« イディッシュで歌う歌手 | トップページ | SDHに基づくヘルス・プロモーションからは少し違う視角で・・・最高の医療を貧富の差なく全ての人に・・・それがトランスレーショナル医療だ »

2014年12月10日 (水)

もし人類に2015年が訪れるなら

医療生協の理事長には、総選挙の結果も分からないのに、2015年の機関紙新年号のご挨拶を書くという難題が課せられている。

そして職員の皆さんにはボーナスを支給し、自分にはなにもない12月10日、すなわち今日が締め切りである。

えいっと15分で書いてしまう。皆さんの迷惑を承知で以下にアップしてみよう。

...

「2015年新年のご挨拶
                               
新年明けましておめでとうございます。
医療生協組合員の皆様、職員の皆様の健康とご多幸を心よりお祈り申し上げます。

2014年は、少し思い出すだけでも、7月1日の集団的自衛権行使容認の閣議決定、11月16日の沖縄県知事選の歴史的勝利、12月14日の総選挙と、少数の権力者が力任せに日本を戦争をする国にしてしまうのか、圧倒的多数の国民が微力を合わせてそれを食い止めるのかという鍔迫り合いが次々と起こった年でした。

これは今年も、さらに激しくなりながら続いていくことと思います。

2014年11月1日、私は晴れ上がった沖縄の野球場で何も日をさえぎるもののないスタンドにいて、基地のない沖縄を目指す人々の大集会を見つめていました。

ここで私が想像していたのは、集団的自衛権行使が現実化すれば、日米支配層が追い詰められて沖縄の基地撤去運動をひとつの対米テロだとみなしたとき、自衛隊こそが正面に出てきてこの集会に集う私たちにミサイルを放つのだという恐ろしい未来図でもありました。

しかし、歩くことのおぼつかなくなっていた菅原文太氏がグラウンド用カートに乗って演壇に到着し、あの「政治の役割は二つある。ひとつは国民を飢えさせず、安全な食べ物を提供すること、もうひとつは、これがもっとも大事ですが、絶対に戦争をしないこと」という有名な演説を直に聴くことができたのは私にとっても転回点となりました。

このとき私が思ったのは、菅原文太氏のいうことは医療生協の役割にも通じることで、いいかえてみれば「ひとつは誰一人だって絶望しながら孤独に死なせないこと、もうひとつは何が何でも戦争を止めること」だということでした。

そして9月に全日本民医連の「全国共同組織交流集会」にも参加して各地の共同組織の多彩な取り組みを学んだことも思い出しながら見えてきたのは、医療生協健文会のそのほかの生協にない特徴は、自覚的に民医連と一体である医療生協だということです。

簡単に言えば、国民主権、恒久平和、基本的人権を骨格とした日本国憲法を真に実現する新しい福祉国家を展望することを大きなミッションとして、同時に、自らの健康のみを守る地点にとどまらず、地域全体の健康向上に積極的に貢献するための「自律と参加と協働」を日々のミッションにするということです。

2015年を、医療生協健文会という錨(いかり)を人々の心の深い所に錘(おろ)して行く年にするという決意を皆様に呼びかけて、ご挨拶の終わりとします。」

|

« イディッシュで歌う歌手 | トップページ | SDHに基づくヘルス・プロモーションからは少し違う視角で・・・最高の医療を貧富の差なく全ての人に・・・それがトランスレーショナル医療だ »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: もし人類に2015年が訪れるなら:

« イディッシュで歌う歌手 | トップページ | SDHに基づくヘルス・プロモーションからは少し違う視角で・・・最高の医療を貧富の差なく全ての人に・・・それがトランスレーショナル医療だ »