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2014年11月 9日 (日)

新自由主義と民医連の選択

デヴィッド・ハーヴェイによれば新自由主義は低成長の中で支配層によってひき起こされた新たな階級間の戦争である。1% vs 99%の対立はこうして生まれた。

水野和夫によると、新自由主義はポスト・グローバリゼーションの時期に従来の先進国の外側にあった搾取対象である途上国=「周辺」が消失し、極端な利潤率低下がもたらされる中で、新たな「周辺」を先進国内部に作ったものである。そのため、社会保障は破壊され、膨大な非正規労働者が生まれ、地方は荒廃に任されることになった。この考えはウォラーステインに源を持つものである。

どういう意見をとるにしろ、こういう新自由主義の中で、階級的立場を明確にしている民医連が選んだ活動スタイルが「無差別・平等の地域包括ケア」であり、SDHに基づくヘルス・プロモーションと「患者中心の医療」の合体した総合診療である。
(患者中心の医療PCM自体が、アメリカの企業型病院医療に対するアンチテーゼだった。)

それは、いまのプライマリ・ケア連合学会、内科学会が新専門医制度に向かって構想する総合診療とは自ずから違う。

たとえば総合診療医でも大腸内視鏡程度は普通にできるようにするなど手技の幅をどうするか、歯科や精神科、整形外科と組んだプライマリ・ケアの基本形をどう作るのかなどでも重要な違いがでてくるだろうが、もっとも違うのは地域への関わり方である。

言って見れば、地域の変革のための地域マネジメント、地域の健康政策を作る能力を必須のものと考えるかどうかの違いである。

新自由主義への反撃を地域から起こしていくとすれば、医師がそのような能力を備えることは、住民運動、初等教育、行政、大学と手を結ぶことを前提としながらも、決定的な要因となる。

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