るべきだ、という関心の現れだったと自己分析できる気がする。
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作者について
日本大百科全書(ニッポニカ)の解説
アクショーノフ Василий Павлович Аксёнов Vasiliy Pavlovich Aksyonov (1932― )
ロシア(ソ連)の作家。カザンに生まれる。レニングラード医科大学を卒業。スターリン時代に両親が逮捕され、厳しい幼年時代を送る。母親は作家のエウゲニヤ・ギンズブルグЕвгения Гинзбург/Evgeniya Ginzburg(1906―1977)で、彼女の流刑地のシベリア極東部マガダンでも数年を過ごした。
1960年に長編『同期生』を発表して一躍有名になり、以後、長編『星の切符』(1961)や短編『月への道半ば』(1962)などを次々と発表し、1960年代の新しいソ連文学の旗手となった。初期の作品で彼は、西欧の文化にあこがれる新しい戦後世代を大胆に描いたため、保守的な批評家からは攻撃されたが、若者たちから熱烈な支持を受けた。
しかし、1964年の長編『友よ、さあ潮時だ』を最後に青春文学と決別し、グロテスクで幻想的な手法を取り入れながら戯曲『いつでも売ります』(1965)や、中編『滞貨した樽(たる)』(1968)などを書く。こういった作風はソ連の公認の社会主義リアリズムから逸脱するものとみなされ、作家活動はしだいに困難になっていった。
1979年、作家たちの文集『メトロポリ』の自主出版の際に中心的な役割を果たし、それが反体制的活動として厳しく批判された。そして翌1980年には亡命せざるをえない状況に追い込まれ、以後アメリカ合衆国に定住、ワシントンDCの大学で教えながら、創作活動を続けている。
亡命以後アメリカで出版されたおもな作品としては、5人の登場人物の交錯する語りを通じてソ連の現代精神史を描き出した長編『火傷(やけど)』(1980)、反ユートピア的風刺小説『クリミア島』(1981)、文集『メトロポリ』が弾圧された事件をモデルにした長編『はい、笑って』(1985)、自伝的アメリカ体験記『悲しきベビーを求めて』(1987)などがある。これらの作品を通じてアクショーノフはつねに現実に題材をとりながらも、さまざまな前衛的な手法上の実験を試み、現代ロシア小説の新しい可能性を切り拓(ひら)いてきた。
ペレストロイカ(建て直し)後はロシアでも全面的に再評価され、過去の著作も新作もロシアで次々と出版されるようになった。そして、亡命直後に剥奪(はくだつ)されたロシア(旧ソ連)市民権も1990年には回復し、その後、アメリカに暮らし続けながらも、モスクワとワシントンDCの間を自由に行き来する生活を続けている。1980年代末以降の作品としては、最初に英語で書き、その後、自らロシア語訳した『卵の黄身』(1989)、スターリン時代を生きたモスクワのインテリ一家を描く大河小説『モスクワ年代記』(1994)や作家の思索の集成『新しい甘い生活』(1998)などがある。
[沼野充義]
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