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2015年4月16日 (木)

H.アレントの「暗い時代の人々」を見つけて

悲惨な病院での1日のデューティがやっと終わった。

イヤホンで「マドンナの宝石」を聞きながら、今朝自宅の本棚にH.アレントの「暗い時代の人々」河出書房新社1995年があるのを見つけて病院に持ってきたのをようやく開いてみる。

H.アレントがどういう人物かもよく知らないときに買ったものだが、全部読んだあとがある。ほとんど忘れていた。
 
とくにローザ・ルクセンブルクを論じた章は色々書き込みがあって、訳が悪いのでその後につながらなかったのだろうが「マルクスのいう資本の原始的蓄積という収奪は何度も繰り返された」というところに目立つ。

(ここは、普通は「本源的蓄積」というのだ。訳者にマルクス主義の素養がなかったということである。)

「資本主義はそれ自体の矛盾で自らの内部に革命を準備するのでなく、資本主義が地球全体を食い尽くした結果みずから崩壊するのだ」とローザが主張し、レーニンがその非弁証法的主張にただちに反論したことなどに、いまより10歳は若い僕が心動かされたことが読み取れる。

なんということだろう。今初めて一生懸命考えていると思っていることを僕はそんな以前に知っていたのである。

それはただ物忘れが進んだということに過ぎないが、いま胸打たれているのは、アレントが、ルクセンブルクを常に周辺的マージナルな存在だったと論じているところである。

そう思ってしまうのは、僕自身が人生のどこをとってもマージナルな存在だったからにほかならない。

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