« かかりつけ医機能強化研修会 | トップページ | デヴィッド・ハーヴェイ「〈資本論〉入門」の刺激的な問題提起 《技術は社会的総体性における他の諸要素に対してけっして中立的なものではない》 »

2015年1月25日 (日)

ピンチヒッターの夜

(1)
後輩の医師があえなくインフルエンザに感染したためピンチヒッターの当直。
今日は周辺の病院の当直医がみんな外科系だから発熱は全部こちらに案内されているという話である。

それ本当か?本当でもそれは成り立つ話か?と思いながらインフルエンザ患者の列を眺めている。

症状は軽微だがなんとなくインフルエンザの検査を受けておきたいと来院した人は面談の上、「無料受診相談」という名目で帰ってもらう。いまのところそれは一人。
患者のdesireにはつれなくするが、お財布にはやさしいということがわかってもらえるだろうか。

加えて、今日は有熱者にもインフルエンザの迅速キット検査をほとんどしないことにした。きっと無駄だ、検査を担当する側の感染予防にもそれがいい、ということである。全て問診と咽頭後壁所見から判断する。

しかし、広域の二次救急というのは本当に良くない。
30Kmくらい離れている山間部から90歳台の人を、何箇所もの救急告知病院の横を通り過ぎてわざわざ海岸部の当院に救急搬入するが、尿管結石だということは一瞬で分かる。これで入院なんてさせられないが、どうやって帰るか高齢の家族が途方にくれている。都市部と違って、この時間、その地域は陸の孤島だ。ようやく、離れて住んでいる子供さんに連絡がついて車が確保できた。

実はそんな取り決めはした覚えがないのに、2次救急輪番病院を救急車搬入のファーストチョイスにし始めたようだ。そういう取り決めをした地域での勤務経験を持つ幹部医師が新たに赴任した有力病院がそう主張し始めて、救急隊もそれに従っているのだろう。

だがそれは違う、それぞれの地域の救急告示病院が普通に受け付けて、そのうちどこかが満床なら入院のみは輪番で引き受けようというものだったに過ぎない。ところがそれぞれの地域の病院が地力(じりき。某政党が誤用している「自力」ではない。そう書いてしまえば自力本願関連の宗教用語になってしまう)がなくなって、輪番以外の日は救急搬入をスルーしたいという低きに流れている。

もしこれまでの慣行を変えるなら、運び込んだ救急病院から自宅まで帰る夜間のオンデマンドバスを自治体連合が走らせるといいのではないか?

(2)
18時から25時まで全く切れ目なしに外来患者が訪れたので、1人きりの外来当直看護師さんからギブ・アップのサインが。

僕自身は、診察の合間に食事をしたり、悲惨な中近東報道を目にする隙間もあったが、彼女は全く休みがなかった。

病棟から応援という手もあるが、ちょうど準夜ー深夜の交代時期。
さいわい、待合室に2人しか患者がいなくなったのを見計らって、その後1時間は外来患者受け入れ停止にする。

苦情があれば、僕の責任と言うことで。

それが組合員理事や幹部職員を通してであれば、法人理事会でちょっとだけキレテ見せるけどね。

「自分たちが現役で労働組合の役員をしているときには労働者の権利の名前を借りて自分の都合を言いたてていても、退職して一住民になったとたん、あるいは出世して管理職になったとたん、その姿勢は吹っ飛ぶんだな」

一度言ってみたいと思っていたので、ぜひそういう機会が来ないものか。

まぁ、そういうことも起こりそうにないので、当直最高齢記録を毎度更新しつつ深夜起きている僕を強制的に捉えてしまった妄想としか言いようがないのだが。

・・・などということを書いていたが、待合室に残っていた二人が意外に重症で休みはなくなり、ついでに病棟準夜の看護師さんが仕事が終わったとたん激しい下痢・嘔吐で降りてきて、僕は僕で夕方入院して引き継いだばかりのノロウイルス感染患者の人工呼吸開始のために決死の覚悟で病棟に登っていくという羽目になった。

そして、宣言した外来停止時間が終わると同時に新患が玄関をくぐってくる。

|

« かかりつけ医機能強化研修会 | トップページ | デヴィッド・ハーヴェイ「〈資本論〉入門」の刺激的な問題提起 《技術は社会的総体性における他の諸要素に対してけっして中立的なものではない》 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ピンチヒッターの夜:

« かかりつけ医機能強化研修会 | トップページ | デヴィッド・ハーヴェイ「〈資本論〉入門」の刺激的な問題提起 《技術は社会的総体性における他の諸要素に対してけっして中立的なものではない》 »