« 雑誌「病院」2015年1月号で、松田晋哉先生(産業医大)が地域包括ケア病棟に期待していることとして注目すべきことが4点 | トップページ | 今年最後の素人政治談義 »

2014年12月28日 (日)

今年最後の医療生協理事会での挨拶

2014.12.27  

年末のお忙しいときの理事会ご参加ありがとうございます。
東京方面ではインフルエンザが大流行中で、このお正月の民族大移動によって、全国に蔓延することが確実です。理事の皆様もすでに高齢になられているのでご自愛を切にお願いするしだいです。

今年の回顧、来年の展望について、私の分は「健康のひろば」新年号に書かせていただきましたのでぜひお読みください。理事の皆様については理事会終了後の忘年会でしっかり語っていただきたいと思います。

最近の出来事としては、12月23日に宇部市内の公園で、山口民医連の独自の企画としては初めての、炊き出しつきの生活と健康の相談会を開いたということがあります。相談者はそれなりにあって、初回このとしてはまずまずの発見がありました。

自由法曹団には加わっていないが貧困問題には熱心な若い弁護士さんも来てくれました。
この弁護士さんが、70歳台の相談者に生活保護が権利であることについて大変熱弁を振るう場面もありました。実は生活保護を施しだと考えている相談者を叱りつけるような口調だったので、彼のこれからの経営がこれでうまくいくのかと心配したのが本当のところですが、まぁ良心ある人ではあります。

僕が気になったのは、焚き火を伺うように近づいてきた6、7歳くらいの男の子です。
看護師さんが声をかけてなんとかテーブルに着かせると、昨夜からご飯を食べていないと話したとのことでした。

それから、参加者が連れてきた犬に「可愛い!」といって近づいてきて、黙って炊き出しを食べ、あとずっと公園にいた母子3人もいました。

最後は子供達が寄って来て炊き出しの鍋は空っぽになりましたが、子供に連れられて混じった障害者らしい青年もいました。彼が子どもたちから名前を呼び捨てにされていたというのを後で聞き、いろいろ考えました。

こうした企画を年末だけの思いつき企画でなく、どう継続するかが課題だと思います。宇部、山陽小野田、下関の各市でそれぞれで定点を持って定期的活動に出来たらと思います。

そして来年2月に、貧困者援助活動のエキスパートというべき群馬県榛名生協の組織部長である野口さんを呼んでノウハウを伝授してもらうこととなっていますので、そのときはぜひご参加いただきたいと思います。

さて、今日の理事会学習テーマになっている地域包括ケアについては、私もずっと学習しているのですが、今朝ふと思うことがありました。

2000年に介護保険がスタートし、2001年に医療法を改正して介護療養病棟という制度が出来ました。それまでの老人病院に介護保険を適用した病棟です。それなりに意義があると思っていましたが、2006年に政府はこれを突然廃止すると言い出し、2012年3月には全廃と決めました。

宇部協立病院には一般病棟と医療保険適用の療養病棟しかなく、これはいわば対岸の火事でもあったわけですが、入院患者のことを考えると介護療養病棟をなくすことなど許せないと思い、山口県保険医協会を拠点に反対運動をはじめ、県内10都市を講演して歩きました。

その後、介護療養病棟の老人保健施設への転換は全く進まず、2012年3月の廃止は延期して2018年3月の廃止だとしましたが、今日の情勢下ではそれもなくなったというのが医療界のコンセンサスとなりました。自分が頑張ったせいだとは言いませんが、全国各地の似たような運動がこの事態につながったとは言えます。

元全日本民医連会長の阿部昭一先生がある講演で現代座の演劇「朝の風に吹かれて」の台詞から引用されていましたが、太平洋戦争の中で、1943年9月決定の絶対国防線の外に置き去りにされ、飢餓が最も悲惨だったソロモン群島ガダルカナル島の戦地から生き残って帰ってきた老人は

「自分だけが生き延びようとする奴は死ぬんだ。つまり、自分のことだけに心を奪われるときってのは、もう全体が見えなくなっているんだな。不用意に隊から離れて敵に狙い撃ちされてしまう」

と語ります(阿部昭一「激動する情勢と民医連の課題」保健医療研究所1995年 252ページ)。

つまり、みんなで生きて帰ろうと知恵を寄せ合ったものだけが生き残ったということです。今はまさにその状況だと思います。

徹底した連携の強化が地域医療を壊滅させない唯一の方法です。

ただ、最近私が痛感しているのは、東京のような都市部と、山口県のような人口減少中の地方の違いです。

都市部は、狭い地域に密集した多様で多数の病院の機能分化と連携をどう構想するかが大きなテーマとなりますが、地方では中小の病院が散在していて同規模病院同士の連携や機能分化がそれほど合理的でもないし、求められてもいないようです。

私の考えでは【一般内科+整形外科+精神科+歯科】程度のコンパクトな総合性を共通して持つ中小病院が一定の地域毎に存在して、それぞれのところで地域包括ケアの中心になる、救急医療も在宅医療も同時に展開してリーダーとして地域をまとめるということのほうが望ましいと思うようになりました。

そういう意味では、現在の沈滞ムードを吹き飛ばして宇部協立病院はじめ健文会事業所が住民本位の地域包括ケア推進の中心に躍り出ていくときがまさに2015年だということになろうかと思います。

これについて、今日の学習会の後、組合員、職員の皆さんの熱心な論議をぜひともお願いしたいと思います。

今日は、その辺で私の挨拶を終わります。

|

« 雑誌「病院」2015年1月号で、松田晋哉先生(産業医大)が地域包括ケア病棟に期待していることとして注目すべきことが4点 | トップページ | 今年最後の素人政治談義 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 今年最後の医療生協理事会での挨拶:

« 雑誌「病院」2015年1月号で、松田晋哉先生(産業医大)が地域包括ケア病棟に期待していることとして注目すべきことが4点 | トップページ | 今年最後の素人政治談義 »