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2015年3月19日 (木)

失われた20年

資本主義の体制側に浸ったエコノミストなのに、過激なウォラーステイン派として発言している水野和夫さんは1995年を日本の戦後が終わった年だと言っている。

それについてはまた別のところに書くとして、その年は僕が副院長から権限のない院長にまつりあげられた年、あるいは特養老人ホーム建設で決定的な失敗に追い込まれて行った年でもある。

そういう時はどんな中央組織も当てにならないことを骨身にしみて知った。

その時、僕の周囲で僕の知らないうちにあった、共産党の地方機関も巻き込んだ様々な思惑、交わされた心ない会話を少しづつ聞き取っている。教えてくれる人もいるからだ。
そういう視線や関係の中でよく耐えていたと自分でも思う。どうして、さっさと立ち去らなかったのだろう。

そのことについてもまた別の機会に書こうと思っているが、ともあれ、「失われた20年」というのは、日本にとっても、地方の小さな病院にもありうるのである。

僕自身は獄中にある気分で勉強し、労役にいそしんでいたので、あながち無駄だったとは言えないが、振り返って、驚くほど低次元の方針や運動スタイル、特定の人々への阿諛追従が横行した20年だった。

それは、僕には無関係のことと言ってやり過ごしてもいいのだが、一つの民医連が終わるかどうかというときにそれは許されない気がする。

最後のご奉公とおもって、今度こそは決然とやらなければならないと思っている。

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