« 雑誌「世界」2014年9月、10月号を読みながら: なぜ東京一極集中が起こるのか | トップページ | 日本の新自由主義の対抗軸は民医連しかない:患者中心の医療の民医連「 学派」を »

2014年9月18日 (木)

山口宇部空港の小さな待合室で

最近、僕の診察室で多い会話

「で、紹介状を書いてくれた先生は『とりあえず入院させてもらえ』と言われたわけですね」
「ええ、おばあちゃんがこんな風では私たちも困りますから」
「困ったなぁ。これが来週だとよかったのだけど」
「来週までは待てないんです」
「それはよく分かります。・・・・じゃあね、今日入院して、明日から土日含めて僕が4日いない、その間は看護師さんとの電話連絡だけで責任持つというのでいいですか?」
「他にお医者さんはいないんですか」
「いますよ。いるけど、みんないっぱいいっぱいで頼みにくいんだな。基本的に外来で診察した医者がそのまま主治医になるようにしているんです。パートの先生は別ですが、その時主治医を決めるのが、これまたすごい手間で、まるで救急車が搬入先を次々断られるのに似て、うんざりするほどです。とくにぼくがさいしょに断ると必ず一周してまたぼくの所に話が来ます。
さて、どうしたものか」
「先生、さっき言われたのでいいです。」
「僕も実はいっぱいいっぱいですけどね。もう一束ほど藁を乗せられると背骨が折れるラクダみたいなものです。・・・。うん、今日一所懸命考えて、可能な限りのプランを立てておきます。万が一は引き受けてくれる医者もいると思いますから、そうしますか」
「そうお願いします」

この会話のどこに患者の受療権があるのだろうか、とよく思う。
逆にこれがダメと言うなら、「政治に目覚めた」医師としての活動時間はどこにあるのだろう。

|

« 雑誌「世界」2014年9月、10月号を読みながら: なぜ東京一極集中が起こるのか | トップページ | 日本の新自由主義の対抗軸は民医連しかない:患者中心の医療の民医連「 学派」を »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 山口宇部空港の小さな待合室で:

« 雑誌「世界」2014年9月、10月号を読みながら: なぜ東京一極集中が起こるのか | トップページ | 日本の新自由主義の対抗軸は民医連しかない:患者中心の医療の民医連「 学派」を »