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2015年3月13日 (金)

医療安全集会での挨拶原稿

明日の民医連の医療安全交流集会で、急遽、冒頭の挨拶をすることになった。

僕は滑舌が限りなく悪く、しかも、まだ自分でも良く分かっていないことだけを話したい癖があるので、たいてい参加者を困らせることになる。

そこで、例によって、挨拶原稿をあらかじめここにアップして、少しでも聞き取ってもらえるようにしよう。

「こんにちは。天候がいつの年にも増して不規則になっている中で、全国各地から、多数のご参加ありがとうございます。 開会に当ってご挨拶申し上げます。

医療安全の領域は医学界の中でも進歩が非常に早い領域で、民医連の医療安全交流集会も2003年以来、回を重ねるたびに、新たな概念や技法を提起し、全国の事業所でそれを消化吸収するのにおおわらわになるという状況が続いています。

なかでも、ヒューマン・エラー(ヒューマン・ファクター)、権威勾配、ノンテクニカル・スキル、チームSTEPPSなどが印象的で皆様の記憶に新しいかと思います。 そして、今回の交流集会のキーワードは「メタ認知」というものらしい・・・詳しい解説は根岸先生の問題提起に期待したいと思いますが、安全担当者の皆様のご苦労につい同情してしまうしだいでもあります。

そこで、そういう精緻な議論を少し離れて、やや俯瞰的に、医療安全の問題が民医連運動全体の中で今後どう発展していくのだろうかという予想について私なりの意見を述べてみようかと思います。

写真はハンナ・アーレントです。残念ながら私はまだ見る機会がないままなのですが映画「ハンナ・アーレント」が大ヒットしたのでご存知の方も多いと思います。ドイツ出身ながらナチスから逃れてアメリカで活躍した思想家です。

アーレントは代表作「人間の条件」のなかで、人間の活動力を三つに分けました。 1:労働 「人間の中の自然」としておこる活動・・・子どもを作ったり、細菌に感染すれば免疫力を働かせて治るなどの生物的な活動です。 2:仕事 人工物を作る活動です。・・・薬を作ったり、病院を建築したりするような生産活動です。 3:活動 人と人との間に起こる活動です。・・・典型的には政治ですが、その前に共感や協働と言うことがあります。

用語の難しさを別にすればどうということはない分類ですが、私が心を動かされたのは医療安全も、60年前のこの本のこの分類の順番で進んでいるという発見です。

30年前の1985年ごろ、この中にはそのときまだ生まれていなかった方もあるかもしれませんが、このころの医療安全の仕事は、もっぱらB型肝炎ウイルス感染の予防でした。まさに人間的な自然であるB型肝炎ウイルス感染の連鎖をどう断ち切るかが主題で、医療安全委員会は、B型肝炎ウイルス対策をメインにした院内感染対策委員会でした。

その後、2000年前後から、第2に挙げた人工物、すなわち薬剤や医療機器に関わる事故が多発し始め、院内感染委員会から医療安全委員会が独立していくようになりましたが、このときの認識がTo Err Is Human 「誤りは人の常」というイギリスの古いことわざでした。人間は間違えるものだから、人間が間違えても大丈夫なような仕組みフエール・セーフが必要だということが強調されました。

しかし、それだけでは医療は安全にはならず、問題は第3の人間と人間の関係のなかにあるのではないかという認識が、ここ10年以内に新たに起こってきました。それが医療職種の間にある「権威勾配」や「信念対立」の害であり、それを解決するのが、コミュニケーション力を中心にしたノン・テクニカル・スキルだというわけです。

これには、医療職場の人間関係をフラットにして権威勾配をなくそうという動きにもなり、また権威勾配が厳然として維持される場合の中でどのように上手にコミュニケーションするかという工夫にも続きました。チームSTEPPSは後者の典型ではないかと思います。

では、医療安全対策はこれで完成したのかというと、道はまだはるかという気がします。

だとすると、医療安全はこれからどう進むのでしょうか。

おそらく、人と人との関係の課題がより深められていかなければならないものと思えます。 それは医療従事者の中だけの問題でなく、「患者・住民と医療従事者の協働としての医療安全」という姿勢が実際的なものになっていくだろうと思えます。

実は10年位前からそういうテーマは見つけていたのですが、実際が全く伴わず、注射する薬剤を患者とともに点検するというような荒唐無稽ななアイデアが出てきただけでした。

しかし、医療部で集団的に進めた40歳未満の2型糖尿病患者の調査(MIN-IREN T2DMU40Study)が貴重な示唆を与えてくれていると思います。そこでは、ヘルス・リテラシー、すなわち健康情報利用能力を強化することが健康格差をなくしていく一歩につながるということが謳われています。 医療安全も同じで、医療安全のリテラシー =情報処理能力を患者や市民が高めることのなかに医療安全のブレイクスルーはあるのだろうと予想します。

これはHPHヘルス・プロモーティング・ホスピタルの「地域の健康づくりに貢献する」という課題の中に、医療安全をどう組み込んでいくかという提起になっていると思います。

この写真の人物はイギリスの政治―地理学者デビッド・ハーヴェイさんで、彼の「『資本論』入門」は世界的なベストセラーになりました。 物事の変革は基本的にこの6要素が絡み合って進むとマルクスは考えていたというのが彼の主張です。運動はどこから始まってもいいが、この6要素の全てがそろわないと変革は生じないとハーヴェイさんは主張しました。

例えば、安全文化、民主的でフラットな組織、安全技術、、院内感染のコントロール、安全な機器の生産、医療安全に使えるお金の豊かさの組み合わせからなる医療安全の姿を考えていただきたいと思います。

医療安全も、民医連がまさに架け橋となって、このような要素からなる変革のネットワークを作る、医療安全を考える市民団体とも垣根なく協力し合うという関係を作るという方向に進まざるをえないと思います。

そしてこのネットワークのなかでの位置=ポジショニングの自覚ということが、実は今回の問題提起の勘所である「メタ認知」だとも思えるしだいです。

最後に、いま全日本民医連の熱い議論の中心のひとつである医師養成論のなかでも、医療安全と医療倫理の問題でリーダーシップを発揮できることは、求められる総合性の核であることを言い添えたいと思います。

ながながと話してしまいました。根岸先生の問題提起の邪魔をしたのではないかということが気がかりです。

本集会が、全日本民医連の医療安全の歴史の中で記念すべきエポックとなることを期待して、私の挨拶といたします。 ご清聴ありがとうございました。」

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コメント

先日は、医療安全交流集会で同じグループにいた茂木です。4月より大長医師が貴県連で整形外科を再開するとのこと、よろしくお願いいたします。当法人にもロコモ支援との事で月に2度
来院していただく予定です。今後ともよろしくお願いします。

投稿: 茂木紹良 | 2015年3月21日 (土) 22時50分

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