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2014年10月 7日 (火)

あんたは何のために来たんだ、専門家の意見を聞くためじゃないのか?とんでもない、自分の話したいことを聞かせに来たのさ

その昔、僕の病状説明を何度も、はっきり言うと僕が口を開くたびに遮って、自説を長々と展開しようとする患者さんに、「お金を払って医者の意見を聞きに来たんじゃないですか。少し黙って、僕の言うことを聞いたらどうですか」と言ったことがある。

今考えると、その患者さんは「お金を払ってわざわざ医者に話を聞かせに来た」のである。

話を聞くも、話を聞かせるも同等の権利だったろう。

僕は、その物語にうなづくだけが期待されていたのだ。そうしておけばよかった。そうした後の展開が重要だった。

しかし、その頃はともかく忙しくて何の余裕もなかったのである。

*なお、医師は弁護士ではないので、「お金を払って」は間違いで、「健康保険を利用し、3割を自己負担して」が正しい。

**ついでに、今読んでいる「患者中心の医療」第3版の中で、相当な意訳が必要だった箇所の記録

「たしかに幾つかのケースでは医師が患者側の説明を情報収集過程で即座に評価しているものもあるが、典型的には医師たちは、たとえそうしている場合でも決まり通りに行動しているだけで、患者が自身の解釈を差し挟んだのを聞いたことについて表だって意識することなく患者からのデータ収集を続けているのである。

このように、以前の研究では、医師たちは患者側からなす説明を解釈することもなく、さらにはそれがあったと意識することもなく放置したことがわかる。
しかし、このことは少なくとも部分的には両者ともの医療上の問診の在り方に対する姿勢に原因があるのである」 ギルとメイナード2006)

112ページの引用部分

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