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2015年3月16日 (月)

デビッド・ハーヴェイの3冊ー新自由主義」「〈資本論〉入門」「資本の謎」

ようやく、作品社から刊行されているデヴィッド・ハーヴェイの3冊

「新自由主義」  

「〈資本論〉入門」  

「資本の謎」

を読み終えた。

あまり楽な読書ではなかったが、特に印象的だったのは、社会構造の捉え方だ。

「生産力・生産関係という土台ーその上にそびえる上部構造」という垂直的な捉え方でなく、「いくつかの領域のネットワーク」を想定する水平的な捉え方である。

どちらもマルクスが時期と場面をことなえながら主張しているのだが、ハーヴェイは後者のほうががマルクスの真意だとする。前者は機械的過ぎて弁証法的でない。

水平的ネットワークをつくる領域の数が「〈資本論〉入門」では六つ、「資本の謎」では行政制度を加えて七つになっているのが、ハーヴェイ自身の認識の進歩や変化をうかがわせるが、これらの領域を横断して相互に影響しあいながら運動していくことを、「共ー進化」「共ー革命」と呼んでいるのである。

それこそが、僕達がなすべきことである。

また、本源的蓄積を、資本主義の出発時点の一過性のものと考えず、労働力と賃金の等価交換を通しての通常の資本蓄積と並ぶ、もう一つの資本蓄積方法「略奪的蓄積」として継続して存在してきた、そして略奪の被害者として、それぞれに対応する2類型があるとするのも新鮮である。

2類型のの略奪の被害者(たとえば、組織された正規雇用の労働者と不安定雇用労働者、大企業の労働組合と環境運動など)が手を結ばず、さらには反目までし合っている現状の克服から上記の「共ー革命」が誕生する。

民医連の架け橋論も、実はハーヴェイの「共ー革命」論と発想を同じくしていると思えるし、あるいはその一部の表現だと考えることができる。

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