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2014年11月18日 (火)

健康権とケアの倫理

どんな障害や依存状態があっても健康、つまりQOLの達成レベルの平等ということは可能である。
それがどういう条件で 可能になるかということが、健康権の実現について考えることに他ならない。

・・・と、そのように健康権について改めて考えながら、健康権を実現するために「ケアの倫理」があるということにきづいた。
「ケアの倫理」はケアの原理とドゥーリア(ケア提供者)の原理から出来ている。

ケアの原理:健康(=QOLの到達水準の平等)を保障するため誰でも他者の援助を受ける権利があること

ドゥーリアの原理:他者の援助に携わるということから生じる不利があってはならないということ。

*後者の重要性
職業的ケア提供者で、勤務時間外にはケアを受ける人のことを完全に忘れて良い人でも、ケアを提供する立場にいるということで、他の産業の労働者に比べて脆弱になりやすい。家族的なケア提供者であればなおさらである。そういうことがないように、社会的な仕組みがどうしても必要である。

上記を合わせて「ケアの倫理」と呼び、これが「正義としての健康権」の中核になる。

** ケアの原理を実践に移す技法が「患者中心・ケア利用者中心の医療・介護」ということになる。

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