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2014年6月18日 (水)

陳旧性左翼

福島原発事故で被曝した子どもの将来の健康について、その母親たちの不安に共感して、広河隆一のデイズ・ジャパンなども読みながら、自分にできることが見つからずに苦しいと語る医学生に、そればかり考えずに、危険な原発を多数建設してきた日本の政治について大きく考えて見ることのほうがよりだいじだとある年配の元医学生対策担当職員が「諭す」場面を見た。考え方が偏りすぎだという意味のことも言われていた。それは酒の席の冗談だったのか?

具体的な行動のヒントを求めている学生に、新聞やTVですぐわかるような、かつ話す当人にはこれまでの運動歴の中からすぐにでも常識的に構成できる程度の学習の提案で対応するというのは、それをなす人の怠惰の現れでしかない。ほとんど思考停止の勧めである。
陳旧性左翼という言葉があるなら、それに相当する。

はたらく人びとのサイドから医学生に寄り添う「医学生対策」は、医学生の成長に見合う自からの必死な知的研鑽が必要なのではないか。

そういう苦しい仕事でなくして、どうして成果がうまれるだろう。

そういう自己研鑽の過程で分からなかったことを質問して応えてくれる医師は民医連には掃いて捨てるほどそろっている。

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コメント

これは当該職員に対するパワハラではありませんか?

投稿: | 2014年6月26日 (木) 16時13分

本人のためにも、集団のためにも、直接助言する関係をつくってほしいです

投稿: | 2014年6月26日 (木) 19時05分

ご忠告ありがとうございました。そう言われればそうかもしれません。

ただ、引退直前の老いぼれですから、パワーなんてないのですが。

投稿: 野田浩夫 | 2014年6月26日 (木) 19時50分

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