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2014年8月24日 (日)

セツルメントは復活するだろう

今回の会議出張の成果は、21世紀的なセツルメントの復活というヒントを得たことだった。

それは、2014年は1914年に似ているという僕の最近の思いに一致する。

日本が戦争をする国になるというのは、再び世界大戦の敗戦国になるということを意味しない。再び帝国主義国になるということである。まさにここが1914年との類似点である。

日本帝国主義の復活が完了しているかどうかはかって激しい論争を呼んだテーマだったが、もはや誰も取り上げない頃になって、それは仕上げられようとしているのである。

問題は、帝国主義化が新自由主義のもとで成し遂げられようとしているので、国民はバラバラな個となっており、帝国主義の核になる軍隊の調達が相当困難であることである。

そのためには、兵士候補としての若年層の失業者者群がこのまま維持されなければならない。すなわち、新自由主義の目的であった格差の増大もこのまま維持されなければならない。

ここで、反戦運動と生活・生存のための闘争が同じものとなる。

そのための場が、新しい時代のセツルメントである。

貧困、失業、病気、介護、虐待など、問題の種類を問わないワンストップの相談室が、困った人の居場所であることも兼ねながら、地域の隅々をカバーして行くというのが、そのイメージである。

暮らしの保健室、医療生協組合員の溜まり場、労働組合のシェルターなどなどが合流して一箇所で恒常化されているものと言えばいいだろうか。

医系学生が、前近代的な身内意識の醸成装置である「部活」の束縛から解き放たれて自発的に集合してくるところも。今流行っている医学生の昼食会場ではなく、この新しいセツルメントになるだろう。むしろ、昼食会場は、セツルメントに発展して行かなければならないとも言い換えられる。

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