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2014年8月24日 (日)

デヴィッド・ハーヴェイ「新自由主義 その歴史的展開と現在」作品社2007年

2ヶ月くらいかかってようやく読み終えた。
この本を手に取ったのは、韓国の友人Hyejin Byeonさんの示唆によるものだった。感謝したい。

ちょうど、第一次安倍政権が成立した頃のやや古い本だが、「運よく」第二次安倍政権が暴走しており、時宜にかなった読書になった。

本書の構成は3部からなっている。

第一部は、木下ちがやら若手研究者によるデヴィッド・ハーヴェイの本文翻訳である。僕はハーヴェイの本を読むのは初めてだったので結構苦労したが、訳文はよくこなれていて、文章の構成のところで迷子になるということはなかった。

第二部は渡辺 治による「日本の新自由主義論」である。僕たちにとっては、本文以上に示唆に富む部分となっている。

第三部は森田成也による訳者あとがきだが、ハーヴェイの紹介含め、全体の良い要約となっている。

ごく簡単に自分なりのまとめを書いておくと次のようなものである。

先進資本主義国の低成長に直面して、支配者上層が分配の仕切り直しで上からの革命に挑んだものが新自由主義である。それはグローバル大企業が国家に代わって世界支配を遂行する新帝国主義でもある。

その中で、先進国の国民国家の存在意義は、帝国主義に必要な軍事力調達先(街に溢れる失業青年こそ兵士と戦死者の供給源である)になると同時に、本来中核国家の外に求められる「周辺」の新たな創造場所であるということがある。後者が訳者代表の森田が「帝国主義が横方向への権力拡張であるなら、新自由主義は縦方向の拡張だ」とすることの意味であり、水野和夫がそのベストセラーで「資本主義の終焉が来た」と主張する理由になっている。

デービッド・ハーヴェイと水野和夫の組み合わせは奇妙に感じられるかもしれないが、水野の主張はウォラーステインを祖述したものであり、訳者あとがきによると、そのウォラーステインとハーヴェイはアメリカの民主主義的変革のために設立された「国際民主主義基金」の理事として協力しあっているので、実は不思議ではない。僕が好きなエレン・メイクシンズ・ウッドもその基金の理事に加わっており、北米にそれなりにしっかりした理論的潮流が出来上がっていることもこの本で知ることができた。

では、こうした事態に対して対抗勢力としては何が必要かというと、様々な形態を取りながら新自由主義の補完物になっている「国境なき医師団」などのNGOの強化ではなく、まさに労働者階級の戦線の再構築による新しい主体の形成である。


ところで、ハーヴェイは、アマルティア・センが市場の自由に囚われており、新自由主義主義の論理に対する有効な代案をほとんど出せないと批判している。(256ページ) 気になるところである。

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